悪役令嬢はお友達ヒロインの身の上話を聞く
つい先日、ロートアは開店したばかりのスイーツショップ前で出会った少女と友達になった。
ほんの数日前に出会ったと言うのに、今はもう、旧知の親友のようだ。
それもそのはず……。
二人は前世で同郷な上、間接的にお互いのことをよく知っていたのだ。
ただ、幾ばくかの齟齬があり毎日のように会っては事実確認という名の身の上話と恋バナをしていた。
「わたし、ロートアとは違って2~3歳の頃から前世の記憶があって、更に人魚時代の記憶もあっていっぱいいっぱいだったのよね。
そんなわたしを支えてくれたのが幼馴染で伯爵家の三男ロベルトお兄様。 ふたつ年上で、支離滅裂な幼子の話を根気よく聞いてくれて、『悲しいことがあったんだね』って慰めてくれて……
まぁ、好きになるよね?」
「え、ええ、そうね。 話を聞いて頂けるって、とても安心致しますものね。」
ロートアがコリーナの話に首肯すると、大きな目をキラキラさせ、身を乗り出して話を続けた。
「そうよね! だって優しくてカッコいいお兄さんが頭なでなでしてくれながら話を聞いてくれるのよ!
惚れるわよ!!! ええ、惚れました! 好きで好きで大好きになりました!!
それにね、人魚時代は人に憧れて、初めて出会った王子に恋したけど、その王子は他国の姫を勝手にわたしと勘違いして結婚しちゃって!
あの時はそれでも王子が幸せになれるなら……
って思ったけど、あれ、裏があって、ホントは私が恩人だって分かってたのに他国との繋がりを慮ってたらしいの!! しかも持参金が凄かったんですって!
死んじゃった後のことだから知らなかったんだけど、そのせいで海の王たるお父様がお怒りになって大きかった海岸線を減らされたとか! セーレンの歴史書にも載ってて、伝説としても残ってるのよ!」
コリーナは興奮した様子で一気に喋ると紅茶をくいっと飲み干し、少し遠い目をした。
「お兄様が騎士学校に入る頃、我がレセロワ家が先物投資で失敗してしまい没落の一途をたどったのだけど、わたし、先物投資で失敗すること知ってたのに気づいたら没落していて……。
貴族学校は義務だから通わなくてはならなくて、通いだせば隣接する騎士学校の王子に見初められるって分かってるから行きたくなかったんだけど、どんなに工作しても上手くいかなくて…
第二王子とお兄様は騎士学校で同級、尚且つ側近として取り立てて頂いてて常に側に居たものだから、必然的に王子とも面識を持ってしまって……。」
一度溜息を吐いて、ロートアに目を向け再び話し始める。
「王子ね、ホントはお兄様が騎士学校に入るより前からわたしに目をつけていたらしいの。
先物投資で失敗したのも、実は王子が噛んでいて、わたしを手に入れるための工作だったと気付いたんだけど、時既に遅し。
わたしを妃にすることで膨らんだ借金を肩代わりするという話になってしまっていたの。」
その時の事を思い出して、コリーナは大きな瞳には翳りが差した。
が、ふと光を取り戻し頬を緩めながら
「レセロワ領は、広くはないけど肥沃な土地で、国内では麦の生産量が一番多かったのだけど、更に収穫を増やすため大豆で二毛作を始めたの。
あとは、ホップを見つけたので栽培してビールを作ったわ。 この世界、蒸留酒やワインはあるのにビールが無かったでしょ? 前世では酒造会社に勤めてて、ビール部門にもいた事があったので比較的簡単に作れたの。」
と笑った。
「ビール、そう言えば無かったわね。 わたくし、前世も現世も未成年ですのでお料理やお菓子作りに使うお酒以外についてはまるで知識がありませんけど。」
コリーナの話に相槌を打ちながらロートアが言うと
「えっ! 未成年だったの!!?
すっごい落ち着いてるから前世含めて年上かと思ってたわ!」
と、コリーナが驚いた。
「今は18ですけど、バレは20歳で成人でしたし、ここジル公国は19歳で成人ですからどちらにしても未成年ですの。
因みに前世は大学入りたての19歳でしたわ。 当時のわたくしは、そうね、どちらかと言えばギャル系だったかしら?
