1 百合豚が転生した結果。
気が付けば、真っ白な部屋だった。
目の前では謎の光の塊がさっきからなんか長々と喋っている。
『貴方は元の世界で亡くなり、(中略)本来なら(中略)しかしその功績(中略)よってその魂を……、あの? もし?』
「あ、ゴメン聞いてなかった」
だって話長いんだもん!
『聞いて……なかった……』
なんかガックリとうなだれる気配。
光の塊にしか見えないのになんでそんなことわかるんだろ。
「だいじょーぶだいじょーぶ! なんとな〜くは理解したから!」
そう、このパターンは……。
「アレでしょ! 最近流行りの異世界転生ってやつっしょ?」
覚えている。
あの瞬間、子供をかばってトラックに……、って我ながらベタなことやってんなぁ!
まさか自分がこんなテンプレを経験するとは……!
『……ああ、はい。理解していただけているなら、いいです……』
なんかまだ落ち込んでる気配。
……まあどーでもいっか! 見知らぬ謎の物体だし!
「……ってことはアレでしょ! 転生先で望みを叶えてくれる~とか、そういうやつでしょコレ!」
『まあ、はい。端的にまとめるとその理解で正しいのですが……』
「なら最初からそう言ってよ〜。そんな長ったらしく話す必要あった〜?」
『あ、はい。なんだか申し訳ありません……』
さらに落ち込む気配。
でも気にしない! あたしが願うことなど決まっている!
ついに……ついにあたしの野望が叶う時が来た……!!
『……コホン。それで、貴方は何を望みますか? 前世での功績から、貴方に対して与えられる加護はかなり高位のものとなります。たいていのことであれば叶えられますが』
その、待ちに待った言葉に、あたしは。
「そんなの、決まってんじゃん」
「……あたしは!! 空気になって百合カップルを見守りたい!!!」
大声で、叫んだ。
『……ハイ?』
目の前で呆然とする気配。構わず続ける。
「欲を言えば! 意思を持った風になって! 百合ラッキースケベを起こしたり! 百合カップルが結びつくお手伝いをしたい!!!」
『あの……待って……?』
「それが高望みだと言うのなら! ただ百合カップルを見続けたい! 女の子同士が住む家の天井になりたい! 壁でもいい! ただ床はNGだ! 女の子がスカートの中身を見せていいのはお相手の女の子だけなんだよ!!!」
『お、落ち着いてください……!』
いつも思ってたんだ。
異世界転生ものの主人公ってバカなんじゃね? と。
自分がチート能力を持ってハーレム作っていったいどうすんの? アホじゃないの?
「この際、観葉植物でもなんでもいい……! 使い捨てのティッシュであっても構わない! ただ……女の子たちのイチャイチャが、見たいッ!!!」
『ちょ、本当に落ち着いてくださいってば! 精神世界でリアルに血涙を流す人なんて初めて見ましたよ!?』
血の涙? 構いやしない!
これは全百合豚の! 渾身の想いを込めた涙だ!!
そう、自分がチートをもらって勇者になるなんてアホらしい。
願いを叶える権利があるなら……。
「百合カップルを!!! 心ゆくまで愛でたい!!!」
……そう、それこそが真なる幸せ。
自分はただ空気として、女の子たちのいちゃいちゃを思う存分眺める。
あたしはいちおう女だが、自分がそこに挟まるなんてもってのほか!
ただ……そこにある楽園を見たいだけ。
きっと、全世界30億の百合オタたちなら、あたしと同じ選択をするだろう。
あたしはチャンスを掴んだ!
同志たちよ……。あたしは、壁になるッ!!!
***
『あの〜、すみません、落ち着かれましたか?』
なんか所在なさげな光の塊。
「あたしはいつだって落ち着いてるさ! さあ早くあたしに百合カップルを見せろ! ハリーハリーハリー!」
『……ああ、もう。わかりました、貴方はそういう方なのですね……』
ため息をついたような雰囲気。
しかし、この謎の物体はなかなかに優秀だった。
『貴方のお望みは承りました。それを踏まえた上でご提案しますと……、“風の大精霊” などはいかがでしょうか?』
「おお、アレか! 剣と魔法のファンタジー世界でボスやってたり、召喚獣になったりするやつ!」
『……はい。ご理解が早くて助かります。貴方はこれから、魔法……正確には、“魔術” の存在する世界に生まれ変わっていただきます。
大精霊はその世界の中でもトップクラス……、神にも近しいと言われているような存在になりますね』
強いのはいいことだ。
それはともかく……。
「 “風” ってことは、自在に風を操れるとか……」
『はい。風の魔術を無尽蔵に扱うことができますし、風を自在に操れるといっても過言では――』
「イヤッホォォォーウ!!」
風を操れる! つまり……
『キャッ! スカートが! ……見た?』
『みみみ見てないってば!』
とか、
(突然の強風)
『……わっ!(ギュム)』
『……(抱きつかれて赤面)』
『ご、ごめん!』
『大丈夫よ。……嫌じゃなかったし(小声)』
『……っ(こちらも赤面)』
……とかができるってことかー!!!
