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39 黒猫、捕獲される



「クロイツヴァルト様っ、助けに来てくださったのですのね!」


 はい。分かりやすいですね。

 待ってましたと言わんばかりの表情です。

 公爵令嬢様が頬を染めて私の頭上に視線を飛ばしています。

 今まで動こうとしなかったのに立ち上がりました。

 捻挫は大丈夫なのでしょうか?


「冬」


 えっと、そこは声を掛ける相手が違っていませんか。

 うっ……夏兄様の圧が……。

 分かりましたよ……。

 仕方なく、背後に立っているであろう堕天使へ振り返ります。

 案の定、目の前にいました。


「ご機嫌よう、クロイツヴァルト様」

「ああ。それで何があった」

「クロイツヴァルト様! お聞きくださいまし!」

「――私は其方に聞いていない。黙っていてもらおうか」


 ……婚約者に対してその態度はどうかと……。


「冬」


 仕方ありません……。


「背中に何かがぶつかったと思い振り返ったら、私があの方を押し倒したと仰るのですわ。全く身に覚えがなく困惑していました」

「そうか。そんな事より、今日のドレスはお前に似合っているな」


 はぁぁあ⁇

 ……マイペースだマイペースだと思っていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ‼ こんな状況で、よくそんな言葉が出てきますよね⁉

 あ、夏兄様の圧が……。


「ありがとうございます。とても可愛いデザインに仕上がっているのでお気に入りですわ」


 夏兄様! これくらいでいいですよね⁉


「あらあら。蒼真、良かったわね」

「もしかして、君の瞳の色に合わせたのか?」


 背後の公爵令嬢様はそっちのけです。そんな事より。

 刀矢様を伴って、この場に殿下と妃殿下がお出でになったのですが、その会話の内容が気になってしかたありません。どういう意味でしょうか?


「私の瞳の色をドレスに、髪の色をアクセサリーに配置してみたのですよ。彼女の黒髪に映えるようなものをと考えた甲斐がありました」

「うふふ。冬様、良くお似合いですわ」

「彼女のデヴュタントに合わせて二人の婚約発表か。宴の席に花を添えてくれたのだな」

「畏れ入ります、殿下」


 ――何の話をされているのでしょうか?


「あら、お父様、お母様」

「殿下、妃殿下、ご機嫌麗しゅう」

「公爵、今日はめでたい日だな」

「畏れ入ります。我が息子の婚約を待ちわびましたな」

「そうですわね。息子がこの日まで黙っておくようにとせがむものですから」

「宴の席に、ひとつ話題をと思いましてね」

「我が娘の晴れの舞台に合わせていただけるとは、お心遣い痛み入ります」

「感謝申し上げますわ」


 いつの間にか両親も揃っていました。

 お父様、お母様、全く話が見えないのですが――。

 誰と誰の婚約だと言いたいのですか⁉

 殿下方も、公爵様方も父たちも、みんながにこにこと私を見てくるのですが!


 もしかして、もしかしなくてもこのドレスは、堕天使からの贈り物だという事ですか!


 はっ⁉

 私が口を開こうとする前に、夏兄様の先制攻撃の圧が‼

 夏兄様! この事だったのですね‼

 絶対口を挟むな反論するなって‼


 ちゅ。


 な、な、なぁ‼

 堕天使が突然私の腰を抱き寄せてきて、でこちゅうを‼

 今までになく会場から凄いざわめきが起こっています‼


「(ちょっと待っていろ、冬)」


 堕天使が何か耳元で囁いたようですが、私は頭が真っ白で――――。




 +++

『――あんたの将来を潰してやろうか』


 蒼真が奏香に歩み寄り、耳元近くに顔を寄せて来たので奏香の頬が朱に染まっていたが、その物騒な言葉によって表情が抜け落ちていた。


『冬瑠に幾度となく送り付けた死骸のようにな』

『な、何の事か分かりませんわっ』


 蒼真がスッと身を離すと、奏香は表情が固まっていた。

 ――蒼真の無表情が、その冷たさを際立たせている。


『ふん。この茶番を仕掛けただけでもあんたの評判はがた落ちだろうが』

『っ!』

『その証拠に、誰もあんたを擁護する者がいないだろう? 倒れた演技をしていたが誰も助けに来ない。騎士たちもな。誰もがお見通しなのだよ。社交界を虚仮にするのも大概にするんだな』