女友達が大事で、彼氏の一人もいなかったけれど、浮かれた学生だった気がするわ。」
更にコリーナが驚く。
「ぇえ~~~! 今の姿からはまるで想像つかないわね。
今まで出会ったレディ達の中で、最も貴族令嬢らしいもの。」
「でしょうね。 これは生家での淑女教育と王妃になる為の教育の賜物よ。
嬉しくもなんとも無いけれど。」
ロートアは輝くようなプラチナブロンドの長い髪を横に流すように編み込みにしていて、その毛先を指先で弄びながら少しだけ唇を尖らせ、詰まらなそうに言った。
けれど、その姿は照れてるようで可愛らしいな。 と、コリーナは微笑んだ。
二人とも、衣装は今までの生活で着ていた様な豪華なドレスではなく、街中でも浮かない程度の質素なものを身に着けている。
それでも、醸し出される雰囲気は貴族のご令嬢そのもので、そんな二人が街中で生活が出来ているのには理由があった。
ここ数十年の間、大陸の国々は何処かで戦争が起こっていた。
大陸全体がなんとなく疲弊していて、領土が奪われたり、人が住めない程荒れてしまい、生まれ育った土地を捨て、大陸内でも健全な国に移住して来る者が後を絶たないのだ。
移民はやはり平民が多いのだが、中には貴族や資産の豊富な商人などもいて、元々この辺りに住まってた人達は、そんなモノなのね~。 と、静観している。
移民と言っても、国元を離れこの土地に来て、更に生活出来るだけの蓄えがある者ばかりなので、取り立てて問題も起こっていないし、活用できていなかった土地を開拓したり、街中で出身地特有の商売をしたりと今のところ上手くいっているからだ。
勿論、中には上手く生活基準が築けず更に流離い行く者や、犯罪を生業にしていた者も流れて来るのだが、ジル公国は騎士団が充実しているし、役所も機能が充実しているので、生活が厳しい者には仕事の斡旋や職業訓練をし、犯罪者は問答無用で捕まえているので、崩壊寸前、若しくは崩壊し始めている国から来たロートアもコリーナもこの国は大したものだと感動している。
「ま、話が逸れましたけど、ビール自体は美味しく出来て問題ないのに、どうもあの苦みに馴染みのない故国の人達にはあまり受け入れて貰えなかったの。
農作物では利益が上がっているのに、ビールは在庫を抱えてしまって、出奔ついでに販路を開拓しようかと思っているのよ。
これが軌道に乗れば、肩代わりしてもらわなくても借金のも返せると思うのよね。」
「確かにバレとその周辺国しか存じませんが、ワインやウイスキーを嗜む方は多くいらっしゃるわね。」
「セーレンは15歳で成年とされるのでお酒も飲めるけどアルコール度数の低いビールなら若い子でも飲みやすいと思うのよね。」
「なるほどね。 ワインは子供が飲むには少々強いですものね。
ねぇ、セーレンは造船や海運業も盛んじゃありませんでした?」
「そうですね。 うちの領地じゃ無いけど、お兄様のお友達に海運業を営むお家出身の方がいたはずです。」
「記憶違いでなければ、ビールって腐りにくいから水代わりに船に積んでいたって話がありましたでしょ?
それと、脚気。 日本だと白米ばかり食べる富裕層が罹ってたそうですが、この大陸だと片栗粉みたいなでん粉を餅状にして食べる地域があったと記憶してますわ。」
ロートアの言葉に目と口を大きく開けて、コリーナはロートアの手を取った。
「そうよ! 大航海時代にはビールを飲ませたとか、わたしも聞いたわ!
液体のパン、ビール健康法!! その線で促販かけてみるわ!」
ロートアの手を大きくブンブン振りながら、興奮気味に語る。
「そうね、あと、ビールに合う食事やおつまみを紹介してみたら如何?
