◇7 秘密の約束
オリビアの綺病が発症し、説教は途中で中断されたのだが。感染の恐れがある為にエレナは自身の病室へと戻され、彼女は退屈そうにベッドに寝転んでいた。
「つまんないー……お外もみれないし…………」
綺病により暗闇に当たる事の出来ないエレナは、極力暗闇を作る原因を減らす様にしている。その為か病室に窓はなく、必要最低限の物しか置く事が出来ず、室内はかなり質素で。
幼い彼女にとって、必要最低限の物しかない自分の病室は、つまらないと感じる部屋であり。
そして、病室の外に出れない今、エレナはぼんやりと天井を見つめる事しか出来なかった。
「………………おかーさん……」
──ふと、静寂にかき消される程の小さな声で彼女は母の名を呼ぶ。
普段は元気な彼女だが、やはり離れているのが寂しいのだろう。
その証拠に、母の名を呼んだ彼女の瞳は潤んでいたのだった。
「……なおったら、会いにきてくれる、よね…………早くなおさなきゃ!」
会えない事の寂しさからか。エレナは思わず弱音を吐きそうになる。
何時治るのか分からない病。何年もこの病院で入院している彼女。
『治らないかもしれない』という考えが、幼いながらも頭の中でよぎるのだが。
徐ろに起き上がり、普段と何一つ変わらない無邪気な声で宣言するのだった。
治そう、と。
会えていない母親に元気な姿を見せよう、と。
そう意気込んだ直後、彼女の部屋の扉を叩く音が耳に入る。
規則的だが控えめなノックの音。エレナはその音に気付けば扉へ駆け寄った。
「────あ、あの………ぼく、ノア……です。エレナ、ちゃんのお部屋で……あって、ますか……?」
「ノア! あってるよー!」
少しの沈黙の後、聞こえてきたのは先程出会ったノアの声。
彼女は見えないと言うのに手を挙げて、元気に返事をするのであった。
「よ、良かった………こっち側くるの初めてだったから………」
ノアもエレナの声が聞こえ安心したのか、ため息混じりの声が扉の向こうから聞こえてきて。2人はその言葉を皮切りに、扉越しに会話をするのであった。
────事の発端は先程。
「──────あ、あの……夜は、ぼくが会いにいくから………だから、その…………」
「会いにきてくれるの!? 私のお部屋は203なんだ! 絶対きてね!」
「う、うん………!」
昼間の会話が短く、ノアもノアで彼女達の事が気になったのだろう。今にも消え入りそうな声で、彼は申し出ると。
その意図を察したのかエレナは無邪気な声で自身の病室の番号を教えると、自身の病室へ戻って行ったのであった。
ノアが自身の病室に来たということは、今は夜なのかと彼女は考える。
「ねぇノア! いまって夜なの?」
「う、うん。……そっか。エレナ、ちゃんは暗いとこダメだから、今が夜とか分かんないんだ……」
「でもノアも、朝とかわかんないでしょ?
これからは分かるようになるね!」
彼女の言葉がノアは上手く理解出来ず少し黙るが。言葉の意図に気付き慌てているのか、布が擦れる音が扉越しに聞こえてくる。
「ノアのこと、たくさん知りたい! だからこれから会いにいっちゃ……ダメ、かな?」
「ううん……! ぼくも、その……お話したい、から……来てくれたらうれしいな、って…………」
「じゃあ約束! でも、見つかったらおこられちゃうから、ナイショのお約束だね!」
「ふふっ……うん、そうだね。ナイショのお約束」
2人は。昼と夜にそれぞれ互いの病室に行く、という約束を。
2人だけの秘密の約束を交わすのであった。