第94話 おたから開封
最後に残されていたゴブリンチーフも無事倒し終わると、前回と同じように、閉ざされていた部屋の出入り口が再び開かれた。
あれだけ終始、血とゴブリンの匂いが立ち込めていた部屋の中も、まるで夢であったかのように綺麗さっぱり立ち消えていた。
しかし奴らが存在した証として、部屋の中にはゴブリン達のドロップ品で溢れている。
しかし、それらドロップ品を見ても、未だ誰も回収に動こうとはしていなかった。
もちろん長時間の戦闘で疲れていたこともあるのだが、チーフ討伐後に起きた変化について、様子を見ていたからでもあった。
「あれって……なにかしら」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながら、陽子がボソッと口にする。
そんな陽子の視線の先には、二つの宝箱が並んで置かれていた。
片方は最初に部屋に入った時に置かれていた銅の箱だ。
範囲からは外れていたとはいえ、近くであれだけの激戦があったというのに、傷一つ付いている様子は見られない。
もしかしたら、罠の発動中はダンジョンの不思議パワーで守られてるのかも、などと咲良はぼんやり考えていた。
それよりも問題はその隣に並ぶように置かれている鉄製の箱だ。
たまたま咲良はその様子を見ていたのだが、ゴブリンチーフを倒して光の粒子となった後に、唐突に小さく魔法陣が出現して、警戒していた咲良を尻目にズドーンと設置されたのが、その鉄の箱だった。
「おおう、ちゃんとでたかぁ」
その鉄の箱を見て訳知り顔で頷いている北条。
気になって仕方ない様子の由里香は、早速気になる質問をぶつけてみた。
「これが何だかわかるんっすか?」
「ああ、これはなぁ……」
由里香の質問に、勿体ぶることもなく答えようとした北条を遮って、先に質問を答えるものがいた。
「これは『報酬箱』というやつですね~」
北条に割り込んでその正体を言い当てたのは、まだ戦闘の疲れが色濃く表情に残っている芽衣だった。
声そのものは無理をしているのか、何時も通りのほほんとした声を保っており、戦闘直後でまだ残っていたみんなの緊張を、少しずつほぐしていく。
芽衣の発言を受け、意外そうな顔を見せていた北条だったが、我に返ると補足の説明に入った。
「芽衣の言う通りこいつぁ俗に『報酬箱』と呼ばれているもので、正式名称があるかどうかは知らん! ダンジョンの召喚罠部屋が発動した際に、ボスを倒すのではなく、ストックが尽きるまで戦って突破すると、その報酬としてこうして出現するらしい」
今回は一応ボスである、ゴブリンチーフを一番最後に残して倒していた北条だったが、追加の召喚がこなくなった状態でボスを倒しても、きちんと報酬箱は出てくる。
ちゃんと追加が出ないことを確認する為にも、残り数体になるまで魔物を倒した後に、ボスに止めを刺すことになるので、手間は結構かかるし危険もある。
この報酬箱目当てに無理をして、挙句全滅という話も稀によくあることなので、冒険者ギルドでは決して無理をするな、と忠告は促されている。
最初の転移直後の脱出途中にあった罠部屋では、慶介の"ガルスバイン神撃剣"で一気に片を付けてしまったので、その時には得られなかったものだ。
あの時はそんなシステムがあるとは勿論知らなかったが、どうにか"リベンジ"を果たしたことで、北条は大分満足そうだ。
「なるほどねえ。箱の見た目が違うのも、特別な箱だからかしら?」
陽子が鈍い光沢を放つ鉄の箱をなでなでしながらつぶやく。
「いやぁ、そいつぁ単純に中身の違いによるものだぁ」
「中身?」
「ああ。中に良いものが入っている宝箱ほど、箱のグレードも上がっていくらしいぞぉ」
一応みんなで同じ資料室で同じように資料を漁っていたはずなのに、相変わらず北条は妙に博識だ。
先ほどの報酬箱については芽衣も把握していたようだが、宝箱のランクについては知らなかったようで素直に北条の話に耳を傾けている。
「あ、それは私も資料でみました! 確か木製が最低ランクで、それから銅、鉄、銀、金と上がっていくんじゃなかったかな?」
しかし咲良の方は逆に報酬箱については知らなかったようだが、ダンジョンで出現する宝箱についての情報は調べていたようだ。
「……ああ、まあ大体そんな所だぁ。補足すると、"銅"と"鉄"の間に"青銅"が入るんだがなぁ」
「うっ……」
以前に龍之介にも指摘されたことがあったが、咲良は調べた知識の所々の知識が抜け落ちているようで、恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
とはいえ、その程度の物忘れや覚え違いは誰にでもあることだ。
北条のように、きっちりと多方面の資料を覚えられる人の方が少ないだろう。
(あの時パラパラッて本をめくるようにしてたけど、あれまさか全部中身覚えてるのかしら)
ふと陽子が資料室での北条の様子を思い浮かべ、ちょっとした疑問が脳裏によぎる。
瞬間記憶能力というのは、日本で暮らしていた時にも時折耳にした能力なので、北条がそうした能力を持っていても不思議ではない、のだが……。
「ほんっと、謎な人よねぇ」
