第90話 ダンジョントラップ
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四階層へと降りた信也達は、そのまま探索を続けていたが、特にダンジョン内の見た目に変化はなく、相変わらず辺りは蒼い光に包まれていた。
ただ、わずかにだが、湿度が少しずつ増してきているような気はしている。
とはいえ、洞窟内に池や地底湖といったようなものは見当たらず、ダンジョン入口近くの転移部屋への分岐箇所にあった、水溜まり以上の大きな水辺は、まだ姿を見せていない。
魔物の方は、ゴブリンが今の所多く出没していて、それも攻撃魔法ではなく、治癒魔法を使う杖持ちである、ケイブゴブリンプリーストも普通に出てくるようになっていた。
けれどホブゴブリン系統はまだ出てきていないので、これくらいなら信也達でも十分対処の出来る相手だ。
弓を使うゴブリンアーチャーらしき奴も、ちょろちょろと出てくるようになってきたが、初めからそういう奴がいると分かっていれば、そうそう不意打ちを食らうこともない。
とはいえ正面切って弓を構えられて撃ってこられるというのは、銃器ほどではないにせよ、なかなかの恐怖を感じるものだ。
はじめはその恐怖心が邪魔して、体も思うように動かなかったりしたのだが、実際に攻撃されてみると、意外と矢の動きが良く見えたり、回避しようとおもったら回避できたりして、段々と恐怖感が薄れて……というよりも慣れていった。
「最初はあせったもんだけど、実際攻撃食らってみても、そこまでやべーもんでもないな。これなら四階層もいけそうだぜ」
幾ら注意しても、油断というものが内から湧き出して来るのを止められない龍之介に、周囲からの冷たい視線が集まる。
「な、なんだよ。ちゃんと周囲には気を使ってるぜ。さっきみてーなヘマはもう二度と……」
カチッ。
そこまで言いかけた所で、何かしらスイッチのようなものを踏む音が聞こえてくる。
今のは何の音だ? と周囲を警戒する一行の中で、スイッチらしきものを踏んだ感触を直に味わっていた龍之介だけが、気まずそうな顔をしている。
「あ、あの、なんか踏んd」
カランコロンカランコロンッ!
途端木板を激しく打ち付けるような音が鳴り響く。
「な、こ、これは」
「……今のが罠、か。なるほど、なんか妙な違和感を感じてたと思ったけど、これが"罠感知"のスキルってことね」
そう呟く長井の声は大きな音に遮られて他の人に届くことはない。
「みんな、戦闘準備だ。音を聞いてか罠の効果なのか分からないが、ゴブリンが近寄ってきてるぞ!」
鳴子の罠の音に負けないような大声で、注意を呼び掛ける信也。
見ると通路の先から人型の薄っすらとした影――恐らくはゴブリンと思われる魔物が接近してきていた。
「あの! う、うしろからも来てるみたいです!」
最後衛を歩いていた慶介が、慌てた様子でそう報告してくる。
ちらっと背後を振り返ってみると、前から迫って来るのより更に大勢のゴブリンが迫ってきているようだった。
「慶介君、後ろの奴はアレで対処してくれ。遠距離攻撃に気を付けつつ十分引き付けてから撃つように。前の敵も同じように引き付けた後に、俺と石田でまず魔法による遠距離攻撃を加える。そこで相手の動きが止まるようなら俺と龍之介で左右に別れて突撃する。止まらずに突っ込んできたら、更に魔法攻撃を加えた後に、いつも通りに杖持ちなどの遠距離職を優先でいくぞ」
状況をみて咄嗟に作戦を立てた信也は、迫りくる前方の敵に全神経を集中させ始める。
他のメンバーも挟み撃ち、かつ敵の数も多いということで、今までにない緊張の面持ちを隠せない。
念のため戦いやすいように、信也は予め自分達のいる周辺の洞窟の壁に、【ライティング】の魔法をかけておく。
「ああ、そうだ。細川さんは漏れ逃しがあった際に備えて慶介君の傍で待機しつつ、必要が生じたら魔法で回復お願いします」
「はい、わかりました」
こうして準備万端整った頃には、すでに大分ゴブリン達も接近していた。
信也は作戦の中に組み込んでいなかったが、魔法の射程から少し外れたような場所からの、弓ゴブによる遠距離攻撃という方法で来られたら、信也の立てた作戦も一から破綻という憂き目になっていただろう。
しかしダンジョンの魔物はフィールドの魔物と違い、本能なのか分からないが、とにかく侵入者に向かって襲いかかってくる。
自分達が負けそうになっても最後の一体になるまで、だ。
フィールドのゴブリンならば、もっと状況を考えて弓による先制攻撃をしてくることもあったかもしれない。
