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その頃、九郎は一人、与えられた部屋に在った。戸は開け放され、涼やかな風が通っている。その風に誘われるように、縁に出た。遠くに、美しい山並みが見える。

 山。九郎が育った場所も、山であり、寺であった。

「主は源氏の、武士の子ぞ。武士として生きられよ」

初めてそう言われた時の事を、九郎は思い出していた。

 九郎は七歳で鞍馬寺へ入った。幼名である牛若をその時、遮那王と改めた。そして十六の年までそこで暮らすことになる。九郎、当時の遮那王がその言葉を言われたのは、十五の時であった。

 ある日、一人の僧が外から遮那王を訪ねて来た。彼は遮那王の父の縁者だという。遮那王は、本当の父の顔を知らない。父は彼が幼い頃に死んだ。養い親はあった。遮那王にとって父と言えばそれだけだ。本当の父というものに興味がなかったと言えば嘘になる。だが、今となっては誰もその問いに答えようとはしなかった。母の元を離れ、己の出自から離れていれば、周りは他人ばかり。知らぬと言われればそれまで。

 その、名も知らぬ本当の父とやらが源氏の頭領であったという。

 戦に破れ、死んだと。二人の兄もその時命を落としたが、三番目の兄、頼朝は流されて生きているといった。そう言われても遮那王はすぐには納得できなかった。その話が、本当である保証はどこにもなかったからだ。

 ただ、寺での生活に満足していたわけでも無かった。頭から仏の教えの全てを信じたわけでは無い。寺に在りながら、仏の教えを全てにはできない。その事は、九郎の中の矛盾した部分であった。無論、真っ向から仏の教えの全てを否定するわけでは無かったが、他にも物の考え方はあるのではないかと思っていた。単純に学ぶ事は楽しかった。自分の知識が増えていくことは喜びで、夢中になって書物を読んだ事もある。その中に、腑に落ちる部分が全くなかったわけでは無いのだ。

 それでも、心のどこかで、自分が僧になるという事だけは、どうにも納得できなかった。自分にはもっと、為すべきことがあるのではないか。在るべき場所があるのではないか。そういう想いが、ずっと胸の内で燻っていた。

 抱き続けた漠然とした想いに、一つの答えのようなものが、その時見え始めた。

 寺で暮らし、僧になる事への違和感。その原因を、自分の中に流れる武士の血であると考えれば腑に落ちる。そう、思ったのだ。

 その男は、一人で寺を去った。早急に遮那王を武士にしようとはしなかった。だが、遮那王の中に生まれた火種は、日に日にその熱を増していった。

 遮那王はそのうち夜にこっそり抜け出して、一人、剣の鍛錬をするようになった。

 誰に教わるわけでも、教われるわけでもない。最初はやり方も分からず、ただ、思うままに木の枝を振ってみた。やがて、寺にある書物の中から、少しばかり武術に関することを扱った書物を盗み読み、鍛錬に生かすようになった。

 しかしそれでも、素人のやることに変わりはない。

 少ない知識になかでも、それが分かるということはある種の才能であるのかもしれない。ただ、己の未熟さ、正式に学べないことへの苛立ちは本人を苛むばかりであった。


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