9 黒猫、隠密スキル『七化(3歳児)』発動
六歳になった夏兄様は勉強の時間が増えてきたため遊んでもらえる時間が減ってしまったので、母に絵本を読んでもらったり、さんぽメモを置いて庭で遊んだり、母と一緒にご夫人方の集まりへ出掛けたりする日々を送っています。
ちなみに二歳の誕生日プレゼントは、黒猫のクッションでした。どうして黒猫シリーズなのかと聞いたら、私が黒猫のように可愛いから黒猫で揃えたかったのと、母が嬉しそうに言っていました。
えぇ、まぁ、黒髪黒目ではありますが、つり眼ではないと思うのですよ。はい。
母が喜ぶので、それはそれとして。
そういえば昨年、約束通り父がお買い物へ連れて行ってくれました。他にはどんなぬいぐるみがあるのだろうと楽しみだったのですが、残念なことに私の好みのものが無かったのです。
というのも、リアルな人型人形が多く、日本のように可愛いキャラクターグッズなんてものはありませんでした。黒猫シリーズはそんな商品の中で数少ない可愛い系だったのです。
他には、牛、馬、犬、猫、熊、蛙、梟、架空の生き物で神話に出てくる麒麟や翼の生えた獅子をモチーフにした、リアル系やデフォルメ系がありました。
なので結局、黒猫シリーズの小物入れをおねだりしました。
誰か可愛いものを商品開発してくれないかと期待しています。
それはさておき。
ある日、仕事から帰ってきた父が提案してきました。
「明後日から休暇を取ろうと思うのだ。もう、冬も三歳になることだし、そろそろあっちも気になるからね」
「領地へ行くのですか?」
「そうだ。母上の様子も気になるし」
「そうですわね。私も予定は大丈夫でしてよ」
「僕も初めてだから楽しみです」
実は、父方の祖父は病のため、私が生まれて間もない頃に、この邸で亡くなったそうなのです。まるで、孫の顔を見収めたかのように息を引き取ったとか。
もし、記憶がもっと早く蘇っていれば、祖父のお顔を覚えていられたかもしれません。
この世界には、どうやらまだ写真の技術はないようなのです。
探検して見つけたあの部屋の肖像画は、祖父母が若い頃のものでした。父に面影がある優しいお顔の祖父でした。
その祖父の葬儀の後、若くして父が侯爵位を継ぐことになり、祖母は領地で気ままに余生を過ごしたいと移り住んだそうなのです。
ちなみにこの国でいう爵位とは、大半の場合は引退を決めた頃に譲るらしく、中央政治から退いた当主や騎士団を退役した当主などは内政を行いながら領地で余生を過ごすのが一般的らしいのです。
領主館に長がいない期間は、家令という人が委任を受けて内政を行っているのだとか。これは夏兄様が父から教えてもらっているのを聞きかじった事ですが。
ということで、家族みんなで領地の私邸へ出掛けることになりました。
祖母はどんな人かと楽しみです。夏兄様の記憶にある祖母は、おっとりした印象らしいです。母もおっとりしています。父の家系って、そういうタイプの女性が好みなのでしょうか?
夏兄様の好みはどうなのかと気になるところではありますが、もう少し成長したら探りを入れてみたいと思います。
まだ三歳の幼女がそんなことを聞いたりしないでしょうから。
※ ※ ※
そして本日、メイドさんが準備してくれたお出掛けセットを馬車に積み込んで、いよいよ領地へ向けて出発しました。
今は九月下旬の残暑がまだまだ続く季節。
お出掛けした時に分かったのですが、レトロな馬車なのに空調が装備されていたのには驚きでした。
真夏でも心配なしの馬車の中。八月でも気温は三十度以下なので、うだるような暑さではありませんが、大勢で乗れば暑くなりますよね。
でも、そんな心配は無用だったわけです。
子どもの好奇心を装ってどんな仕組みなのかと聞いてみたら、馬車の動力を利用したバッテリーがあるのだとか。
なにそのハイブリット車みたいな仕組みはと、心の中で叫びましたよ。
本当にちぐはぐな文明です……。
それはそれとして。
トランクケースに詰めたお出掛けセットですが、母が洋装店の店員さんを呼んで仕立ててくれた可愛いワンピースを何着か持って来ています。
ちなみにこの国の服装なのですが、色々お出掛けして分かったことで、女性はみんな身分に関係なくワンピでした。
膝上丈が主流で通気性抜群な薄手のカラータイツを着用し、寒い季節には毛織のポンチョ系羽織ものやダウンコートを着こみ、厚手のタイツの上にこっそり防寒パンツを着込むのです。
靴はショートブーツが一般的で、それは夏でも冬でも変わりません。季節によって材質が変わるみたいです。
そして男性は、それこそ様々でした。シャツもあれば、Tシャツ、ポロシャツもあるし、夏にはインナー一枚で歩いている人も。
父の場合、自宅ではカッターシャツにパンツで、仕事着は例の貴族服です。
男性の防寒具は、セーターやコート。靴は男性も同じでショートブーツ。
貴族服にはロングブーツです。夏にロングブーツは暑いんじゃないかと聞いてみたら、空調が利いているから心配ないそうです。