 蒼真のはっきりとした拒絶の態度に、奏香の唇が震えている。

 そして、その視線は蒼真の横に注がれた――。

 +++




 ”冬には黙って脅威から守ってくれていたんだよ”。


 私には何も言わず、堕天使は守ってくれていたと夏兄様が言っていました。

 今みたいにさりげなく。

 私は思わず堕天使の袖を掴んでいました。


「冬、何も心配ない」


 あの日初めて見せてくれた優しい笑顔をしています。


「ありがとうございます――蒼真様――」


 自然と私の口から零れていました。

 嬉しそうに笑顔が深まったので、私も自然と笑顔になっていました。


「そんな!」


 公爵令嬢様が手を伸ばしてきましたが、その背後から父君と思われる方がその腕を掴んで引っ込めました。

 その隣にいる方は母君でしょうか。驚いた顔をされています。


「お父様!」


 すると、父君が公爵令嬢様の頬を引っ叩きました――。

 呆然としている娘の腕を引いてこの場から立ち去って行かれます。母君もふらふらとした足取りで二人の後を追って行きました。


「捻挫も作り話か。お笑い種だな」


 本当ですね。普通に歩いています。

 小説やドラマくらいの出来事かと思っていましたが、現実でこんな事をする人がいるのですね。

 嘘はいつかバレるのに――。




 +++

『――お前はなんて事をしてくれたんだ』

『あんな者に同調していたとはな。お前は兄の将来を潰そうとしたのだぞ。侯爵家の温情をいただけなかったら我が家はどうなっていたと思うのだ』

『建国記念式典が終わっても婚約の発表がされなかった時点で、あの噂は空事そらごとだと皆が分かっていましたのよ。母は言ったはずですわ。よからぬ動きがあるから離れなさいと。クラスが同じだったことは仕方がないにしても、舞踏会まで一緒にいたら同類だと思われるのは当たり前。それどころか、あんな真似までするなんて』

『お前は母上の言葉も無視したのか』

『我が子爵家とは何の繋がりもないあの家に、何故お前が加担した』

『……』

『クロイツヴァルト公爵家の女主人となれば便宜を図ってやるとでも言われたか。口車に乗せられ、世間から目を背けた結果がこれだ』

『家の繋がりとはそんな事のためにあるのではないのだぞ。くだらない噂を流したのもお前なのだな。なんと情けない――』


 奏香に加担した子爵令嬢の兄とその妻が苦渋に顔を歪ませている。

 令嬢は項垂れながら謝罪を繰り返していた。


 もう一人、男爵家の令嬢も家族から冷たい視線を浴びていた――。

 +++




 うぅむ。言いがかりが解決したのは良かったのですが、これはつまり、今隣にいる男の所為で恨みを買ったという事ですよね。

 ……そして更にこの人、今まで散々私を貶してきましたよね。

 人をチビだの淑女失格娘だの……。

 

 これが世間でいうところの、好きな子にわざと意地悪をする、あれでしょうか?


 ガキですねぇ‼

 いえ、まぁ、子どもは子どもでしたね。私がただ特殊な子どもだっただけで。

 でもですよ、あんまりしつこくありませんか⁉

 四歳で顔を合わせてから十六までの十二年間もですよ‼


「ひとつお聞きしても?」

「ああ」

「――長年私を貶してましたよね?」

「そんなの決まっている。お前を愛しているのは私だけで、お前を揶揄っていいのも私だけだ」


 な、な、なぁ⁉

 真顔で何かとんでもないことをさらりと言いましたよね‼


「あらあら、どういたしましたの、冬様。お顔が真っ赤でしてよ?」

「うふふ。何やら愛していると聞こえましてよ?」


 絢音様! 清花様! その顔、絶対楽しんでいるでしょう‼

 お父様たちも笑ってるし‼


「蒼真が我が家に顔を出さなくなって寂しかったのだろう? 私たちが気づかないとでも思ったのかい? ふとした折に、いつも外を眺めていただろう。公爵家の馬車はいつ来るのかなって」

「なっ!」

「冬ちゃん。素直になるのが一番でしてよ。蒼真様は、小さい頃からあんなに貴女が好きだって仰ってたでしょう?」


 そんなの分かりませんよ!

 っていうか! なんか物凄く誤解されていませんか!

