2.銀の銃士ルミア
「えーと、ギルドギルド、っと……」
周囲をキョロキョロと見回しながら歩く。盾に剣が重なった看板が冒険者ギルドの目印だ。道沿いに多く立ち並ぶ、『横たわる人の看板』を見るに、エムルクは宿場町として発展した町なのだろう。宿泊するのに問題ない程度の金はあるが、せっかく町についたのだ。冒険者ギルドで依頼をこなしてからでもいいだろう。
「あーでも、あんまりいい依頼はなさそうか……」
俺は空を見上げる。
ジェットさんと戦っている間に、日はずいぶんと高く昇ってしまった。今から行っても、割のいい依頼は残っていないと思われる。
「……ん?」
視線を感じて周囲を見回すと、多くの人間が俺のことを見ていた。気に留めていなかったが、やはり背丈を超えるほど巨大な背嚢、というのは悪目立ちするらしい。
(ラインドール王国ではさほど目立ってなかったんだけど……)
『うむ……土壌が土壌であるからな』
奇異な見た目が多いラインドール王国で巨大な背嚢など、注視する意味もないほどの日常である。
「ちょいと、そこのお兄さん」
「ん? ……俺のことか?」
妙に低く、よく通る声で呼ばれた俺は、音の発生源に向き直る。買い出しの帰りだろうか、食材が入った籠を持ったふくよかな女性がこちらを見ていた。
「そうそう。見たところ旅人みたいだけど、今夜の宿は決まってるのかい?」
「いや。まだだけど?」
そう答えた瞬間、女性の目がキラリと光ったような気がした。
「へぇ。泊まってくならぜひウチにおいでよ、ウチはメシもうまいし料金も手ごろだよ!」
「宿屋の方でしたか」
なんというか、勢いが強いというか商魂たくましいというか。
俺は少し考える。
エムルクの町に、ランベイルが何かを感じ取っている。その調査をするために寄ったのだが、相手は一日やそこらで見つかるとは思えない。ジェットさんが負けたという“銀”の冒険者の話も気になるし、ここは宿泊一択だろう。
ただ、冒険者ギルドの依頼がどの程度あるのか。いくら“銀”でも仕事がなければ金は尽きる。宿屋も安いに越したことはない。
「……ちなみにおいくら?」
「なんと、1泊朝夕食事付きで200ルル!」
「むむむ……!」
絶妙なラインだ。朝夕の食事付きなのはありがたい、冒険者ギルドの仕事には昼食が保証されているものもある。だが、ここは宿場町。探せばもっと安い宿はあるだろう……200ルルは、ちょっと高い。だが我慢できないほどではない。俺の気持ちが宿泊に傾き、だがもうちょっと探してからでもいいのでは、という囁きが聞こえ――
「しょうがないねぇ、1日1回お湯もつけてやるよ!」
「ノッた!」
女性――おそらく女将であろう人物の提案に、俺は思わず叫んでいた。お湯の提供は宿によってはやっていない。手間がかかるし、必要ないという旅人も多いからだ。だが、俺は欲しい。ジェットさんに転がされて土埃まみれだし。
「そうこなくっちゃ! わたしゃあ、『青鳥の止まり木亭』の女将ガーラってんだ、よろしくな!」
「冒険者のロシムだ!」
私についてきな! と言わんばかりに肩で風を切って歩き始めたガーラについていく。渋ってみせてよかった、まさかタダでお湯までもらえるとは。まあ心づけは払わなきゃいけないだろうが。
「ついたよ!」
「めっちゃ近かった」
徒歩で50歩くらいしか歩いてないぞ。
まあそれはともかく、目の前に建つ建物は立派なものだった。宿屋にしては少しこじんまりとしているが、木材を使って組まれた形状に懐かしさを覚える。