神! まさに神じゃん!!
百合カップルの後押しができる能力だなんて……、なんって素晴らしいんだ!
『……あの、申し訳ないのですが、続けても?』
「いいよいいよ、どうぞ!」
なんか光の塊は疲れてるようにも見える。
『……大精霊ともなると信仰の対象となることもありますし、なにより自然の魔力を吸収するだけで生きられるので、生活に困ることもないでしょう。
また、原則として不可視の存在である上に、風の精霊は気配を断つことを得意としていますので、意図して姿を見せない限り、存在に気付かれることもほとんどないかと』
それは……もしや?
「夢のニート生活……?
しかも百合カップルの邪魔をすることなく、心ゆくまで眺められる……!」
あたしは自分がゆりゆりしたいわけじゃない、ただ百合カップルをハタから観賞したいだけ。
そんなあたしにとって、その風の大精霊という立場は……!
万感の想いを込めてつぶやく。
「風の大精霊……最っ高……!」
と、そこに不安げな声。
『ただ……』
「ん? まだなんかあんの?」
『精霊は非常に寿命が長いのです……。
それが大精霊ともなると、寿命の概念があるかどうかすら怪しく……。
あまりに長い生は、貴方の心をむしばみ――』
「ああそんなこと? 無問題だよ!」
『え?』
「むしろ百合カップルを永遠に見続けられるってことじゃん……!」
なにそのご褒美。
風の大精霊って、徳を積んだ百合オタが転生する種族なんじゃねーの? ってぐらいの都合のよさ!
ああもう最高!!
あとはひとつだけ。
「転生先って……女はいるよね? 男しかいないってことはないよね……?」
もしそんな世界があったら、そっちは腐女子に譲るべきだ!
『だ、男女ともきちんと存在しますが……』
「別に男はいらないんだけどなぁー。まあ、あんまり高望みしてもしょうがないか」
どうも口振りからして、転生先の世界までは選べないっぽいし。
男女間での結婚が当たり前で、同性愛は忌避される……とかじゃないといいんだけど。
まあ最悪、その辺は力ずくで……。
『い、今なにか黒い思念を感じたのですが!』
「んー? だいじょーぶだいじょーぶ、いざとなったら既存の国を滅ぼして女だけの国を作ろうかと思ってただけだから」
『それは大丈夫じゃないです!』
はあ、と今度はこちらにも聞こえるようなため息。
光の塊さんはお疲れのようだ。なんでかな?
『……まあ、こちらから転生後の生き方に干渉する権利はありませんし、好きに生きていただければいいのですが。貴方を見ているとなぜか不安が……』
「大丈夫アルよ、あたし無害な百合オタだから! 挟まる男は打ち首獄門の刑に処するけど!」
『……もう、いいです。ここから先は管轄外ですから』
なげやりな雰囲気を醸し出す光の塊さん。
『それでは、転生先の世界についてですが……』
「いらない」
『はい?』
「説明、めんどいからいらない」
女がいるって分かればいいよ!
あとは大精霊の力とやらをフルに使って百合を作り出してやる……!
『……いえ、あの、さすがにそういうわけにも』
「じゃあ必要そうな知識だけインストールしといてよ。そんな神様っぽいことしてるんだからそんぐらいできるでしょ?」
これ以上、長々と説明なんか聞いてられっか!
あたしは……あたしは……!
「異世界の百合カップルを……狩りに行く……! 急ぐから! 早く!!」
『はあ……分かりましたから、そんなに興奮しないでください』
ものすごく大きいため息をつきながらも、光の塊さんはあたしの言う通りにしてくれるらしい。
やっぱいいやつだな!
じゃあ最後に。
「ありがとね! あなたのおかげで次の人生……精霊生? ともかく楽しく生きられそうだよ!」
『……いえ、これも仕事ですから。それでは、貴方の幸運をお祈りいたします』
その言葉を聞いた瞬間、あたしの目の前は真っ白になっていった――。
更新は不定期になる予定です。
のんびり進めていくつもりでおりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
よろしければ過去作も読んでいってください。
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