峰
つむじ風に乗って、九郎は空の上に居た。
足の下に大地が無いというのは何とも心もとない。しかし、それでいてどこか心地よくもあった。すべての柵から解き放たれ、そのままどこまでも自由に飛んでいけそうな、そんな気がした。
(どこへでも行けるとしたら、どこへ行こう)
心地よさに任せてそんなことを考えていると、思考までもが空高く解放されていくようだった。
「九郎殿、気を強く持たれませ。風に身を任せすぎると帰れなくなりまする。ここへは目的があって在ることをお忘れになられますな」
そんな九郎の気持ちを察して、姫蝶が雉の姿で寄り添って跳び、そう囁いた。
九郎ははっとして気持ちを整えた。今は自分の都合にかまけている場合ではない。やらねばならないことがあるのだと。
「九郎殿、あの山が見えましょうや」
九郎が気持ちを入れ直したのを見計らって、姫蝶が言う。
姫蝶の示す先へ目を向けると、そこには特徴的に山頂の尖った山が見えた。
「私の本体はあのお山にございまする。この体は仮の姿。先ほどお見せした女性の姿もまた然り。本体は今となってはあのお山そのものと言えましょう」
姫蝶は意味深長な物言いをした。それでは昔は違ったのだろうか。果たして姫蝶の真の本体とは何であるのだろう。
九郎がそれを問いかけたその時、姫蝶はくるりと上下に旋回し、元に戻った。すると、背後を向いていた九郎の身体もまた、ふわりと一度、宙に留まり、姫蝶と同じ方を向いた。そこには東下りの途中で目にした富士のお山と見紛うほどの、美しく雄大な山があった。
「何と、美しい……」
九郎は思わずため息を吐いた。
その横で、姫蝶が目を細めて、喉から絞り出すように声を出した。
「あのお山が、私の愛しき方の住処……」
声と言葉の内容が合っていない。
九郎はそう思った。愛しい相手のことを話しているのに、ひどく辛そうだった。相手を想っているにも関わらず、そういう声を出す時。それは、
「……少し、昔語りを聞いては下さりませぬか」
そう言って、九郎へ向き直った姫蝶の姿は女子の姿に成っていた。そしてその目は、涙に濡れていた。




