29 黒猫、大捕物に協力する
本日2話目の投稿です。
作戦開始です――。
料理人の顔を知っているのは私だけなので、その男を呼び出す役目を仰せつかりました。
一呼吸置いて厨房の中へと足を踏み入れます。
出入り口に一番近い場所にいた料理人さんが私に気づいてくれて、玉ねぎの皮を剥く手を止めてこちらへ寄って来てくれました。
「どうかなさいましたか?」
「さっき落とし物を拾ったのだけど、こちらの料理人のようでしたので届けに参りましたの」
「そうでしたか。人数が多いので、どの者か分かりますでしょうか?」
結構広い厨房を歩きながらきょろきょろと見渡してみると――いました。
首元に赤い布を巻いた料理人。
布の色は人によって違うみたいです。大半の人は白で、問題の男が巻いている赤い布の料理人は少人数でした。
一人だけ、青と赤のストライプ柄の人もいます。
「確か、あそこにいる人ですわ」
「呼んで参りますので少々お待ちを」
声を掛けてくれた料理人さんが、件の共犯者を呼びに行ってくれました。
この作戦を考えたのは団長様で、都合よく着ていた学園の制服が要です。
まさか私みたいな娘が捕縛に協力しているなど考えもしないだろうからと。
騎士が突然厨房に現れたら、もちろん警戒している共犯者はこの状況に紛れて証拠隠滅を図ろうとする可能性があるからだそうです。
そうですね。
もうすぐ夕食時なので、今は調理の真っ最中。
王宮の料理人は王族の料理だけでなく、使用人さんや夜勤の騎士様の料理も作るらしいので、その量は膨大。
そのため調理道具は所狭しと置かれ、包丁で何かを切る音や洗い物の音、鍋を振るうカツンカツンという音など調理の音があっちこっちから聞こえて活気に溢れ、立ち昇る湯気や背の高いステンレス製の間仕切り棚で視界が塞がれているので機会はいくらでも作れそうです。
私が見た小瓶は、調味料を入れている瓶と何ら見分けがつきません。
中身を排水溝に捨てて、そこら中に置いてある調味料の小瓶に紛れ込ませれば証拠は消せるし、逃げ出そうと思えばこの喧騒に紛れて別の出入り口から逃走できそうです。
――呼び出された料理人が何事かと目を白黒させながら歩み寄ってきました。
「私が何かを落としたそうで」
「厨房の外に執事が待っているから来てくださらない?」
「畏まりました」
逃げないように先に行かせて背後を固めてぇ。逃げようとしたら足でも引っ掛けてやります!
「っ!」
共犯者は、厨房の扉の傍で待機していた騎士様の姿を見るなり驚いた声を上げましたが、観念したのか大人しくお縄となりました。
もう一人、この場へ呼ばれたのはストライプ柄の布を巻く料理人さん。
「総料理長。この者は陛下方の料理に毒を盛っていた」
「何ですと!」
「そういう事なので、この者は今日限りだ」
「分かりました……お前、よくも神聖な料理を侮辱したな! 金にでも目が眩んで料理人の誇りを忘れたか!」
料理人として恥を知れと、共犯者の料理人へ苦々しく吐き捨てて、総料理長さんは厨房へ戻って行きました。赤い布は、王族の料理を作ることを許された料理人だけが巻くものだそうです。
犯人は、唇をぐっとつぐんで項垂れています。今更ですが、自分の過ちの重大さに気づいたのでしょう。
読み通り共犯者は問題の小瓶をポケットに携帯していたので証拠を押収し、すぐさま検査機関へ持っていかれました。
毒の種類が分かれば血清が使えるし、適切な処置ができるらしいです。
「――お祖父様、黒幕を吐かせるのは難しいでしょうね」
「そうだな。敵は用意周到だ。末端の者が素性は知らんだろうな」
「お疲れ、冬」
よくやったと、夏兄様が頭を撫でて褒めてくれました。
犯人確保は無事終了したので戻ろうとしていた時です。ヘイズ様がこの場へ駆けつけてきました。
「団長」
「どうであった」
「はい。やはりそのメイドが毒見係に間違いありませんでした。体調に異変が出始めたのはここ二週間の事で、脈拍が遅く、倦怠感や吐き気、めまいを訴えていたので心臓系に症状が出る毒が使われているだろうとのことです。即効性のある毒ではなく、長い時間をかけて盛られてきただろうと。他の毒見係にまだ症状が出ていないのは個人差があるからだそうです」
「死亡原因を病死にするのが狙いか」
「卑劣な手口ですね――」
陛下や殿下を毒殺しようなんて……誰がこんな事を考えるのか。
王家に不満を持つ人たちの仕業でしょうか?
でも、現王陛下が暴君とはとても考えられません。
あの雅久元王子はちゃんと罰せられたのです。母君である王妃様も陛下に同意して、自分の息子だからと庇うことはせずに処断されたとか。
罪は罪だと不公平をしない陛下と王妃様なのに、どうしてこんな事が起こるのでしょうか?
――それとも、誰かが私利私欲のために玉座を乗っ取ろうとしているのでしょうか?
