序章 廃墟
難しいことは書けないなんちゃってSF好きの与太話です
双眼のレンズに映る風景は薄茶色の砂嵐だった。
いつもの時間に巡回しているその人物がかぶるゴーグルに映る風景は、見慣れたいつもの砂嵐だった。
いや、昨日よりはやや穏やかだろうか。
前が見えなくなるほど酷い砂嵐じゃない、目視も50メートルはある。
顔には双眼のゴーグル、口元は防塵マスク、頭からすっぽり体全体を覆う様な外套を着た人物は、ふとそう思った。
だからと言って昨日も今日もなにも変わる事は無いがと内心で思いながら、ゴーグルの人物は頭のフードの端を指で擦る。
風化して赤錆びた鉄骨に手を付け足元の砂と瓦礫が混じった場所に片脚を出してもっと遠方を見ようとする。
だが見えるものはやはり自分がいる廃墟と同じ風景といつも見る薄茶色の砂嵐だけだった。
「ビーノ、異常はないよ」
少女とも少年とも判断のつけられないくぐもった声がマスクの下から漏れる。
すると外套の胸部付近から軽い電子音と供に淡い緑の発光が現れ、
『…生命反応も生物の動態反応もないかい?』
と若い女性らしき声が答えた。
「生命探知と赤外線探査、あとあんまり意味ないけど光学識別も使ったけどなにも変化はないよ」
『そっか…僅かにだけど生物のゆらぎを感じたんだけれど…』
「砂魚じゃなくて?」
『うん、ああいう点のモノじゃなくてこう…流れていく水のようなと言うか…』
改めてゴーグルを指先だけ出ている合皮製手袋の指で触ると、微量な作動音を出しながらゴーグルが拡大機能を作動させる。
だがやはり見えるものと言えばいつもの風化した建物と思われる残骸と、無数に突き出た赤錆びた鉄骨や外壁に使われていたコンクリートと思われる残骸とそれらにうっすら覆いかぶさる砂塵だけだった。
「風はそこまで強くないけど不快な音のノイズも聞こえないし」
フードの上から耳の有るであろう場所に手をかざし、無駄だと理解しながら周りを伺ってみる。
聞こえるものはかすかな砂塵の流れる風の音だけだった。
視界に戻し周りを再度見渡すもやはり見えるものはいつも見慣れた薄茶色の空気と廃墟の風景。
上を見上げると薄暗い灰色の空と廃墟の隙間から見える地平線の橙色の太陽だけだった。
「上がってみる」
『気をつけるんだよ』
まだ高さを保っている廃墟に向かって軽く身をかがめ脚力だけで跳躍する。
一飛で10m移動する。
目測で足場を確認し、また上へと跳躍。
跳躍する度に砂塵が舞い上がるがすぐさま風でかき消される。
外套が翻り蝶の羽のようにはためく。
それを4・5回繰り返して廃墟のほぼ最上にたどり着く。
「ふう」
一息ついて改めて周囲を見渡す。
最初に目に写ったものは建物の隙間から見えていた橙色の太陽。
ついで遠方に見える途切れた廃墟の先の砂漠。
自分はこの風景をいつから見ていただろう。
永遠と思えるこの灰色と薄茶色の世界をずっと見てきた。
過去に動物や植物で覆われていたらしい地表に生物らしき存在はもうほとんど居ない。
自分とビーノを生物と含めれば2桁の種類もいないだろう。
巡回時に見かけるものと言えば地面の砂に潜って暮らす砂魚や砂トゲ虫ぐらいだ。
だがそれは日常であり、特段何かしらの感情が湧くこともない。
ただ極稀にこういう広く見渡せる場所で考えることが有る。
(自分はいつまでこの景色を見ていられるのだろう)
特に活動停止が目前なわけではない。
惑星周期?公転周期?とかビーノが教えてくれたが、自分が誕生して【ひゃくねん】が過ぎてるらしい…よく解らないが。
生命活動も特にトラブルがなければ【ごひゃくねん】は続くらしい。
毎日やることはあるしビーノとの会話も楽しいと思えるから退屈だと感じたことはない。
だが存在している限りいつかは終りがある。
今眺めている風景がその証拠だ。
たとえ無機物でもいつかは風化し砂になる。
「…ビーノと別れる時は泣くのかな」
自分にそんな感情があるのかどうかわからないのでなんとも言えない。
『なにか言った?アリス』
「いやちょっと考え込んで…」
ビーノに返答したときだった。
アリスの背後で唐突に轟音が鳴り響いた。
「なっ!?」
咄嗟に振り返ったアリスの視界に信じがたい光景が入ってきた。
『アリス!? 今の大きな音はなに!?』
「…」
『アリス! ねぇ大丈夫!? 返事して! なにがあったの!?』
アリスはその光景を信じられないでいた。
『アリス!!』
ひときわ大きい焦りの声がアリスの胸から出る。
「…はしら」
『えっ!? なんて言ったの!?』
アリスは胸から聞こえるビーノの問になんとか答えようとする。
「光の柱…」
『光の柱…? まって…なにこの…なんなのこれ…』
アリスは緩慢な動きでゴーグルに手を伸ばし、そしてゆっくりと頭から外す。
それと同時にフードもめくれ、淡い緑の髪が現れる。
髪は外套とフードの中に織り込んでいたのだろうか、一気にその長髪が背に顕になる。
そしてその翡翠を思わせる眼でアリスは目の前の理解できない光景を金縛りでもあったかのように見入っていた。