塩味があって、油っぽいもの? それとピリッとしたものも合うんじゃないかしら?」
「良い! 良いわ!ロートア!! ちょっとその辺でバルでも開こうかしら?」
「あら、素敵ね。 わたくしのお店は夕方には閉店ですから、お料理のお手伝いなら出来ますわ。」
「僕のお姫様は、ずいぶん楽しそうだね。」
二人が手を取り合ってはしゃいでいると、クローズの札を掛けたはずの扉を開けて一人の男性が入ってきた。
「殿下! 今日はお見えにならないと思っていましたわ!」
ロートアは男性を見るとともに頬を染めて声をはずませながら席を立ち、恭しく礼をする。
「ごきげんよう、公世子殿下。 お邪魔しております。」
続いてコリーナも椅子から立ち上がり、いつもより畏まった風に挨拶をする。
「こんばんは、コリーナ嬢。 そんなに畏まらないで、いつも通りで良いよ。
この国は自由と平等を謳うフレンドリーな国だからね。
それよりお姫様、急に来て驚かせたかな? 今日は近衛隊の選出をしていたんだけど、案外すんなり決まってね。
今日から僕付になった騎士をね、君たちにも引き合わせておきたくて。」
ふわりと微笑んで男性は扉に向かいおいでおいでをしてみせた。
その男性、ジル公国大公の長子で、ロートアを救ってくれたヒーロー。
名はディトリヒ・ジルスデン、ロートアと同年の18歳で、2か月後には成人である19歳になる。
スラリとした長身で、明るめの金髪に碧の瞳。 優し気な目元にすっきりとした薄い唇で完全なる甘めの容貌だが、全体から漂う理知的ムードがやはり高貴な身分だと分かる。
そんな彼に気安くおいでおいでされて、なんとなく気まずいような居心地の悪さを抱えつつも、背筋をピンと張って真面目な顔で入って来た人にコリーナは言葉を呑んだ。
「まぁ、ロベルト様! 貴方が殿下に就いて下さるなら殿下も安心ですわね。」
驚くコリーナを差し置いて、ロートアが入って来た騎士に声を掛けた。
「そうだろう? 我が国出身では無いとバカみたいに反対する奴も居たけど、セーレンでの活躍と人柄は群を抜いてるし、何よりすっごく強いからね。 そこまで揉めずに僕付になったよ。」
彼の騎士は、コリーナに付き添ってセーレンから出奔したセーレンの伯爵家三男、ロベルト・ラットゥアーダ。
騎士らしくガッシリとした躯体で背の高いディトリヒよりも更に拳一つ分は高い。
明るめの茶髪にチョコレート色の瞳。 目鼻立ちはハッキリしていて、有体に言えばハンサム。
しかし、騎士という職に就いたためかいつもその顔に笑みは無く、若干無骨な雰囲気。
なのだが、コリーナの存在を認めるとチョコレートの瞳が溶け出すように優しく甘やかに輝く。
こんな顔、不意に見れば十中八九の女子は腰が砕けるだろう。
因みにロートアは残りの一、二に入ってる様で、ただコリーナとロベルトの様子を微笑ましく見つめるのみだった。
「さてロベルト。」
「はっ」
ロートアが和みの表情を浮かべていると、ディトリヒがロベルトに声を掛けた。
「今日は選定しただけで、まだ任務外だ。 なので、本日はこの場で解散にしよう。」
「……この場で、ですか?」
ロベルトは窺うようにディトリヒを見遣り、口角を僅かに上げた。
「外には護衛が居ますから、長居は禁物ですよ。」
「勿論。 君はコリーナ嬢をお送りしてあげて。
そして僕はロートアを。」
ロートアに向かいウインクを投げて、手を差し出した。
「はい。 あ! でも、片づけを……」
ディトリヒの手に指先を載せながら振り返って今まで座っていたテーブルを見た。
「そんなの僕も手伝うよ。」
当たり前のように言いながら、ロートアの手を取ってテーブルに向かう。
「あら、それでは私達は帰りましょうか?」
コリーナはなんとなく二人に中てられながら、ロベルトににっこりと笑いかけた。
「そうだね。
では殿下、本日はこれで失礼いたします。」
ロベルトは慇懃に礼をして、コリーナの手を取った。
ディトリヒはそれに対し、
「うん、じゃ明日からよろしくね~~。 コリーナ嬢もまたお会いしましょう。」
と、軽く手をあげるだけで、甲斐甲斐しくテーブルを片付けていく。
「コリーナ、話の続きはまた明日ね。」
「えぇ、明日また寄らせてもらうわ。」
こうして、悪役令嬢とヒロインは身の上話や恋ばなをしながら友情を深めるのでした。
誤字脱字お知らせありがとうございました。
訂正に伴い文章の一部表現を変えましたがストーリーに変更はありません。
今後もよろしくおねがいします。