ちなみに、執事の征爾おじさんは、いつもきっちり執事服。メイドさんたちや料理人さんたちもそれぞれの制服姿です。それが家によって違うらしく、仕立屋さんがデザインするらしいのです。
我が家の使用人さんたちの制服には、黒色が差し色に使われています。
黒色が、我が家のシンボルカラーなのかもしれません。
で……想像していた通り、パーティーというか夜会がありました。
ん~、貴族の定番ですね。
そんな時の服装はやっぱりでした。男性は普段よりも飾りが凝った貴族服で、女性はドレスですが、中世ヨーロッパ貴族のような広がったデザインではなく、型は様々みたいです。
母のドレスは、ふわっとしたものもあれば、細身のものまで様々。
七月から九月頃までが社交シーズンというらしく、我が家でもあのホールを使って開き、両親揃って出掛けていました。肖像画が飾られたあの応接室は、夜会に参加するお客様が椅子に腰かけて歓談したり、軽食を準備しておくための部屋だったのです。
それとやっぱりお茶会もあり、我が家にもお客様を招待して、母がそれに出掛けています。
そんなお茶会の場合、私はお留守番なのです。
礼儀作法とかいろいろあるのでしょうねぇ。
私も成長したら、そんな講義が始まるのでしょうねぇ……。
小窓から外の景色を覗いて将来に思いを馳せていると、馬車は人通りの多い賑やかな王都を抜け、風光明美な場所を走り始めました。
ちなみに、夏兄様の部屋で遊んでいた時に”王都全地図”を見つけたのですが、この王都をぐるりと囲むようなものが記されていたので何なのか聞いてみたところ、それは”外城壁”と呼ばれるもので、北にある大河の岸沿いからぐるりと高い塀に囲まれていて、その形状は地球で例えると米国国防総省のような五角形をしているのです。その外城壁に八か所ある関所と呼ばれる門を通らないと行き来できません。流れが速く川幅が広い北の大河を渡るための橋は可動式になっていて、その二基の橋の袂が北関所となっているそうです。
実際に外城壁を見て驚きました。二階建ての家屋くらいの高さの城壁が延々と連なっていたのです。王都の面積はおよそ三百平方キロあるみたいで、日本でいうと二十三区の半分並みの広さなのです。その面積をぐるりとなんて……。
あれを建築するのにどれくらいの年月と労力がかかっているのでしょうか。凄いとしか言いようがありません。
景色をぼんやり眺めていて、ふと思ったのですが、領地までどれくらいかかるのでしょうか?
目の前に座る母に聞いてみたいと思います。
「お母しゃま、どれくらいでお祖母しゃまの所へちゅきましゅか?」
……まだ、さ行とた行の発音が怪しい今日この頃です。
夏兄様はしっかりと話せていたのに……。
で、二日ほどかかるそうです。
新幹線や飛行機でひゅ~んとなんて無理ですからね。
中継地点で馬を休ませるため休憩を取りながらの行程になり、いつも宿泊しているホテルで一泊するそうです。
私邸へ到着するのは、明日の夕方頃になるとか。
昼食を摂るために立ち寄り、馬を休めるために幾度か休憩をした後、件のホテルに到着したのはまだ夕方前でした。
侯爵家御用達の部屋へ案内されると、父と夏兄様は夕食前に男同士の裸の付き合いだとお風呂へ行ってしまい、母はお疲れモードでお茶を始めています。
うずうず。
折角旅行に来たのだから、近辺を散策したいですよね!
書斎スペースに置かれていた机にメモ用紙とペンがあったので拝借。うとうとし始めた母を起こさないよう、さんぽメモをテーブルに置いて、早速散策に繰り出しましょう!
黒猫リュックはトランクケースに入っているので持ってきませんでした。散歩のお供ですが、今回は仕方ありません。身長も伸び、台の代わりにする必要はありませんが、背負っていないとなんだか寂しいです。
それと、旅の醍醐味である美味しいものを食す楽しみですが、さすがに三歳児がお金を使うのはおかしいので、それも断念するしかありません。
ではでは、気を取り直して。
この街はクルーノー子爵領の主都らしく、沢山の人で賑わっています。商店街のような通りに来てみると、夕方前なので夕食の支度のためなのか、買い物袋を手にした女性たちの姿をよく見かけます。
王都もそうですが、街並みは時代を感じさせる煉瓦造りの建物もあれば、現代的なコンクリート造りの建物と入り混じっています。
屋台式の店舗以外、木造建築は見当たらないですね。
ただ、ホテルもそうですが、日本みたいな高層ビルはなく、一番高い建物でも四階建までのようです。
――そんな街並を観察していてちょっと気になるのは、地元人と思われる人たちの表情があまり生き生きとしていないというか、王都の人たちと比べると口数が少ないというか、人が多いので一見賑わっているように思えますが、活気が無いという表現がしっくりきます。
そんなことを思いながら歩いていると、子どもたちの楽しげな声が通りの向こうから聞こえてきました。
これは是非、行って確かめてみないとでしょう!