「では、長官たちに報告してきます」
「儂も行こう。お嬢さん、協力感謝する。君のお陰で王家の危機を退けることができたのだ」
「ありがとうございます」
団長様とヘイズ様、みんなが褒めてくださいました。
心がとってもくすぐったいです。
団長様たちと別れた私と夏兄様も、父と合流するために父の執務室へ向かうことにしました。
「ところで、父上に渡すクッキーはどうしたんだい?」
「は! そういえば医務室に忘れてきたかもっ」
色々あったから、すっかり忘れていました!
「冬は本当にそそっかしいな」
てへへ……。
「俺が案内しよう。夏翔殿も場所を知らないだろう」
「ありがたい」
「ありがとうございます、ヴァレット様」
「それと、他にも協力者がいるかもしれないから、くれぐれも気を付けるんだな」
夏兄様と私はしっかりと頷きました。
そうですね。
王宮には沢山の人がいるのです。ここには本当にいろんな人がいるのです。
いろんな策略が張り巡らされ、恐ろしい陰謀が渦巻いています。
覇権争いとは、人の生死も係るのですね……。
刀矢様に案内してもらって、クッキーの回収は無事に達成できました。
体調を崩したメイドさんは点滴を受けて、数日間は様子を見ることになっているそうで、陛下方や他の毒見係の方々も念のために処置を受けるそうです。
本当に、大事に至る前に発覚できてよかったです。
ちなみに、侍医長様とは王族を診察するお医者様の事でした。四年前に引退した侍医長様の後継なのだそうです。
名医ではあるものの、怪我をした騎士様の治療に容赦がなく、唾を付けときゃ治ると言いながら消毒薬をびしゃびしゃと浴びせる豪快なお医者様という裏話があるのだとか。
……あの時、私はどんな診察を受けていたのでしょうか?
気絶していて幸いだったのかも……。
見た目の印象はころころとしたウォンバットを思い出す優しそうなお医者様に見えたのですが、そんな一面もあるなんて驚きでした。
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近衛騎士団長とヘイズが合流すると、陛下執務室には玖郎と宰相、貴宗、秋周、第二師団長こと実衡が揃っていた。
『料理人の捕縛は完了しましたぞ』
『毒見係の容体に問題はありません。直に回復へ向かうそうです』
『分かった』
『侯爵、此度も其方の娘に世話になったな。礼を言う』
『私からも。重ねて感謝する』
『恐悦至極に存じます、陛下、殿下』
別動隊で動いていた近衛騎士たちが報告に訪れて来た。
『共犯者である丞生・デュエムの身柄の確保に失敗いたしました。我らの動向を察知したその者は即座に逃走し、その先で自害を図っておりました』
『どうやら、その男は黒幕と通じていたようだな。口封じのために自らの命を絶ったか――』
『してやられましたな』
『お前たちは下がれ』
『『は』』
『これは間違いなく簒奪を狙ったものですな。陛下方が命を落とされて一番得をする者は――』
『団長――それ以上は口にするでない』
黒幕の目星がついた面々は、陛下の心情を察して誰もが黙していた――。
後日、毒の種類は薬剤の原料にも使用される成分だと判明した。
これを少量ずつ長期間服用すると中毒を引き起こし様々な症状が現れ始め、処置が遅れれば心臓が犯され、最悪死に至るという毒性の強い代物だった。
これが厄介なところは、人によって死に至るまでの経緯と時間にばらつきが出るため、死亡原因の特定を鈍らせてしまう事だ。
この成分は自然界に存在する数種類の薬草から抽出されるため製造元の特定は難しく、また、薬剤の一つとして通常経路でどこでも入手可能であるため黒幕を立証する手立てにはならなかった。
黒幕を挙げるには決定的な証拠が無く、面々は涙を呑むしかなかった――。
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『旦那様、デュエム様の連絡が途絶えた原因を突き止めました……』
『悪い報せのようだな』
『はい。毒殺の計画が漏れ、自害された模様でございます。料理人も既に近衛騎士たちに捕縛されています……』
書斎の机から、ドンっ! と凄まじい音が室内に響き渡った。
計画の失敗を知らされた男は、怒りに身体を震わせている。
『いつもいつもどこから情報が漏れているのだ‼』
『……その事ですが、近衛騎士と共にいた者たちを目撃した情報がございます。ですが、その者によってなのかは確証がないと』
『誰だ』
『黒髪を持つ一族。その御子息と御息女だとのことでございます』
『あの侯爵のだと?』
『はい。ですが、偶然一緒にいただけかもしれないと申しておりましたので』
『――偶然居合わせて計画が漏れたと? だが、解せん。貴族の者が足を運ぶような場所ではない。父親の所へ立ち寄ったにしても、執務室がある建物とは離れすぎている』
『左様でございます。わざわざ厨房付近へ行く理由がありません。ですが、近衛騎士と共にいる現場を目撃したのは、医務室付近だという事です』
『共にいた近衛の素性は』
『団長殿のお孫様にございます』
『――杞憂かもな。学園で知り合った仲にすぎんだろう』
『その可能性が高いかと。怪我をしたため医務室に寄っただけかと思われます』
それ以降瞑目し、黙してコツコツと机を指で鳴らしていた男が徐に口を開いた。
『今回の失敗で私に嫌疑の目が向いたであろうな』
『可能性はございますね……』
『暫く時間を置く。王宮に諜者が潜んでいるのなら――計画を変えるまでだ』
『畏まりました』
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