◇3 反対側の病棟
「──────ねえ、帰ろう……? 先生におこられちゃうよ………?」
真っ白な病棟に、2人分の軽い足音が響く。
エレナに腕を引かれ連れられるオリビアは、少し恐怖で顔を引きつらせながらそう言葉を述べる。
けれどエレナは歩みを止めず、彼女に明るい笑みを見せた。
「でもでも、私会ってみたい!」
「それにそれに、怒られたらごめんなさいすればいいんだよ!」「そ、そうかなあ……?」
何かに興味を持ったエレナの事は誰にも止められず、無邪気な声で言葉を紡ぐ彼女を見、オリビアは小さくため息をつく。そして、広い病棟ではぐれない様に、彼女が着ているパーカー越しに手を繋ぐのであった。
────事の発端は、つい先程。
彼女達の担当医師であるクロエに、自身達のいる病棟の反対側には、どんな患者が居るのかとエレナは尋ねたのだった。
「──えっと……エレナちゃんと一緒の病気の子はいないけど………んー………………」
「しりたいしりたい!」
悩んでいるクロエを見、エレナはぴょんぴょんと飛び跳ねながら無邪気な声をあげる。
出来る限りであれば、外に出れない患者達の願いを叶えてあげたいと考えているクロエは、少し悩んだ後、自身の唇に人差し指を当てた。
「………じゃあ、教えてあげるから、他の人には内緒だよ?」
「ないしょ? 分かった!」
クロエが人差し指を口に当てたのを見、エレナはその真似をしながら彼女の言葉に頷くと、クロエはオリビアの方に視線を動かす。
オリビアもその話を聞いていたのか、クロエが此方を見ている事に気付くと何度も首を縦に振るのだった。
「──────やっぱり怖いよ……クロエ先生怒ると怖いから………」
「でも、私あいたいもん! 私とはんたいのびょーきの子!」
やはり怒られるのが怖いのか、怖気付いているオリビアを安心させるかの様に、元気な声でそう述べる。
────先程、彼女達がクロエから聞いたのは、「エレナと正反対の病状を持つ子が、反対側の病棟に居る」という話。
エレナは自身と反対の病を持つ子がどんな子なのかと気になり、オリビアの採血が終わると同時に2人で反対側の病棟にやってきたのであった。
「────────あら、見かけない顔」
しばらく彷徨い歩いている2人を見かけ、1人の少女が声を掛ける。
青と黒を基調としたドレスに身を包む少女は、2人よりも少し背が高く、言葉遣いからは彼女達より年上と言う事が判断出来た。
「おねーさん、だーれ?」
少女の多少青みがかった黒く長い髪は、この真っ白な病棟では良く目立ち、彼女達を見つめる深い蒼の瞳は、氷の様に冷ややかだった。
その瞳にオリビアは少し怯え、エレナの後ろに隠れるが、エレナは恐怖を感じたりはせず首を傾げ尋ねたのだった。
「あら………度胸のある子。面白いわ。名前を教えても良いのだけれど……まず、相手の名を尋ねるなら自分からと習わなかった?」
「そーなの? ごめんね! 私はエレナ! それで、この子はオリビアだよ!」
少女の言葉の節々からは棘を感じるのだが、エレナはそれが分からないのか素直に謝ると自身と、自身の後ろに隠れているオリビアの名を述べる。
「そう……ふふっ。私の名はファルファッラ。マラディ・パピヨンという病にかかっているわ」
少女──ファルファッラと名乗った彼女は、少し笑みを浮かべた後、美しいカーテシーを見せながらそう述べるのであった。