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35 黒猫、ピンチ!



 私も十六歳となるこの年、王家では慶事に沸いていました。

 玖郎殿下と絢音様に王子が誕生したのです。お世継ぎの誕生に、王都でも祝い酒が振舞われてお祝い一色です。

 そしてもうひとつ、我が家にも慶事が。

 夏兄様と清花様の婚約が纏まりました。

 いつの間にそうなったのかと驚きましたが、清花様はとてもいい方だし、お兄様も耳を赤くしちゃったりなんかして、お似合いの二人なのです。



「それってもしかして、婚前旅行ですか?」


 夏兄様がコーヒーで、ぐほっと咽ています。

 だって、そうですよね? 今度の夏休みに、旅行に行くらしいですから。


「誰も二人でなんて言ってないだろう」

「そうなのですか?」

「冬も一緒に行こう」

「遠慮します。人の恋路を邪魔したくないですから」

「だから、そういう意味じゃないんだって。行先はクロイツヴァルト公爵家の別荘だから」


 はぁあ? 堕天使の領地の別荘ですか?


「蒼真が誘ってくれたんだ。だから四人で「嫌です!」

「冬」

「私は行きたくありません。お兄様たちだけ行ってくればいいじゃないですか。どうして私が行かなきゃならないんです?」


 堕天使が一緒の旅行なんて楽しいわけないじゃないですか。


「冬が好きな散歩ができるらしいよ? それに、侯爵家の領地以外へ行ったことがないだろう。行ってみたくないのかい?」

「お散歩」


 行ったことがない場所のお散歩。

 そうですね。楽しそうですね。でも、堕天使が。


「きっと楽しいと思うけどね、散歩」

「散歩。お散歩。うぅむ」

「じゃあ、決定だな」

「え! 行くって言ってないですよ!」

「清花も友達が来てくれれば喜ぶと思うけど」

「う。清花様と旅行」

「よし。決定」


 という事で、半ば強引に同行することが決まりました。

 学園では清花様がいつも以上に、やたらと私を見てはにこにこというより……何かを企んでいるような笑みを浮かべていました。

 きっと私の顔を見ては夏兄様を思い出して、婚約者との旅行を楽しみにしているのでしょう。惚気られているようでお腹いっぱいですよ。




  ※ ※ ※




 そして、とうとうこの日がやってきました。

 旅行は嬉しいのですが、どうしてもネックになるのが堕天使の存在です。

 だって、二泊三日も一緒にいるなんて、何かの拷問でしょうか。

 楽しい旅行と拷問時間の間を振り子のように行ったりきたりと揺れて複雑な心境なのです。

 そうこうしているうちに、公爵家の馬車が我が家に到着してしまいました。


「今日は招待をありがとう」

「婚約祝いだから気にするな」

「畏れ入ります、クロイツヴァルト様」

「婚約おめでとう」

「ありがとう、蒼真」「ありがとうございます」


 仕方ありません。お世話になるのですから。


「ご招待ありがとうございます、クロイツヴァルト様」

「たっぷり感謝してくれ。つ・い・でだからな」


 ほらやっぱり感じ悪い――。

 嫌味のように見下ろしてくるこの視線にも腹が立ちます。

 これでもちゃんと百五十三センチまで成長したんですから!


「どうぞ荷物はこちらへ。馭者と護衛を務めます、はやてと申します。よろしくお願いいたします」


 三十代前半くらいの爽やか颯さんのお陰で、堕天使の嫌味視線から離れることができました。


「気を付けて行ってらっしゃいな」

「行ってまいります、母上」「はい、お母様」


 母に見送られて馬車に乗り込み、我が家を出発しました。

 のはいいのですが、隣に堕天使が座っている事が気に食わないのです!

 目の前が夏兄様で隣に清花様と固めたかったのに!


「……冬瑠様、そんな端っこにかじりつかなくても」

「無駄に長い誰かの脚が邪魔ですもの」

「長い脚のどこが悪い。ん?」


 わざと脚を組んでこっちにブーツ底を向けているくせに! 嫌味でしょう!

 十九歳にもなったくせに、どうしてこう子どもじみた真似をするのでしょうか、この堕天使は!

 私は大人。私は大人。はい。気にしな~い。

 それはともかく。


 公爵家の別荘までは、昼食休憩や馬を休めるための休憩を取りながら、六時間ほどの行程で夕暮れ前に到着することができました。

 山手にある別荘なのですが、きちんと舗装された山道なので快適でした。

 途中通過した街へ、明日遊びに行くそうなのです。

 公爵家の別荘は王都の本邸とは違って、モダン建築でした。それでも十八年前に建てられたものらしいのです。外観も手入れが行き届いているのか、そんな年月が経っているなんて分からないほど素敵な別荘でした。

 美味しい夕食をいただいた後は、思い思いに寛いで就寝しました。

 



  ※ ※ ※




 とっても美味しそうな香りがあっちからこっちから漂ってきます!