 夏兄様! 私がいつ、堕天使を待っていたというんですか‼


「冬瑠様ったら。ならどうしてあの時のハンカチをいつでもお持ちになっていましたの? 学園にまでお持ちになっていたではありませんの」


 え‼ どうしてそれを知ってっ⁉

 そ、それは、いつ返せるかと、返すタイミングがなかったからで‼


「気づいてないのかい? さっきから蒼真の袖を掴んだままなんだよ?」


 え?

 ちらりと自分の手を見ると――。

 ぱっと離したら、すかさず手を掴まれたと思ったら! 手の甲に、ちゅっと‼


「そうか。寂しかったのか。私を待っていてくれたとは嬉しいな」


 かっ、勝手に解釈しないでください‼


「蒼真、冬のファーストダンスを頼むよ」

「ああ」

「私たちも途中だったから、もう一曲踊ろう、清花」

「はい」


 お父様たちにいい笑顔で見送られ、あれよあれよとダンスフロアへ連れていかれると、同級生たちがこちらをにこにこしながら見ていたのに気づきました。

 うぅ……。

 これってつまり、刀矢様まで巻き込んで計画されていたと。

 知らなかったのは私だけってことですよね。

 この人と踊るという事は、婚約のお披露目になるわけで。

 婚約者。こんやくしゃ。コンヤクシャぁ!

 現実味がありませんよ!


「(お前のデヴュタントだろう。ダンスに集中しろ)」

「う……」


 はっっっ‼‼

 じゅ、重要な事を忘れていました‼

 どうして私ってこうも大バカなのでしょうか‼

 お父様たちに危険が‼


「(クロイツ「(お前は……)」

「(はい?)」

「(さっきは蒼真と呼んだくせに、何のつもりだ?)」

「(へ、あ、いえ――って違います! 今はそれどころじゃなくて! お父様たちの命が危ないから!)」

「(何?)」

「(さっき聞こえたの。黒髪の人物を一刺ししなさいって)」

「(――笑顔のまま話を続けるんだ)」


 こくんと小さく頷いて返事をしました。

 くるくるダンスをしながら話すのは大変ですが、お父様たちを守るためにも協力してもらわないと。


「(両親が人質に取られてるみたいで、失敗したら酷い目に遭わせるって)」

「(顔は見ていないのか?)」

「(生垣の向こう側だったから見えなかった)」

「(他に何か言っていたか?)」

「(人質に取られている人が返事をした時、”畏まりました、オールズ様”って言ってたの。動機は分からないけど)」

「(オールズ――)」

「(ダンスが終わったら、この事をお父様たちに知らせて)」

「(いいや、違うな)」


 は? 何がでしょうか?


「(その相手は女か?)」

「(二人とも女性の声だった)」

「(なら、王宮使用人だな。ちょっと待ってろ)」


 そう言うなり、ダンスをしながらも視線があっちこっちへ行っています。


「(いた。あいつだ)」

「(誰の事?)」

「(メイドが飲み物を抱えて接触を図ろうと近づいて来ている。あの者だけ顔色が悪いから分かりやすい。人の命を殺めるなど普通の精神じゃ無理だろうからな)」

「(それってつまり……私が狙われてるの……?)」

「(そうだ――すまない、冬。私の所為だ。私がお前を欲しがったから)」


 い、今はその事は置いておいて!


