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5 黒猫、隠密スキル『七化(2歳児)』発動



 二歳になる年の夏の終わり頃に、自分の部屋ができました。

 で、この部屋を整える時、てっきりお買い物へ行くものと思っていたのですが、なんと、我が家に商会という販売員さんが訪れてきたのです。

 家具類はカタログを見て選び、布製品は現物をエントランスに沢山持ち込んで、それから選ぶような商売のやり方だったのです。商魂逞しく、母にも買い物を勧めていました。衣服や宝石類です。予定外の私の服なんかも。

 抜け目のなさに、ちょっとドン引きましたよ……。

 気を取り直して自分の部屋づくりを頑張りました。

 母がどれにしようかと迷っているところに、すかさずさりげなく自分の好みを挟んでみました。ベッドの土台は既にあったのでカバーや枕を選んだり、机や机周りの収納類を選んだり。お陰様で自分好みの部屋が出来上がりました。

 それはさておき。


 今日も居間で刺繍を楽しんでいる母の隣で、兄のお譲りの立体パズルで遊んでいます。穴と同じ形のブロックを球体の中に入れるというシンプルな玩具です。

 兄は、私の横で何かを書いています。おぉ、久しぶりに見る漢字ですね。

 家庭教師から文字を習っている兄は、宿題に取り組んでいるようです。

 そんな兄の手元を覗き込んでいました。


「文字を書いてみたいのかい?」

「あい。もじ、かきちゃい」

「まだ分からないだろうけど、ほら、これがふゆの名前だよ」


 ここで初めて、私の名前が判明しました。

 兄が書いてくれたのは『冬瑠ふゆる』でした。ふゆ、とは愛称だったようです。

 そして、家族の名前も書いてくれました。

 父が秋周あきちか、母は彩春いろは、兄は夏翔なつとだったのです。

 それにしても兄って凄いですね。まだ五歳なのに、小学校で習うような漢字を覚えているなんて。

 私も鉛筆を持たせてもらい、分けてもらった紙に兄が書いてくれた平仮名のお手本を真似して書いてみます。

 あれれ?

 頭脳は大人でも、平仮名さえまだろくに書けません。

 頭で理解していても、練習しないと上手にできないのかもしれません。

 新発見です。


 ――ふと、ある事に思い至りました。

 散歩をするとき、家族に行き先を知らせないとマズい事に気づいたのです。

 まだ幼子の私が突然消えたら家族が慌てますよね。誘拐されたとか間違われたら大変ですし。

 今までは短い時間だったので誰も気づかなかったのか、大騒ぎにならなかったのは幸いでした。

 自分の部屋が出来てからは自由度が高くなったし、体力もついてきたのでもっと遠出をしたいと思っていましたから、メモを置いておけば、いつ出掛けても問題ないと思うのです。

 ではでは、どうやってその話題に持ち込もうかと考えていた矢先でした。


「そうだわ。冬ちゃん、明日、母様とお散歩に行きましょうね」

「あい」

 ナイスタイミングです!

「どこかへ出掛けるのですか?」

「ご夫人方と庭園で散策しましょうってお誘いがあったのよ」

「そうですか」

 今です!

「しゃんぽ、おちえて」

「さんぽかい?」

「あい!」


 知らないはずの文字を書いてしまっては、それこそ大変なことになりそうですから、教えてもらったという体裁をとっておこう作戦です。


「ほら、これだよ」

「あい」


 作戦成功です。

 たどたどしい文字になりましたが、”さんぽメモ”をゲットしました。これさえあれば心配をかけることはなくなります。



 明日は初めてのお出掛け日になりそうです。外はどんな世界が広がっているのかと今から楽しみです!




  ※ ※ ※




 秋晴れの爽やかな風が吹く翌日の午後、母と玄関先で待っていると、父の送り迎えにも使用している馬車が停まりました。

 その馬車を観察してみると、側面にカッコいい鳥の模様が彫られていて、車輪の軸は木製なのですが、その周りには自転車のようなゴム状のものがドッキングしていました。そのお陰で車輪がガタゴト鳴らないのですね。

 この世界には、他にも地球とちょっと違った面白いものがありそうです。


 馭者の和馬かずまおじちゃんに抱えてもらって乗せてもらい、初の馬車体験です。母の脇に座って小窓から外の景色を覗いてみます。

 馬車の中はやっぱり乗り心地が良く、揺れもさほど感じられません。


 ちょっと思ったのですが、これが真夏だったら馬車の中はどうなるのか。前世、炎天下の自動車の中がとんでもない温度になっていた事を思い出します。


 それはさておき、馬車で向かうお散歩って、どんな所なのでしょうか?