小さくボソッと呟く陽子の声を拾う者はいなかった。
その後、宝箱の傍まで近寄っていた北条が、不意に場違いな質問をし始める。
「ところでお前達ぃ、食事の時に好物は先に食べる派か、後にとっておく派のどっちだぁ?」
「あたしは先に食べる派っす!」
不意に場違いな質問をされ戸惑う女性陣だったが、由里香は速攻で急な質問にも答えていた。
その勢いに押されたのか他の仲間もポツポツと答え始める。
「あたしは~、最後に取っておく方かな~」
「んー、私も最後に取っておく方ですね」
「質問の意図が分からないけど、私も咲良と同じね」
「あ、私はその、その時の気分で変わり……ます」
戦闘も終了し、緊張感から解放された上、身近な話題へと突然移ったために、急速に戦闘ムードも霧散していくかのようだ。
「そうかぁ。俺は好物は後に取っておくタイプだぁ。……という訳で、過半数が後派ということになった……ので! 宝箱より先に、周辺に散らばったドロップ品をかき集めるぞぉ! 箱の方はもう罠は無いとは思うが、万が一に備えて休憩後に開ける方針でいこう」
何の事はない、今後の方針を決める為のちょっとした質問だったようで、陽子は苦笑を浮かべながらも指示に従い、みんなと一緒に動き始める。
ただこうしたちょっとしたやりとりで、少し気分がほぐれたのも事実だったのだろう。
一様に晴れ晴れした顔でドロップ品を回収していく。
幾ばくかの時間が経過し、全てのドロップの回収を終えると、少し遅い昼食休憩へと入った。
食事中にも先ほどの戦闘についての話など、話題が尽きることなく和気藹々と、ダンジョンの中だというのに穏やかな時間が過ぎていく。
そしてしっかりと休憩を挟み、MPもそこそこ回復した一行は、ついに宝箱を開けることにした。
「……だ、大丈夫です。両方とも罠はありま、せん」
楓の"罠調査"スキルによるお墨付きを受け、まずはランクの低い銅の箱の方から開けることにする。
すると中からはリングがひとつと、何らかの植物の種子と思われるものが十粒ほど。
それから試験管のような、透明なガラス製の容器に、赤い液体が入っているものと青い液体が入っているものが数本ずつ。口はコルクのようなもので密閉されている。
後は茶色い革のブーツと、ブロンズレッドの色合いとステンレスのような光沢を放つ、二色のツートンカラーを持つ二十センチほどの筒状の謎アイテム。
見た目に分かるような金銀財宝というものはリング位であり、中身を見た者達は微妙そうな表情を浮かべた者が多い。
とはいえ、中に入っていたアイテムの数は、前回の召喚罠部屋のものよりは多く、その分配について考える必要も出てきた。
この辺りについて、異邦人達は事前に決めていたルールがあり、まずは消耗品のアイテムに関しては適切な相手に分配をする。
また魔法道具や魔法の装備についても、一番適した相手に――例えば槍が出たら北条に――優先権を持たせて分配する。
最後に個人的に欲しいアイテムなどが出た場合は、その人が買い取って代金を他の五人に払うという形式を取ることになっている。
あとは分配で気になることがあれば、その都度話し合いで決める。
とはいえ、アイテムの効果などが分からなければ分配のしようもない。
今後最寄りの村である《ジャガー村》には、ギルド施設の拡張や各種施設の充実が図られていくだろうが、その計画の中には鑑定屋というものも含まれている。
これはダンジョンが付近にある町・街では大体どこでも存在しているのだが、鑑定料を取って、ダンジョンから出土したアイテムを鑑定してもらうための店だ。
そういった店では、そのまま鑑定したものを買い取って店に並べたり、他の専門店に流したりといったことで生計を立てている。
鑑定屋の店主は、大抵は何らかの鑑定系のスキルを有しており、元々商人にそうしたスキルの使い手は多い。
とはいっても鑑定のスキルは、魔法の使い手よりは若干少ないくらいの割合だ。
特に対人に対して効果のある鑑定スキルを持つ者は極々稀で、物品に対しての鑑定系スキルを持つ者は一定数存在している。
ダンジョンの数自体もそこまで多くないことから、ダンジョンの存在を公開すれば、どこかしらから鑑定スキル持ちの人材は集まってくるかもしれないし、事前にこちらから集めることも出来るだろう。
しかしそれはあくまで先の話である。
「この試験管に入ってるのは、多分ポーション、よね?」
「ええ、そうだと思います。確か赤がケガなどを回復……つまりHPを回復する薬で、青いのは魔力、MPを回復する薬だったはず……」
まず見た目で分かりやすそうなものを手に取りつつ尋ねた陽子に、若干自信無さ気な声で答える咲良は、口に出しつつチラッと北条の方を見遣る。
「あぁ、ポーションの方はそれで合ってるぞぉ。で、他のものに関してだがぁ……ここは俺に任せてくれないかぁ」
咲良の視線に応えつつ、何やら自信あり気な北条。
「実は《鉱山都市グリーク》で色々露店を漁ってたせいか知らんが、途中で"目利き"なるスキルを取得してなぁ。はっきりと判別できる鑑定系のスキルとは違うようだが、これでもなんとなくアイテムの価値や効果が分かるっぽいぞぉ」
こうして北条の"目利き"スキルによる査定が始まるのだった。