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満月

「……秀衡」

大天狗が呼んだ。だが、視線は前を向いたままだ。秀衡の方が、答える代わりに大天狗を見た。

「其方には辛いことになろうが、」

大天狗が言うと、ふっと秀衡が笑った。そして、誰に言うでもなく、遠くを見ながら口を開いた。

「ここは……もつまい、な」

「……感じておるか」

「それは、九郎様を匿ったから、で、ありましょうか」

弁慶が言った。その言葉に、秀衡は静かに首を振った。

「何を為そうと、何を為さずとも、滅ぶる時には、滅ぶる。ただ、その時が来るまでのこと。少なくとも、儂は九郎殿を迎え入れたことを後悔はしない」

そう言って、秀衡は盃を空けた。そして、静かにそれを置いて、言葉を続ける。

「そうさな……儂の命の方が、先にその時を迎えるであろう。だが、儂は儂の成せることを最大限にしたつもりだ。後のことは儂の手を離れる。否、儂が離れるのか」

くっと、秀衡は喉の奥で笑った。

 懸命に生きた。それは、胸を張って言える。自分はこの奥の都を今の今まで守り通した。

 永遠を願っても人の命には限りがある。人の力には限りがある。

 それでも。

 命は潰えても、時がその存在を許さなくても、残るなにかは、ある。どこかに。残っていくものはある。喩え原野になろうとも、そこに生える草花に。そこに生きる動物達に。人々に、大地そのものに。そして、大気に。

「大天狗様は、どう、思われまする」

「そなたはよくやった。良く生きた。この北の地に、これほどの都。そして、安寧」

大天狗は秀衡の目を見つめた。穏やかな、それでいて美しい、消え入る寸前の命の炎が、そこに燃えている。

「私一人の力ではありませぬ。大天狗様も、御魂の皆皆様も、ゆきのか殿。私の先祖、血族、屋敷に勤める全ての者。多くの者に支えられて、私は私の成すべき事を為し申した。無論、九郎殿、弁慶殿にも助けられた」

それを聞いて、大天狗は静かに笑みを浮かべた。

(縁……)

己の成したことが、果たして何を残せたのか。

 はるか昔に想いを馳せる。

 人馬の嘶きを、鉄の交わる音を、かすかに、聞いた気がした。

 果たしてそれが、過去の記憶なのか、これから先のことなのか。

(知りたくもあり、知りたくも無し)

大天狗は酒を呷った。

「時の流れは戻すことは出来ぬ。そして、常に平安であることも出来ぬ。流れあるものは、時に荒々しく、時に静謐となる。盛るもの、廃れるもの、滅ぶもの、台頭するもの、それらが相まって時の流れを作る」

「抗えませぬかな」

「それは神の領域であろう。時の流れに身を浸して生きるものは、その流れを操る術は知らぬ」

我とて、その流れの中には在るものだ、と、大天狗はつないだ。

 大天狗が月を仰ぐ。それに倣って残りの二人も月を見上げた。

 美しい満月だった。

「大天狗様」

秀衡の声に、大天狗は静かに目線を向けた。そして、頷く。

 次いで、弁慶に視線を送ると、弁慶は小さく頷いてその場から立ち去った。最後に、深く頭を下げて。踵を返した彼の目元から、小さな光が零れて消えた。

 秀衡はその大きな背中に小さな願いを託した。そして、大天狗には、最後の言葉を託した。


静かな風が、虫の声を運んできた。


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