 自宅の敷地がこんなに広いのだから、とんでもなく広い公園がありそうです。

 馬車がいくらか進むと、敷地の端が見えてきました。散歩でもまだ行ったことがありません。

 うわぁぁ……ぐるりと塀で囲まれていたのですね。門番さんがいました。

 なんだかますます家柄が心配になってきました……。


 我が家の門から出ると、アスファルトではなく、薄茶色の石畳の道が伸びていました。ただ、凸凹は一切していないのです。徒歩にしても歩きやすそうな綺麗な道でした。

 そんなことに感動しながら街並みを眺めていると、他の家も我が家のように長々と塀が連なっています。

 ここら辺りは、どんな家柄の人たちが集まっているのか……。

 富裕層が集まる高級住宅街なのかもしれません。

 そんな塀しか見えない道を進んで行くと、今度は一際高い塀が見えてきました。

 馬車の小窓からでもその先がちっとも見えません。住宅街の塀は大人の身長よりも高いですが、所々鉄柵のところもあるので中がうかがえましたが、ここは全く見えないのです。


 お。何だか物々しい門が見えてきました。


 え?

 門の傍に立っている人たちが、どう見ても中世ヨーロッパの騎士風な服装をしているのです。

 騎士?

 本当に、腰に帯剣しているのです。

 もしかしてこの世界――銃とかそういう類のものが無い文明なのでしょうか?

 火薬がない? 剣やら弓が武器なのでしょうか?


 ……は?

 全体は見えませんが……もしかしてあれは王宮なんて言いません、よね?

 え⁉

 もしかしてこの国は、王族がいるとか言いませんよね‼

 母と私の今の服装は秋用の現代風長袖ワンピースですが、父は中世の貴族のような服装で出勤しています。

 もしかして、ここが父の職場?


 ……その推理に間違いなければ、我が家は厄介な身分なのでは!

 まさか、本当に貴族だったりしませんよね!


 そんな恐ろしい想像をしていると馬車が停車しました。

 和馬おじちゃんに手伝ってもらって馬車から降り立つと、建物の全貌が見えてきました。

 あぁ……目の前の建物は、歴史を感じさせる王宮にしか見えません。ただなんというか、英国の国会議事堂をいじったようなデザインの外観をしています。


 ……本当に王族とかがいそうな雰囲気です……。


 私は馬車に積んできたベビーカーに乗せられました。

 お散歩の準備をしていると。


「アーレント夫人、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう」


 アーなんとかという呼び名で母が振り返ったのです。

 はい? 我が家のファミリーネームは、アーなんとかですか⁉

 なにその外国風な名前は!

 すると、待ち合わせをしている奥様方なのか、その人たちが口々にアーレント夫人と呼びました。他の人たちも全員が外国風な名前だったのです。

 そして更に、身の毛もよだつ単語が聞こえました……。


 アーレント『侯爵』夫人――。


 これってもう、貴族って確定していますよね!

 よりにもよって侯爵なんて!

 我が家はやっぱり、やんごとない身分の家柄ってことですよね‼

 あぁぁ……将来が恐ろしくなってきました……。

 ただの大富豪どころか、貴族だなんて!


「御息女と一緒ですのね」

「紹介いたしますわ。名前は、冬瑠と申しますの」

「あい。ふゆりゅでしゅ」


 賢いお子様ですわねと口々に褒めてくれます。

 が、しかし、咄嗟に自己紹介をしましたが、頭の中は大混乱!

 前世ただの庶民だった私が貴族とか言われても……無茶ぶりもいいとこです‼

 将来は政略結婚だの社交界だのなんだのと、面倒なことがてんこ盛りの世界なのでしょうか。

 母たちが何やら楽しく会話をしている間も、自分の将来を想像しながら心中でめそめそしています……。


 私はただ、平穏無事に暮らしたいだけなのに……。


「ほら、綺麗なお花ね。近くで見てみる?」


 母がベビーカーから降ろしてくれました。これが普通の心理状態だったら綺麗だなと思うのでしょうが、今はそれどころじゃありません。

 自分の境遇にビクつきながら、母の傍で悶々と考え込んでいると――。



 ――あれ?

 ……ここは一体どこでしょうか⁉



 母と一緒に庭園を歩いていたはずなのに、いつの間にか全く見知らぬどこかの通路に立っていました!

 えっ‼

 おもいっきり迷子になりました‼

 いつの間にどうしてこうなった⁈

 周りを見ても全く人がいません!

 尋ねたくても誰もいないのです!

 どうしよう! 私のバカぁ‼



 迂闊な迷子がここにいます! だぁ、誰か助けてくださぁい‼










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