 この季節になると、この街は避暑地として賑わうらしく、通りにも沢山の人たちであふれていました。

 特に賑わっている通りには、多種多様なお店が並んでいます。

 可動式の小屋でかき氷が売られていたり、ふわっふわの綿菓子のお店の前で子どもたちが目を輝かせていたり、綺麗なガラス細工のお店があったり、色んなデザインの籐籠などの籐製品がディスプレイされていたりと目を楽しませてくれます。

 そこで一際目に付くお店があり、通りを歩いただけで何件も見つけました。

 食べ歩きに最適のスィーツを販売しているのです。

 生地をくるくると巻いて炭火で焼いたお菓子で、とろりと滑らかなチョコレートをかけて食べるのが流行りなのだとか。


 あれ?

 なんだか視線がこちらに集まっていますね。特に女性の視線が。何でしょう?

 あ、そっか――。

 堕天使にですね。けっ。


「お前は。ほら、チョコがついているぞ」

「ん」


 隣を歩いていた堕天使の手が急に伸びて来たかと思ったら、私の口の端を突いたその指のチョコを舐めとったかと思えば。


「美味しそうだな。ちょっと「嫌です」

「ケチくさいこと言うな」

「貴方も買えばいいではありませんか」

「いいからよこせ」

「あっ!」


 いきなり人の腕を掴んできて、右手で摘まんでいたチョコロールを勝手に食べたのです‼


 な、な、なぁ‼


「もう少し」


 あまりのショックに固まっていると、奴は好き放題してきました!

 今度は、左手に持っているチョコロール本体にかぶりついたのです!


「結構いけるな」

「あらあら、うふふ」

「……冬が硬直しているぞ。やり過ぎだ」

「まだちょっとしか食べてなかったのに! 何すんのよ!」

「食べたらいいだろう。まだ残ってるだろう?」

「人が食べたものを誰が食べるのよ!」

「ほぉ。お前はこれくらいの事で食べ物を捨てるのか?」

「な、なぁ! 自分が責任もって食べなさいよ!」


 怒りに任せてトルネードキックで堕天使の弁慶の泣き所を蹴ろうとしたのですが、もう少しのところでかわされてしまいましたよ!


「そう何度もやられるか」

「うぅっ! 食べかけなんていらないっ!」

「もったいないだろう」

「だから、自分で食べればいいでしょう!」

「ほら、貸してみろ」


 チョコロールを取り上げたかと思うと、べりっと半分くらいをむしり取り、残りの半分を差し出してきました。


「食べろ。こっちは責任もって食べてやるから」

「ふぬぅぅ」

「冬瑠様、反対側のチョコが垂れてしまいましてよ。早く食べないと」


 清花様に急かされたので、仕方なく堕天使から奪い取って残りを平らげました。

 本当に、本当に! このマイペース堕天使には付き合いきれません‼

 別行動できないでしょうか‼

 ……なのに、次に向かう場所は湖らしく、夏兄様たちがボートに乗ろうと言い出したのです。


「清花様と乗ります」

「漕げるわけないだろう?」

「じゃあ、私はお兄様と」

「……冬瑠様は、私たちの婚約に反対なんですの?」

「え、ちがっ」

「冬、蒼真に乗せてもらいなさい」

「えぇ~……」


 馬車でも昼食休憩でも、いっつも堕天使と一緒じゃないですか!

 こんな紳士もへったくれもない男とボートで二人きりなんて嫌です!

 あ。いいこと考えました。

 護衛についてきてくれている颯さんと乗ればいいんですよ!



 …………あれ?


 えぇえ⁉ はぁあ⁈ ここはどこですかっっ⁇

 みんなと湖畔を歩いていたはずなのに、いつの間にか、ど、洞窟(⁉)の中にひとりで立っていました‼

 どうしてこんな事に! 全く意味が分かりませぇん‼

 所々に松明たいまつで明かりが灯されていますが、誰一人見当たりません。

 どうやってはぐれたらこんな事に⁇

 ――もしかして、自分の所為でしょうか……。

 ぶちぶちと悪態をついていたのが悪かったのでしょうか。

 招待してもらったのに、邪険にしたからバチが当たったのでしょうか。

 でも仕方ないですよね。いっつもいっつも人を貶すし、紳士とも思えない子どもじみた嫌がらせをするし。

 お兄様の友達だし、絢音様の家族だし、一応あれでも公爵家のご子息だから譲歩しているのに、仲良くする気がない奴と仲良くできるわけないじゃないですか。


 え?


「――ず――する――」


 その場に佇んでぐずぐずと考え事をしていたら、人の声がどこからか響いてきました。

 洞窟の奥からのようですが、人の声の他にもカツンカツンと微かな金属音が聞こえてくるので、気になった私はその場所へ行ってみることにしました。ここがどこなのか教えてもらえるでしょうし。

 周りをよく観察してみれば、足元にレールが敷かれているのを発見しました。

 通路のようなこの場所は高さも結構あるし、幅も人間が七人くらい並べるほどの横穴が続いているのです。

 ――もしかして鉱山?