「(一刺しって、短剣か何か?)」

「(近づいてみない事には分からないが、実行するなら人目を避けるだろうな)」

「(だったら、女性でも扱いやすい武器って何だろう)」

「(とにかく首謀者も近くで見張っているから視線を向けるなよ。私に考えがあるからよく聞くんだ)」

 こくんと頷き。

「(まずは夏翔たちに手伝ってもらう――)」


 ダンスが終盤に入り、作戦決行のために気合を入れ直しました。

 曲が終了したので隣で踊っていた夏兄様たちとフロアから離れながら作戦が伝えられました。夏兄様たちがさりげなくこの場から離れて行きます。

 背後から来ている視線に気を付けながら――。


 ――では、第一段階です。


「冬、喉が渇いてないか?」

「はい」

「ソーダ水を一つ頼む」

「畏まりました」


 ――本当に顔色が悪いですね――。

 気の毒な事に、飲み物を持っているからすぐに分かってしまいます。

 だって、飲み物の水面が小刻みに揺れていますから。

 殺害計画を知らなかったら、新人さんかと思って気にしなかったでしょう。

 早くこの件を終わらせて彼女を自由に。


「あっ」

「も、申し訳ございませんっ。とんだ粗相をっ」

「構わないわ。水で濡れただけですもの。乾けば済むことだわ」

「本当に申し訳ございませんっ」


 飲み物を零して首謀者の目が届かない所へメイドさんを引き離そうと考えていたことを、あちらから仕掛けられて驚きましたよ。

 やっぱり人目のないところで実行するつもりのようですが、大胆な作戦を考えていますよね。

 下手をしたら解雇されるような粗相なのに、なりふり構わずのようです。

 それだけ両親を助けるために必死だという事ですよね……。


「彼女を化粧室へ案内してやってくれ」

「畏まりました。どうぞこちらへ」


 メイドさんの案内に従って舞踏会場を出ると、足音が響くくらいにしんと静まり返った通路が続いていました。休憩のために用意されている個室へ向かっている人もちらほら見かけます。


「申し訳ないのだけど、化粧室ではなく、どこか空いている個室はないかしら。乾くのにも時間が掛かるし、少し休憩もしたいのですわ」

「では、こちらへご案内いたします」

「ありがとう」


 いつ実行しようかと機会をうかがっているのか、先導していくメイドさんの表情が硬いです。

 私も気を抜くことはできません。

 一番危険なのは背後から襲われることですね。

 見た感じでは、どこに武器を隠し持っているのかさっぱり分かりませんが、可能性としてはスカートの中でしょう。

 でもです。たとえ短剣でも、女性が扱うのは容易ではないはずです。

 一刺しでどうにかなるものがあるとしたら、それは――。


「すぐにタオルをお持ちいたしますので、こちらでお寛ぎ下さいませ」


 実行するにはうってつけの空き室だったようで、確認に入ったメイドさんが内開きの扉を開けて室内から促しました。

 最大限にメイドさんの動きに注意を払いながら、その部屋へと足を踏み入れていきます。

 メイドさんが一礼して踵を返そうとした時――。


「ひっ!」

「静かに部屋の中へ入るんだ」


 メイドさんが振り返る寸前に身体を滑り込ませてきた夏兄様が、メイドさんの腕を締め上げたのです。

 首謀者の目を掻い潜り、先導していくメイドさんの目を盗みながら夏兄様が背後からついて来てくれていました。


「君は何を隠し持っている」

「わ、私は何もっ」

「大丈夫。貴女の両親が人質に取られているのは知っているから」

「え……?」

「オールズって人に脅されているのでしょう?」

「あ、ああ、あのっ……でもっ……失敗したら両親も殺されてしまうのです!」


 ……あの人たちも今回の首謀者も、どうしてこうも簡単に人の命を奪うなど口にできるのでしょうか。

 挙句には自分の手を汚さず弱い立場の人を人質を取り、犯罪に手を染めさせるなんて非道すぎます。

 たとえ成功しても、本当に助ける気があるのかも疑わしいですね。口封じのためにと思うのではないでしょうか。

 だって、人の命を軽んじる人ですから――。


「どうやってあの女が接触してきた」

「……王宮に飾っているお花のお手入れをしていたら、素敵なセンスをしているのねと声を掛けてこられました。家族と離れて王宮勤めは大変だろうとか優しい言葉を掛けてくださったのです。そして、私のセンスを気に入ってくださったからと、家族全員住み込みを条件に伯爵家で雇ってもいいという話で家族の事を話をしたばかりに……」


 ――優しい言葉で近づいて相手を騙す。詐欺の常套手段そのままですね。

 王宮を訪れては、誰を手駒にしようかと狙っていたのかもしれません。

 夏兄様は、落ち着いてきたメイドさんの腕を放してあげました。

 メイドさんは震える手で、制服のエプロンの胸付近に忍ばせていた『縫い針』を差し出してきたのです。


「この針の先に猛毒が仕込んであると……」

「これを我が妹に刺せと言ったんだな?」

「はい……」

「最善を尽くそう――君も協力してくれ」

「ありがとうございますっ」

「礼は成功してからだ」

「はいっ」

「ならまず――」


 メイドさんは強い眼差しで頷いて、第二段階の作戦に取り掛かりました。




 +++

『成功しまして?』

『は、はい……化粧室の個室で倒れているので、まだ誰も気づいていません』

『よくやったわ』

『あのっ、両親をっ』

『約束通り開放してあげるわ。舞踏会が終わったらね』

『必ず……』

『何度もしつこいわね。もう消えなさい――』


 メイドが一礼して庭園の暗がりから立ち去ると、柚咲ゆらはニヤケて仕方ない口元を扇で隠しながら会場へと戻って行った。 


『柚咲・オールズ様でいらっしゃいますか?』

『ええ、そうですわ』

『兄君が控室でお待ちとのことでございます』

『お兄様?』

『はい』

『そう。案内して頂戴』

『畏まりました』


(お兄様が何の用かしら?)


