日常 その2
日常はもうちょっとだけ続くんじゃ
「いってきまーす」
勇は誰も居ない自宅へ声をかけ、玄関の扉を締め施錠する。
美里亜は先に出て後ろでスマホをいじっていた。
おそらく友人との朝LINEだろう。
「今日もバイト?」
エレベーターまでの短い距離を一緒に歩きながら聞かれる。
「いや今日は金曜ローテで休みー」
「咲ちゃん作る日?」
「そそ、遊ぶ時間が減るって愚痴ってたけどね」
「じゃぁ一緒に帰ろうよ」
勇は知り合いの軽食屋【あがもり】でバイトをしていた。
個人経営でそこまで繁盛しているわけではないが、元・有名店で働いていた店長と奥さんが作るオムライスが人気で常連がよく来る店だ。
喫茶店と言えなくもないが、客がほとんどコーヒーより所謂ご飯物を頼むために喫茶という印象は薄い。
何故か牛丼や親子丼、さらには天丼やカレーライスまで有る。
勇も元々料理好きな事もあってか、看板メニューのオムライス他調理をよく任されている。
咲ちゃんこと、阿賀森 咲は軽食屋の店長の娘で美里亜のクラスメイトで自分含めた幼馴染だ。
咲が高校生になってバイトしたいと店長夫婦に相談した所、家で働けと言いくるめられたらしい。
(店長割と親バカだよな)
苦笑いしながら丁度着ていたエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
「ねえってば」
美里亜が少しふてくされた語尾で横から声を掛けてくる。
「あ、ごめん どこか行くの?」
「そうじゃないけど……最近別クラスの男子達がちょっとね」
「入学したてでもう大人気かー、お兄ちゃん鼻が高いなー」
「判ってて言ってるでしょ」
幾分トーンが低い声が聞こえる
あ、これは結構マジで不機嫌なヤツだ。
普段冷たい印象が有るだけに、声のトーンの相乗効果で本気で怖い。
「女子とかまだそんなに仲いい子いなくて、咲ちゃんだけだし」
「うん」
「咲ちゃんいつも帰るときとか付いててくれて、うまく躱せるんだけど」
昔からいつも妹がお世話になってます咲ちゃん、と勇は心の中で手を合わせる。
男子の中に2人ほどやたら強引なのがいてね……今日、咲ちゃんバイトなら帰り道一人になっちゃう」
「ふむ?」
偶然にも高校でもクラスが一緒になった咲が美里亜のガード役なのは、バイト先で本人から聞いていた。
勇達の家の帰宅通路途中に【あがもり】はあり、勇はバイトで週3日、火曜・水曜・木曜に入っていた。
金曜は仕入れの関係で店長が居ないらしく、奥さんだけになるので金曜も忙しい時は呼ばれていた。
だが咲がバイトに入ることで、隔週でいいという事になったのだ。
エレベーターが1階で止まり扉が開く。
マンションのエントランスホールを歩きながら、勇は聞き返す。
「でも【あがもり】からはいつも一人じゃない?」
学校から【あがもり】は比較的近いが、すぐ側に駅のホームが有る。
距離にして100mもないのでホーム構内にはすぐに入れる。
2駅ほど電車に揺られれば、降りた先がすぐ我が家だ。
「……先週、学校側の駅で待ち伏せされたの」
スマホを持って片手で操作している手が僅かに握られたのを、勇は横目で見る。
聞けばその男子2人は自転車通学らしく、咲と美里亜に見つからずに駅まで先回りして来たらしい。
遊びに誘われたが多少強引に改札をくぐって、帰宅したと言うのが先週の事らしい。
「マジか」
「うん」
軽く頭を抱える。
中学時代に美里亜の胸の発育が謙虚になった時期から、こういう事はよくあった。
咲の補佐的な仲介もあってか女子から疎まれるという事はなかったらしいが、同年の男子からよく視線を感じていたらしい。
美里亜自身は見られるぐらいはあまり気にならいようだったが、中には偶然を装って触ろうとしてきた不届き者も居た。
その度に咲や勇が代わる代わる、ガードをしてきた経緯がある。
「了解、じゃあ……放課後に教室近くまで行こうか?」
「うん」
エントランスを出たところで、美里亜はスマホを鞄にしまい込み勇を見る。
「ごめんね、にいちゃん」
「いいよ、可愛い可愛い妹の為だし」
多少おどけて返事する。
「バーカ」
美里亜は恥ずかしそうな嬉しそうな笑顔で、そう答えた。
勇はそれを朗らかな笑顔で返し、2人並んで電車の駅までの道を歩き始めた。
美里亜にちょっかい出す2人をクラスメイトから別のクラスの子に変えました