 レールを頼りに進んでみると、通路よりも広めな空間が広がっていました。そこには沢山の人たちがいて、思った通りの作業をしているのですが……。

 瓶を片手に何かを飲みながら、木箱に腰かけている屈強な男のもう片方の手に握られている物は――。


「頼むっ。妻に会わせてくれ……妻は病気なんだっ」

「黙って働け! 死にたいか!」


 ビシッ、と地面を鞭が打ち付ける音が洞窟内に響き渡りました。

 見つけたトロッコの陰に隠れて様子をうかがっていると、どう考えてもおかしな状況の採掘現場を目撃したのです。

 どうやらここは金鉱山みたいです。

 会話から察するに、人質を取られた男の人たちが最悪な労働環境下で強制的に働かされているとしか思えません。採掘している人たちは泥まみれに薄汚れていて、動きを見ているだけでも辛そうなのです……。


 早く戻って、この状況を知らせないと!

 ――でもどうやって?


 踵を返して戻ろうと思いましたが、その足が止まりました。

 自分が今いる場所がどこなのかも分からないし、みんなの所へどうやって帰ればいいのか分からないのです。

 ……自分はどうしてこんなにおバカなのでしょうか。

 いつはぐれたかも分からないくらい病的なまでに迷子になるし、肝心な時に何もできません……。


 ぷるぷるぷる!

 そうです! 落ち込んでいる暇はありません!

 進めばきっと何とかなるはずです! 絶対みんなの所へ戻るんです‼


 こちらが採掘場なら、反対方向にレールを辿って行けば外に出られますよね。

 悪党たちに気づかれないよう、そっと足を忍ばせてトロッコの傍から離れました。出口までどれくらいの距離があるのか分からないので不安ですが、悪党の仲間と鉢合わせしないことを祈りながら――。


 嘘ぉぉぉ‼


 前方から人の笑い声が聞こえてきます!

 ど、どこか隠れる場所はありませんか!

 あ! 横道発見!

 うわっ、あぶなっ!

 薄暗かったので足元がよく分からず、真っ逆さまに落ちるとこでした!

 天の助け! 綱梯子がありました!

 兎にも角にもここに身を隠さないと。

 古そうな梯子ですが……仕方ありません。

 音を立てないように、でも迅速にっ、早く早く頭を隠して!


 っい!

 古い綱で手の皮が擦れたかと思ったら、古びた木が手に刺さって……。


 ブツンっ! ずさっ!


「ん? 何か物音が聞こえなかったか?」

「そうか?」

「この先で聞こえたが」


 痛ぁぁい! マズぅぅい!

 私の身長よりちょっと深いくらいの縦穴だったので怪我はしませんでしたが、今の音で気づかれましたよね!

 は! 小型のつるはしが落ちています!

 確か近くにあれがあったはず!

 ぴょんと跳ね上がって縦穴の上を覗いてみたら、やっぱりあった!

 えいや‼


 ガシャンガシャン!ベコドサッ!カラーーン!


 壁に張り付いてしゃがんで身を丸くして!

 バレませんように! バレませんように!

 早くどっか行ってください! 後生ですから!


「おい、何だ!」

「ちっ。こんなところに工具が置きっぱなしじゃねーか。ったく誰だよ」


 頭上からは、工具を片付けて持ち運んでいる音が聞こえてきます。ガチャガチャと金属が擦れる音と悪党たちの足音が徐々に遠ざかって行きました。

 お、おおお! 上手くいったようです!


 でもです! 梯子を下りた先は道が塞がっていて先に進めず……古い梯子の片方の綱が切れて使い物にならず、この穴から脱出できません!

 身長より高いこの穴の壁をどうやって登れと⁉

 だぁ、誰か助けてくださぁぁい‼

 無理ですよねぇ! だってひとりぼっちですからぁ……。

 どうしよう……。

 飛び上がってヘリにぶら下がってみましたが、ぐぬぬぅ……怪我をした手が痛いし、這い上がるだけの握力が足りません。

 ボルダリング選手のような身体能力があったらよかったのに!

 いいえ、違いますね。諦めちゃダメです!

 だったら、まだ片方が繋がっている梯子をどうにか登るしか。

 切れませんように。切れませんように。そして誰も来ませんように。

 綱と木の隙間に足を掛けて登ってみれば、何とかならないでしょ――。


 え。

 悪戦苦闘していたら、突然頭上から影が落ちてきました‼‼


「(おい)」


 びくぅぅぅっっっ‼


「(手を伸ばせ)」


 え? 考えもしなかった言葉に驚いて頭上を振り仰ぐと。



 ――どうして、堕天使が――。










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