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スパナが頭に直撃して異世界転生させられた件

作者: 水無月 龍那
掲載日:2018/01/12

 僕は今、魔王というものと対峙していた。

 後ろには満身創痍の仲間達がその手下を相手にしている。

 向かい合っているのは僕だけだ。

「あとはお前さえ居なくなれば……この国は平和になるんですよ」

「はっ。その小さな道具ひとつで私に勝てると思っているのか」

「勝てるから、ここに居るんですがー」

 魔王は僕を見下すようにして笑った。

「ならば――その力、見せてもらおうか!」

 両手を大きく広げられる。彼の手の平が紅く輝き、複雑な文様が描かれた魔法陣が展開される。

「おーけー。それじゃあ見せましょうか!」

 僕はぐっと手にしていたものを握りしめ。

「消えろやおらああああぁぁ!」

 

 スパナを力一杯ぶん投げた。

 

 □ ■ □


 どうしてこんな事になったのかというと。ちょっと込み入った話になる。

 

 僕が生きていたのは普通の町だった。

 日本の中でも大きな都市。

 マンションが建ち並び、その間を縫うように線路が走り、朝からサラリーマン達が満員電車に乗るべく駅へと向かっていく。

 そんなどこにでもある普通の町。


 ただちょっと変わった事があるとすれば。1日に一度不思議な音がしていたこと。

 気付いたのは風邪で寝込んでいた日だったと思う。

 昼間に一度「かーん」と、金属で何かを強く叩いたような音がする。

 学校に行ってる間は知らないけど、冬休みになってもその音は相変わらずしていたから、毎日その音は町に響いていたんだと思う。


 妹に聞いたら「近所の教会の鐘じゃない?」と言われたけど。

 それにしては音が単調だし。なんというか軽い。

 正直納得いかなかったので確かめに行くことにした。


 大体の方向しか分からなかったけど。家からあたりをつけてその場所に行ってみる。

「確か……ええと」

 この辺だったと思う。と、立ち止まる。

 何もない。ただの路地裏。

 近くに蔦に覆われた小さな教会がある。やっぱりそこなんだろうか?

 時計を確認すると、もうすぐあの音がする時間だった。

「んー……、教会かなあ」

 ちょっと行ってみるか、とそっちに足を向けた瞬間。

 

 かこーん!

 