『こちらでございます』


 会釈するメイドの横を通り過ぎて、個室の扉を開いた。

 +++



 「あぅっ!」


 女性が部屋へ入って来るなり、扉の脇から伸びてきた手に捕まり、背中に腕を捻じり上げられ床へと跪かされました。

 その表情は痛みに歪み――。


「な、なに、を」

「あんたは醜い女だな」

「クロイツ……様……何故……ぅぐっ!」


 捻じり上げる力が強まり、顔が真っ赤に染まっています。

 私とメイドさんの存在に気づくと、その人の目が見開かれました。


 清花様に託された作戦です。

 件のメイドさんが会場へ戻ってきたら、首謀者をここへ呼び出す手筈になっていたのです。別のメイドさんに事情を話して協力してもらいました。

 あの短時間でこの計画を思いつくのも凄いと思いますが、皆さんの連携と手際の良さも凄いですね。誰もが失敗なく事が進んだのですから。

 それにしても、王家主催の宴の場で人を殺めようなんて考え無しというか、恐ろしいの何物でもありません……。


「――彼女の家族はどこに監禁している」

「答えろ」

「殺害計画は失敗したんだ。素直に白状するんだな」

「このまま腕を折っても気が済まないがな。人質を取って冬を毒殺しようなどと悍ましい輩を野放しにするのも気が引ける」

「まずは居所を吐かせてからだよ」


 え……そこまでするのですか……?

 思わず夏兄様の背中の上着を握りしめると、ただの脅しだよと耳打ちをして、心配ないという風に頭を撫でてくれました。


「……どうしてあんな女を……どうして私じゃ……」

「そんな事は私の勝手だろう。あんたにわざわざ説明してやる義理はない」


 痛みにより苦悶の表情ながらも私を睨みつけてきます。

 すかさず夏兄様が背後に隠してくれました。

 これ程までの憎悪を向けられたのは初めてで、何と表現していいのか分かりません……。


「あんたがあの脅迫状を送って来たんだな。ん?」

「脅迫状?」

「冬には内緒にしていたけど、冬が三年生の秋口から脅迫の郵便物が届いていたんだ。蒼真に相応しくないから手を引けってね」

「その中でひとつ、不可解な郵便物が届いていたな」

「脅迫文と宛名には二種類の筆跡が続いていてが、その中に一つだけ別の筆跡が混ざっていたのに気づいたんだ。短剣で串刺しにされ、焼け焦げた鷲だったね」


 えぇ……何その悪質な嫌がらせは……。


「他の物は我が家に送り付けて来た手紙の筆跡で判明していた。さっきの女と母親の仕業だとな。そして今日の舞踏会で何か仕掛けてくるだろうと踏んでいたが案の定だ。あんたはあの女のクラスメイトだったな。学園で何か聞いたんだろう」