「ちょいと小さいがいい宿だろう? 私と主人と娘でのんびりやってるのさ!」
今帰ったよ! と叫びながら中に足を踏み入れるガーラに、俺もついていく。外から見た感じだと、1階が受付兼食堂兼台所、2階が宿泊部屋という構造だろう。横目に紺と緑に光り輝く何かを見ながら――何かを――
「なんだ今の!?」
『む、どうした?』
ドアを潜ったところだったが、慌てて飛び出る。宿の庭、井戸の隣に鎮座しているその物体は、奇妙な形状の金属の塊だった。紺色の金属が陽光を反射してきらめき、無数の複雑な線が彫り込まれている。さらに随所に、小粒とはいえ緑色に煌めく宝石が埋め込まれていた。ランベイルの疑問の声を聞き流し、食い入るようにその物体を見つめる。
「え、風の魔導宝石!? これ全部!?」
接地しているのは、黒と茶色が入り混じった丸い何かが2つ。必死に脳内を探り、得体のしれないその物体の正体を考え――
「こ、これ……まさか、魔導車両、なのか……?」
『魔導車両? なんだそれは。説明しろ、ロシム』
魔導車両とは、遠く東の地にあるディルディ国で開発された馬の代用品である。様々な形状が存在するが、錬金術、魔導技術、板金技術などを駆使して開発された人を乗せて走る金属の総称。
ざっくりと説明したロシムは、違和感に首を傾げる。
「あれ? でも確か、魔導車両は4つの輪で走るって聞いたけどな……」
風の魔導宝石を使っているということは、動力源は“風”なのだろう。俺も、仕組みはなんとなく聞いたことがある。魔導を使って推進力を得て、回る輪が大地を踏みしめて移動するのだ。
「車輪が2つしかないのは、アメリア号が特別製だからよ」
「へー、特別製! 魔導車両は1両でも最低100万ルルはするって聞いたことあるけど、こんなの持ってるってことは相当お金持ち――」
ちょっと待て。今の声、誰?
「……どうでもいいけど、アメリア号に触ったら1000ルル貰うわよ」
「……持ち主の方、でしたか……」
振り返った俺が見たのは、宿屋の入り口のところに仁王立ちする少女だった。見た目は俺と同じくらい、もしくはちょっと下だろう。銀の髪を緩くひとつ結びでまとめ、蒼の瞳は冷たく俺を見つめている。切れ長の瞳、引き結ばれた色素の薄い唇に、感情を感じさせない無表情。
皮鎧に身を包み、腰のホルダーには2丁の魔銃が収められていた。全体的に装備は彼女の体に密着して作られており、体のラインがはっきりとわかる。凹凸の少ない体つきは、今後に期待といったところ――
銃口がこちらを向いていた。
「今、何か、失礼なことを考えなかった?」
「なにも……」
あぶねぇ。完全に危険人物だ。
俺の言い訳を信じたわけではないだろうが、少女は鼻を鳴らすとホルダーに無造作に魔銃を突っ込んだ。魔銃にもいくつか種類があるが、彼女が持っているのは純粋な魔力砲を打ち出すタイプのようだ。魔銃自体は観察できたが、彼女がホルダーから取り出す瞬間は見えなかった――かなりの使い手である。
「あなた、この宿に泊まるの?」
「お、おう。今日から泊まるつもりだが」
少女は俺の姿をじろじろと眺めた後、何食わぬ顔で右手を差し出す。
「よろしく。私はルミア、冒険者よ」
「へっ、あ、おう。ロシム、同じく冒険者だ」
差し出された右手を握り返す、が、ルミアと名乗った少女がしばらく経っても手を離さない。俺が視線を上げると、妙に迫力のある笑顔を浮かべるルミアの姿があった。
「私、階級“銀”なんだけど……階級が上の冒険者には、しかるべき礼儀を払うべきよね? 敬語で話せ」
はあああああああ!?
