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舞台

 季節が移り、時が移り、九郎は一人、仏堂に籠もっていた。

 矢尽き、刀折れ、という様相が正しくそこにあった。弁慶とも別れ、一人、そこに座した、

「御本懐を。拙僧はここで邪魔者を食い止めます故」

弁慶は膝を折り、九郎に深く頭を下げて言った。既に深手を負い、血がぽたぽたと地面を濡らしていた。

 九郎は首を横に振った。

「彼らの狙いは私一人。其方まで巻き込まれることは無い。逃げよ。私は、これ以上……っ」

既に、秀衡が亡くなって二年が経っていた。後を継いだ泰衡は頼朝から義経追討を言い渡され、苦悩の末、それに従った。

 九郎は秀衡の命を自分が縮めたような気がしていた。そして、今、九郎は秀衡が守り続けた場所に血の刻印を為してしまった。これ以上、何を犠牲にもしたくなかったのだ。

 地に膝をつき、弁慶と目線を合わせて必死に訴えかける主に、弁慶は微笑んだ。

「秀衡様は、分かって下さる。否、あのお方は分かっておられた。全てを分かっておられたのだ」

弁慶は、秀衡の最後の夜に立ち会った。誰も知らぬことだが、あの夢のようなひと時は確かに弁慶の心に残っている。そして、その時、去り際に秀衡が自分に託したものにも、弁慶は気づいていた。

「九郎殿」

弁慶は九郎の両肩に手を置いた。九郎の身体が強張る。

「本懐をとげられよ」

その声は、亡き秀衡を思わせた。九郎は、黙って頷いた。

 そして、後は振り向かなかった。

 弁慶もまた、九郎に背中を向けたまま、振り向かなかった。顔を合わせずとも、二人の胸には同じ思いが浮かんでいた。

(終わろうとしている)

止められようのない、大きな奔流。その、最後の渦が、二人を飲み込もうとしていた。

(止められぬ)

元は味方であったはずの兵たちがわらわらと出て来る。弁慶は大長刀を構えた。ぼたぼたと血が大地を染めていく。だが、心は静かだった。あの時の、月の光のように、冴え冴えと。

 弁慶は一度、空を仰いだ。

「これが、俺の本懐」

だからこそ、これほどまでに澄んだ気持ちでいられる。

 その視界の隅を一羽の大きな烏が過った。

(あの時、)

清水の舞台で聞こえた声を、弁慶は思い出した。その声を胸に、かっと目を見開くと、大音声を上げた。


(其方の、本懐を)



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