 そんな音と共に頭に強い衝撃が走って。

 視界に星が散って。

 視界が暗転した。


 □ ■ □


「痛……た、た? あれ?」

 数歩たたらを踏んで、倒れるのだけは堪えた。

 けど。いつの間にか僕は真っ暗な空間に立っていた。

 頭は痛くなかった。

 ただ、目に見える世界が一変していた。


 世界は真っ暗で、上下左右が一瞬分からなかった。

 縦横に走るのは緑のグリッド。

 それから――足元にはスパナがひとつ落ちていた。


「スパナ……何でこんな所に」

 拾い上げてみる。

 どこにでもあるずっしりとした金属製のスパナ。金属なのに柔らかい肌触りで良いものだというのは素人の僕でも分かる。

「これが……頭に当たったのかな?」

 それなら怪我じゃ済まないと思うんだけど、と頭に手を当ててみる。

 流血どころか傷口ひとつ、こぶすらない。

「?」

 よく分からないな、と首をひねった所で。

「――ああ、気が付いた?」

 突然、声がして目の前にぱっと誰かが現れた。

 色白だ。と思ったけど。彼の姿は上から下まで白黒だった。

 服装はとてもラフで、ロングパーカーのフードに束ねた長い髪がひっかかっている。

 彼はなんだか眠そうな目で、へらっと笑った。悪い人には見えない。

「灰野君、だね」

「そうですが、あなたは?」

「ボクはウィリアム。気軽にウィルと呼んでくれ」

「ウィルさん」

 試しに呼んでみると、彼はさっきと同じように笑って「うん」と頷いた。

「あの……ウィルさんはこの状況について何か知ってますか?」

「ああ。うん。それについては。その。すまない」

「何が、ですか?」

「うん。君ね。世界のバグに当たったんだ」

「……はい?」

「そのスパナがね」

「これが?」

 手にしていたスパナをまじまじと眺める。

「うん。それが、世界のバグ。の、ひとつだったんだ」


 彼がのんびりとした口調で話してくれた内容はちっとものんびりしたもんじゃなかった。

 曰く。

 僕が住んでいた世界は彼が作った物なのだという。

 宇宙があって、星があって。国が。都市が。街があって、人が居る。

 そんな細かく設計、運営されていた世界にはどうしようもないバグが潜んでいた。

 僕の町にあったのは、1日に一度、スパナが空から降ってくる。

 どこからともなく降ってきて、地面に当たって音を立ててそのまま消える。

 何度か解決しようと試みたらしいのだけど、どうにもならないと判断された。

 まあ、1日1回スパナが落ちてくるだけだし、町の人達も教会の鐘かなにかだと思っているっぽいし、別にいいや、と放置していたところ、僕が見事その真下に立っていた。


「と、言うわけでそのスパナバグ――あ、これボクが名付けたんだけど。君はそのバグに巻き込まれてあの世界から消えちゃっ……あっ、ちょ。やめて。そのスパナ構えるのはやめよう。殴られたらボク消えちゃう」

 僕がそっとスパナを降ろすと、彼は心底ほっとしたような顔をした。

「いやあまさかね。そのスパナが触れた物を世界から消し去るとは誰も思ってなかったんだ」

「それこそバグじゃないですか。しかもひっどいの」

「うん。だからボクはすぐさま君のデータをこうして隔離したわけさ?」

「ドヤ顔で言う事じゃないと思います」

 スパナを構える。

「あっ。だからそれで殴るのはやめて」

 ちゃんと解決策は用意してるから。と彼は泣きそうな顔で両手を挙げる。

 泣きたいのは僕の方だ。このスパナバグのせいで僕、世界から消えたんですよ?

 とはいえ。どうのこうのいっても仕方ない。トラックにでも当たったと思って……トラックの方が万倍マシだけど。そう思うことにした。

「君にはいくつか選択肢を用意してる」

「選択肢」

「うん。これはボクからのせめてものお詫び」

「……聞かせてください」

 それで元の世界に戻れるなら、悪い夢だったと思うことにしよう。

「うん。まずひとつ」

 人差し指が立てられる。手袋をしていて形はよく分からないけど、指は長い。

「他の世界にデータを移行する。その世界でのステータスはそれなりに弄ってあげる」

「ステータス?」

「うん。体力とか魔法がある世界なら魔力とか。フラグの管理を甘くしたりとか」

「なるほど……」

「ふたつ目」

 人差し指の隣に中指が並んだ。

「ボクの手伝いとして世界のバグを潰して回る。所謂デバッガーってやつだね」

「はあ」

「で。三つ目」

 続けて薬指。

「元の世界に新規データとして――つまり、生まれ変わる形で再登録する」

「その場合、僕の記憶は」

「うーん。記憶くらいは保持できるかな。うん。するよ。ただ、世界のデータは巻き戻せない」

「……元の状態に戻すって選択肢はないんですか」

「う」

 彼はそうっと目を逸らした。

「すまない。それは、できないんだ。さっきも言ったけどデータは戻せない。世界の時間を止めたり戻したりは勝手にできないし。何よりその――」

 と、視線が僕の手元に向いた。

「そのスパナが、君のデータを根こそぎ消してしまっててさ。ここに退避するだけで精一杯だったんだ」

「なんちゅうバグ放置してんですか……」

 思わず声が低くなった。ウィルさんが「ひぃっ」と声を上げて腕で大きくバツを作った。

「だ、ダメだよ!? いまここでボクを殴ってしまったら連絡手段なくなっちゃうからね!?」

「ちっ」

「……今なんか舌打ち聞こえたけど、うん。しまってくれてありがとう」

「今回だけですよ」

「ええ……」

 ともかく。と彼はわざとらしく咳をした。

「君にはこの三つの中から選んで欲しい。できる限りのバックアップはするし、不自由はさせないつもりだよ。時間の制限はないから、ゆっくり選んで」

 

 うーん。と僕は悩む。

 元の世界が嫌いだったかというと、そんな事はない。

 一から人生やり直したいか、と言われるとそれはノーと言いたい。

 それはもう、僕じゃない。

 となると、選択肢は二つ。

 最初の条件が一番マシ、という事になるんじゃないだろうか。

 二番目はちょっと考えたけど。なんかないな。と思った。

 こき使われて過労死とか嫌だし。

 

「だったら――僕は他の世界で生きたい」

「おーけー分かった。それなら君の希望を聞かせてもらおう」

「――」


 斯くして。

「今日から僕、ここで生きていくのか……」

 ちょっとした期待と、僅かな不安と。スパナを握りしめて。

 僕は新しい世界の土を踏んだ。

スパナバグ。次の日には「雑煮無限増殖バグ」という単語も飛び出しました。

バグ、怖い。

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