「あ? 上等だやんのかコラ。俺も階級は“銀”だぞ。ん?」
俺も威圧的な笑みを浮かべながら右手を握り返す。本気で握るなんて大人げないことはしないが、冒険者は舐められたら足元を見られることがある。階級が上の相手ならともかく、同階級相手に怯むわけにはいかない。
「え? 嘘、全然見えない。オーラ足りてないんじゃないの? 経験とおつむも」
笑いながら告げられた言葉に、
「ははは、今なら正直に『私の目は節穴です』って看板かけて冒険者ギルドに行ってくれるなら許してやらんこともないぞ?」
笑って言い返す。『ガキか貴様ら……』という呆れた声が聞こえた気がしたが気のせいだ。
「女の子相手に威圧して、男の風上にも置けないやつ」
「悪いな、体に凹凸がある人間しか女性として認識できないんだ」
売り言葉に買い言葉、俺たちの言い争いは徐々に勢いを増していく――ように見えたが。
「なんだい、あんたらもう仲良くなったのかい!? そろそろ昼食だから中に入りな! 今日は新しい宿泊客記念にタダで振る舞ってやるよ!」
入り口から声をかけてきた女将ガーラの声で一時休戦となる。同時に握っていた手を離し、中に足を踏み入れる。
いてっ。この女、肩ぶつけやがった!
「ッ……!」
お返しに脇腹を小突く。革と骨の感触が返ってきた、ルミアが睨んでくるが無視だ無視――イテッ、こいつ足踏みやがった!
「「……ッ!」」
武器を抜かずにお互いに急所を探りながら拳、肘、足先を打ち合う。なんとなく声を出した方が負けな気がして、無言で競り合う俺とルミア。俺の綺麗なローキックがルミアの膝裏に、ルミアの肘が俺のみぞおちに入りそうになった瞬間、ガーラが振り返った。
「ああ、そうそう2人とも。この宿は『仲良く過ごす』がモットーだ。特にケンカなんかしたら――」
妙なポーズで固まっている俺たち2人を、女将ガーラ……否。ガーラさんが威圧する。
「――再起不能になるまで叩きのめすからね」
「「気を付けます!」」
逆らえない、と判断した俺とルミアは直立不動の姿勢になった。戦闘能力で言えば“銀”の俺やルミアの方が高いだろうが、真顔で凄むガーラさんに勝てる気がしなかった。
こちらを睨むルミアを睨み返す。『この宿にいる間は休戦』という意思を感じとり、俺は不承不承うなずく。今さら宿泊する宿を変えるのは面倒だし、お湯がもらえるというメリットも捨てがたい。
「おい、お前。どっか行けよ、飯が不味くなる」
「ここのごはんは絶品よ。あんたが消えなさい、というか違う宿に行きなさい」
「絶品なら他の宿に行くわけねーだろ」
「……くっ、嘘はつけないわ。本当に絶品だからね。喜びもだえ苦しむがいいわ」
「そんな喜び方聞いたことないが」
ガーラさんに聞こえないように言い返すが、ルミアは悔しそうに顔を歪めるだけで言い返してこない。しかし、昼食の誘いを断らずにガーラさんのあとをついていくということは、本当に捨てがたい食事なのだろう。
確かに、進行方向から食欲を誘う香ばしい匂いが漂ってきていた。
「うちの旦那の料理は絶品だよ。食べた人が思わずその場で踊りだすほどにね!」
「料理でそんな喜び方する奴見たことねーんだが!?」
「事実よ」
「マジで?」
同意して頷くルミアに問いかけるが、彼女は真剣な顔で頷いた。
『まさかそんなことはあるまい』――そう思って料理を口に運んだ俺が、出された料理のあまりの美味しさに悶絶して有り金を全て差し出そうとしたのは笑い話に分類される。
その様を腹を抱えて笑いやがったあの女は絶対に許さないが、こんな絶品料理を食べられる宿を変えるのは惜しい。結局、俺はガーラさんの『青鳥の止まり木亭』に滞在することに決めたのだった。