「我が妹と我が侯爵家に対して激しい憎悪が見て取れたよ。あっちみたいにご丁寧な脅迫文が無くてもね」


 扉からノック音が響きました。

 扉の向こうから現れたのは、お父様とクロイツヴァルト公爵様、それと見知らぬ男性が二人です。


「……すまない、蒼真殿……手を離してもらえると有り難い……」


 沈痛な面持ちで、夏兄様たちよりも少し年上の男性が申し出られました。

 腕を放されても立ち上がる気力もないのか、座り込んだまま俯いています。


「重ね重ね、我が身内の悪行にはお詫びの言葉もありません……」

「妹は修道院に生涯幽閉いたしましょう――」


 オールズ伯爵様とそのご子息だったようです。

 夏兄様が言うには、お二人は良識のある方々なのだそうです。

 今のお顔も……こちらが苦しくなるぐらい沈んでいます……。


 ご家族に知れて観念したのか、監禁場所を白状し始めました。

 鷲を手に入れるために一度依頼したなんでも屋という家業の人を通じて裏仕事を請け負う人手を雇い、家族を襲わせ監禁していたそうなのです。

 今すぐ帰宅し、人質の解放へ向かうと約束されました。

 この一件は表沙汰にはせず、これで幕引きです。

 娘を引きずって退室された伯爵様を見送った後は、しばし沈黙が流れました。


「ところで、お前はまた王宮で迷子になったのか?」

「違いますよ。緊張をほぐそうと思って夜風にあたりに行ったら偶然聞こえたのです」

「冬の強運は健在のようだね」

「無事に済んでよかった」

「はい、お父様」


「さて、冬瑠君。我が公爵家の嫁として挨拶に行こうか」


 よ、嫁……。

 気が早いのではないでしょうか……。

 な、何と言いますか……親子似ているというか、今の公爵様の嘘臭スマイルは堕天使のそれよりも迫力が凄いのです‼


「冬、頑張ってきなさい」

「……はい、お父様……」


 そして会場へドナドナされました――。


 色々あり過ぎてとんでもないデヴュタントになりました……。

 会場へ戻ると、公爵家の婚約者紹介という怒涛の挨拶が始まり、へとへとになった頃にようやく終息すると、庭園に誘われたので夜風に当たりながら二人で星空を眺めています。

 ですが……。

 本当に婚約者なんて実感が湧きませんし、さっきはポロっと蒼真様って呼びましたが、違和感大ありでムズムズするのです。

 そして、今も心臓がバクバクと落ち着かないのです!


「冬」

「はい……」

「揶揄って爪を立ててくるお前も可愛かったが、こうやって愛でるのも可愛いな。お前も素直になれ。ん?」

「うぅ……」

「私を待っていたのだろう?」

「違います……」

「さぁて、私の愛しい黒猫は、どうやったら懐いてくれるんだ?」

「知りません……」

「なぁ、冬。お前が迷子になれば私が必ず見つけてやる。お前が危険な目に遭えば私が必ず助ける。これからは私の隣がお前の帰る場所だ」


 い、いつもと違う堕天使に調子が狂いっぱなしです!

 鼓動が激しくて、どうしたらいいのか分かりません!

 恋愛初心者にはお手上げです!

 心が迷子です!

 だぁ、誰か助けてくださぁい‼


 え?


「ちょっ、降ろして!」

「駄目だ。私の目を見て、愛している、と言えば降ろしてやるが?」

「え、ちょ」


 いつも見上げる位置にある顔が、抱っこされているので間近にあるのがまた恥ずかしいのです!


「冬を見つけ出すのに十一年かかってしまったが、諦めるつもりは毛頭なかった」

「はい?」

「お前を見つけられるのは私しかいないのだぞ」

「見つけられない?」

「不思議なことに、お前が散歩に行ったり迷子になると、誰一人見つけることができなかったのだ」


 もしかしてあの時、お父様と夏兄様が見つけたのかと驚いていたのはこの事だったのでしょうか?


「私が見つけられたのは、私とお前が夫婦めおとになる運命だからだろうな」

「う……」

「揶揄い過ぎたなら謝る。なぁ、言ってくれ。私を愛しているだろう?」


 今日の堕天使は、本当に手に負えません!

 いつもマイペース堕天使が、そんな、そんな迷子みたいな顔をするなんて、明日は槍が降るんじゃないでしょうか!

 うぅ、愛しているかなんて聞かれてもよく分からないし!


「冬」

「えぅ……あ、う……す、好きから、始めても?」


 やっと降ろしてくれたと思ったのですが――。


 ゅっ!

 羽根のような口づけが唇に落とされ。

 うっっ!

 離れた気配につられて目を開けたら、無駄に綺麗な顔が目の前に!

 恥ずかしさで顔が熱くなっているのが分かりますが、どこにも逃げ場など無く、あたふたとするしかないのです!

 そんな私が可愛いとか言い始めて、私を抱きしめる腕に力を籠めながら、今度は耳に唇を寄せてきました。


「冬瑠。愛している」


 耳元で愛の言葉を囁かれ、耳を甘噛みされた私は目を開けていられず、なんだか頭がふわふわし始めました。

 鼓動が激しく、まるで耳に心臓があるかのように騒がしいのです。


 慣れない逞しい温もりに包まれながら、二度目のキスに翻弄されていました。










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