友人と姉と
ゆるふわ姉も好きです
終業を告げる電子音チャイムが鳴る。
一部の教師による延長授業が有る教室からは生徒からの重い溜息が漏れ、そうでない教室からは徐々に喧騒が聞こえ出す。
勇は美里亜との約束のためにそそくさと帰宅準備を整える。
そこによく知る男子生徒が近寄ってくる。
「ユウ!なにもう帰んの?」
高校生1年からの友人、日野 勝記は、人懐っこい笑顔をしながら既に去った勇の一つ前のクラスメイトの席に座る。
「一緒にトリカツ食いに行こうぜー」
高校の近所に県道があり、そこに隣接してガソリンスタンドを含む複合アミューズメントスペースが有る。
主に飯屋が数件あり・DVDレンタル店舗・ゲームセンター・銀行の無人ATMの他に廉価の服屋まであるその場所は、ご近所の生活の憩い場になっている。
城愛高校から歩いて5分という利便さも有り、バイトなども同学生がいることから勇達にとっては行きやすい寄り道の場でもある。
勝記の言うトリカツとは、その中の店舗の一つ丼専門店【旨どり】の人気メニューの事を指していた。
「ごめん今日はパス、妹と約束しててね」
「美里亜ちゃんと帰んの? え、何俺も付いてっていい?」
「かっちゃん帰る方向逆じゃん」
勇達は電車で市内方向、勝記は高校裏手の住宅街へと帰宅路が分れている。
「んー…いいとは思うけど、ちょっと訳ありだよ」
「…なんかあった? あ!皆まで言うな! 美里亜ちゃんへのおじゃま虫退治だろ!?」
口を開けかけた勇を大げさな演技を交えて勝記は言葉を続ける。
「美里亜ちゃんメッチャ可愛いもんなぁ、あれだよな某掲示板で話題になってたクール系みたいな!」
某掲示板は勇も知っていたが勝記ほど覗いているわけではない。
バイトの時間や勉強の時間の合間にしてる事はどちらかと言うと、ソシャゲや据え置きゲームで時間を潰すことのほうが多い勇である。
以前に勝記からLINEでその掲示板を教えられ【素直クールスレ】というものがサムズアップの猫スタンプ付きで送られたことがあり、見た事が有る程度だ。
「掲示板云々はよく知らないけど、おじゃま虫はちょっと当たりかも」
少し真面目な声で答えると、勝記からお調子めいた雰囲気が消え「really?」と返してきた。
「まぁ直接被害受けたわけじゃない……らしいから、でも心配だし頼まれもしたからさ」
「マジかよ……」
荷物を全部肩掛けバッグに詰め終えて席を立つ。
「そいうことなら是非とも手を貸すぜ! とっちめんの!?」
「しないしー、もし来たら妹に付きまとわないように言うだけだよ」
少し呆れ気味にため息をつく。
相手は美里亜と同学年とは言え複数人、あまり大げさなことにすると美里亜の今後が更に心配になる。
流石に高校生ともなれば即暴力という短気な事にはならないだろうと、勇はタカを括っていた。
そんな軽口をいいながら勇と勝記は並んで一緒に教室を出る。
「美里亜ちゃん1-Aだっけか?」
「そだよ看護科のね」
「看護棟って殆ど女子なんだろ? なんか普段行かないからドキドキすんなー」
「俺もそんなに行くわけじゃないけど、まぁ普通に女子は多いよね」
看護棟は看護科と看護専攻科があり、専攻科は俗に言う短大と同義の科になる。
8割が女生徒で、表だけ見れば華やかな場所に映ることも間違いではない。
「ゆう~?」
教室を出て看護棟へ繋がる廊下の曲がり角で、後ろから間延びした女性の声がかかる。
「ねーちゃん」
高校指定の体操着に身を包んだ勇の姉、真行寺 立花が立っていた。
軽くウェーブの掛かった髪の毛をサイドポニーにし、紺のスポーツバンダナで前髪を抑え額を出している。
「よかった~、教室に居ないから帰っちゃったと思った~」
軽く駆け足で寄ってくる。
体操着越しに美里亜ほどではないが、豊かな胸が弾む。
勝記はその一点をだらしない顔で凝視し、勇はそれを横目で冷ややかに見ていた。
「こんちゃっす! 立花さん」
「こんにちは~かつきクン」
必要以上に元気な勝記の挨拶に対し立花は、ほにゃっと柔らかい笑顔を浮かべ軽く手を上げて答える。
「今から部活?」
勇と立花は互いに一歩近づいて言葉を交わす。
「うん、そうなの~。 あのね~、ゆーくんにお願いがあってね~」
「美里亜の事なら聞いたけど、それ?」
「あ、みーちゃんに聞いたんだ~。 よかった、朝にホントはお願いしようと思って行ったら、まだグッスリだったから~。」
立花は少々済まなそうな表情で両の手の指を胸で合わせる。
「今から教室近くまで行こうかなって、勝記はついでに」
「ついでかよ!!」
「あははー、そうなんだ~。 じゃぁ、かつきクンも今日はお願いするね~」
屈託のない笑みで勇越しに感謝をする立花。
それを見て、勝記は顔を真赤にして「は、ハヒ…」と素っ頓狂な返事を返す。
「ゆーくんはお駄賃にお家でハグしたげるね~」
立花は勇の耳元でそう囁く。
勇は僅かに顔を赤らめて半歩下がる。
「それいつものことでしょ……」
「あははー、それもそうだねぇ~」
満面の笑みでマイペースな答えを返す立花。
このゆったりとした性格でスポーツ万能な上に勉強の成績も割と上位という、過剰性能な実姉である。
幼少期は母親が仕事で家に居ない時間のほうが多かった為に、勇は美里亜と共に随分と甘えた記憶がある。
今現在でも進行形で勇や美里亜には甘く、ブラザーコンプレックスである事は周知の事実に他ならない。
「じゃぁゆーくん、おねーちゃん部活に行くね」
「うん、頑張ってね」
「頑張る~、みーちゃんお願いねー」
立花は手を振りながら、部室棟へと向かう渡り廊下へと去る。
残された2人の場所には、わずかにシトラス系と思われる残り香が漂う。
(今日もレモン?っぽい匂いさせてるなぁ)
勇は香水には全く詳しくなく、以前に意気揚々と立花に普段使う香水を自慢されたことが有るがよく覚えていないでいた。
美里亜も興味が無いのか姉から自慢されても無感動で、その反応に姉である立花は「女の子がそれじゃだめ~」と泣きついていた。
「なぁ……勇」
「なに」
なんとなく勝記の言ってくるセリフに既視感を覚えながら勇は返事する。
「お前のねーちゃん、いつもおっぱいでかい上に美人でいい匂いまですんのな!」
いつもの使い方が変だろうと、やや興奮気味に喋る友人の頭を勇はすかさず軽く叩くのであった。