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旅支度

話はこの年の春の終わりに遡る。


「九郎殿、京へ行かれよ」

例の滝壺の庭で、九郎は大天狗に言われた。

 以前と同様にゆきのかを通じて呼ばれ、ゆきのかと共に訪れていた。白乙の時と同じように、この奥州にて何らかのことを成すように言われるのかと思っていた。しかし、大天狗は京へ行けと言う。思いがけない言葉に、九郎は面食らった。驚きのあまり、悪い方にしかその意味を取ることが出来なかった。

「……帰れ、と言う事にございましょうか」

恐る恐る訊いた。

 正直、そうだと言われてしまっては困る。帰れと言われるほどのことをしてしまったのだろうか。何が大天狗の機嫌を損ねてしまったのだろうかと、そればかり考えていた。

 しかし、九郎の不安を吹き飛ばすような大声で大天狗は笑った。

「すまぬ。要らぬ不安を抱かせてしまったようだ。其方を追い返すつもりは無い。少々行ってもらいたい場所があるだけだ」

「行く、だけでよいのでしょうか」

「然り。行けばよい。さすれば分かる」

大天狗は静かに頷きながら言った。九郎は僅かに首を傾げたが、静かに安堵の息を吐いたした。とにもかくにも、追い返されるということではなかったのだ。それだけでも有難いと思った。

「左様でござりまするか。私にはよくわかりませぬが、お言葉とあらば、従いましょう」

「善哉。されば、この刀を守りに持って行け」

大天狗は自分の腰の刀を一振り、九郎へ差し出した。九郎はそれを恭しく受け取った。

「抜いてみよ」

九郎は頷いて、その刀をすらりと抜いた。刀身は少々小ぶりではあったが、美しく陽光を跳ね返して淀みなく煌めいた。拵は簡素だが、かなりの業物に思えた。

「素晴らしい御刀ですね。これを何処かへ奉納するのでしょうか」

「否。それは其方の守り。その刀と共に、必ず無事にここへ戻れ」

「承知いたしました」

「金子も用意しよう。道中困らぬように」

「有り難く」

 九郎はそう言って深く頭を下げた。


 その頭を元に戻すと九郎はそのまま奥州の出口まで送られていた。何故か旅支度がきちんと済まされた格好になっていた。

 ご丁寧に、馬も、約束の金子もついている。

(気の早いことだ)

九郎はそう言って苦笑いした。


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