◇1 暗闇病の少女
全てが一切の穢れのない白で覆われた病院。
院内も外と同等に壁も床も白く、1人の少女は長い廊下を歩いていた。
少女が歩く毎に、彼女の足元にある少し大きめのスリッパがペタペタという音を鳴らし、胸元まである少女の淡い黄色の髪がふわりと少女の動きに合わせて揺れ動く。
時折、薬品の独特な匂いが少女の鼻に入るのだが、それが何時もの事なのか彼女は気にせず、すれ違う白衣を着た大人達に笑顔で挨拶を交わしていたのだった。
────彼女の名前は、エレナ。
生まれつきマラディ・ミニュイという奇病を患っており、この病院で入院治療を受けている少女だ。
マラディ・ミニュイ──別名、暗闇病。
数年前から突如流行りだした奇妙な病の1つであり、今までこの病気を発症した患者は全て、先天性。
そして、この病気の厄介な所は、「身体が影に当たると、その部分が火傷の様に爛れたり、激痛を感じる」という点。
それは建物の影や人の影例外なく、影であれば全て肌に触れると激痛をもたらし、悪化すると夜の暗ささえも痛みを感じてしまうという厄介な綺病なのだ。
その事から、「暗闇病」と名付けられ、治療法を模索しているのだった。
この奇病は、影に当たらなければどうということはないので、彼女は朝の診察が終わり次第、暗くなるまで院内の明るい場所でなら自由に歩いても良いと許可が出ており、今日の診察が終わった為、この院内をふらついていたのだった。
「どこいこうかなあ……? あ、せんせー!」
何処に行こうか考えていなかったらしく、エレナは辺りをきょろきょろと見回しながら呟いていたのだが、彼女の青空の様な薄水色の瞳はある女性を捉え、彼女に向かって駆けていった。
「せんせっ! おはよー!」
「わっ、………エレナちゃん。廊下は危ないから走ったらだめって言わなかった?」
エレナの声に気付き手を振っている白衣を着た女性に抱きつきながらエレナは挨拶をし、"せんせー"と呼ばれた彼女は、急に抱きつかれ驚いたのか小さく声を上げるが、ゆっくりと自身から離れたエレナと視線を合わせるとそう注意する。
彼女の名前はクロエ・F・ホワード。
この病院に勤務している医師の1人であり、エレナの担当医師でもあるのだ。
「あっ……せんせーごめんなさい……」
「次からは気をつけるんだよ? ………あら、そのパジャマ新しいやつ?かわいいね」
「うん! ままがもってきてくれたんだって!」
注意を受け、エレナはしょげながら謝罪の言葉を述べるのだが、身に着けている桃色を基調とし、白の水玉模様が入ったパジャマを褒められれば、すぐに無邪気な笑顔を浮かべ、両腕を広げパジャマが良く見える様にする。
ころころと変わる表情を見、クロエも穏やかな笑みを浮かべたのだが。ふと、彼女がパジャマの上に着ている大きめのパーカーが肩からずり落ちている事に気付けば、そっと直したのだった。
「ありがとせんせー! あ、せんせーあそぼ!」
「エレナちゃんは唐突だなあ………私はこれから診察に行くから、遊ぶなら後でね?」
「じゃあ私もいくっ!」
肌を影に当てない為だろうか。
ずり落ちたパーカーを元に戻しても、エレナの両手は長い袖から出ることはなく、満面の笑みを浮かべながらお礼を言い、思い出したかの様にはっとした顔になると目を輝かせ、クロエを遊びに誘う。
だが、他の子の診察があったらしく、彼女は困った様に笑いながらそう答えたのだが────エレナは元気良く手を上げ、明るい笑みを浮かべながら "ついて行きたい" と表す。
「ふふっ。それじゃあ一緒にいこっか」「はーいっ!」
見ている此方が元気になりそうな程、無邪気で明るいエレナの笑みを見、クロエも吊られて笑みを浮かべればそう言い、屈んでいた姿勢を元に戻す。
エレナは元気良く返事をすると、パーカー越しにクロエの白衣を摘み、2人で病室に向かって歩き出した。