信也はそのことまで考えて作戦を立案した訳でもなかったので、今回はたまたま上手くいったという結論になる。
やがて十分引き付けたと判断した信也は、大分扱いにも慣れてきた【光弾】で、敵ゴブリンの中でも優先度の高い相手から着実に落としていく。
その結果、信也、石田共に接敵までに二発ずつの魔法を叩き込むことに成功しており、魔法が命中したゴブリンはまだ死んではいないものの、戦線への即時復帰は厳しそうであった。
「よし、いくぜ!」
その様子を見て龍之介が前にでる……直前に背後から強いプレッシャーを感じ、戦闘開始前だというのに一瞬チラッと背後を振り返ってしまう龍之介。
「いっけええええ!! 【ガルスバイン神撃剣】」
苦しそうな表情を浮かべる慶介が放つとっておきのアレ……"ガルスバイン神撃剣"が、背後から迫りくるゴブリン達へと放たれる。
その威力は相変わらず凄まじく、範囲内の敵をことごとく焼き尽くしていく。
敵の固まっている場所などは、前にいるゴブリンから順番に焼かれていくので、後ろにいたゴブリン達は、若干長く生きながらえることは出来た。
しかし、前にいたゴブリンが焼き尽くされると、ほぼ同時に次のゴブリンへと破滅の光が迫っていく。
とはいっても、慶介も長時間このビーム攻撃を放っていられる訳でもないので、後ろから襲ってきたゴブリンが全部縦一列に並んでいたとしたら、流石に全てのゴブリンを焼き尽くすことはできなかっただろう。
しかし、フィールドのゴブリンと比べ、本能で動く傾向のあるダンジョン産のゴブリンに、そんな動きを期待できるはずもない。
それでも、もっとランクの高いゴブリン種だったらもう少し戦術も考えてきたりするものだが……。
「慶介君、大丈夫? 【疲労回復】」
背後から迫ってきたゴブリンを一掃した慶介は、苦しそうに肩で息をしており、その様子を見たメアリーが"回復魔法"を行使する。
【疲労回復】はケガを治す【癒しの光】とは異なり、単純に疲労だけを取り除く魔法だ。
"神聖魔法"をはじめ、他の系統には治癒系の魔法は幾つか存在するが、疲労を取り除くような魔法は、"回復魔法"にしか存在しない。
「あ、ありがとう……ございます」
メアリーの魔法を受けて、若干呼吸が楽になったようだったが、それでもまだ顔色は青いままの慶介。
これまでも何度か【ガルスバイン神撃剣】を使ってきて判明したことなのだが、この強力なスキルを使う時の苦しさというのは、普通の痛みなどとは別種のものらしい。
慶介自身"水魔法"を使っているので良く理解できるのだが、まずスキル発動にMPを使っている感覚が一切ない。
それでいて、使用すると非常にきつい、命を削るような感覚すら感じるのだが、それらも【癒しの光】や【疲労回復】で完全に取り除ける訳でもない。
救いなのは、レベルが上がったことと、スキルの経験を積んできているせいか、段々使用感覚が楽になってきていることだろう。
今では少し休めば、すぐにでも魔法を撃って、戦線復帰できる位にはなっている。
せっかくの"回復魔法"だというのに、眼の前で苦しんでいる相手を助けられないことに、もどかしさを感じながらも、メアリーは惨劇の後を確認する。
敵が固まっていた場所には、幾つか肉片らしきものも散らばっていたが、それらもすぐに光の粒子へと変わりドロップへと変わっていった。
その様子を見届けたメアリーは、反対側――信也達の戦っている方へと足を向けようとしたが、その足はすぐに止まってしまう。
「ふぃー、罠からの挟み撃ちとは参ったぜ」
そこにはすでに信也達によって、何体ものゴブリンが屠られた後であり、未だ三体ばかり残っているゴブリンも、この様子だとすぐに片が付くだろう。
特に大きなケガを負っている人がいないことをチェックしたメアリーは、その場で残りの戦闘を見守ることにする。
彼ら自身の冒険者ランクはGランクであり、本来ならこの階層で出てくるゴブリン達とはいい勝負が出来る程度の位置づけである。
しかし戦闘能力でいえば、すでに彼らはFランク級に達していた。
ゴブリンメイジやゴブリンプリーストだけを見れば、Gランクの魔物となっているので、それを考慮すればこの結果にも納得のいくものであった。
これがもう一つ上のランク……Fランクのホブゴブリンがメインとなって出てくる階層になれば、多勢に囲まれると危険な場面も出てくるかもしれない。
「ふぅ、どうにかなったな。じゃあ後は、何時も通りドロップの回収を済ませて……少し休憩も入れるか」
龍之介のうっかりに翻弄されつつも、信也達『プラネットアース』は着々とダンジョンを攻略していた。