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27 黒猫、初めてのクッキング

本日2話目の投稿です。



 今日は楽しみにしていた調理実習の日なのです。

 夏兄様からこんな授業がある事を聞いていたので、心待ちにしていました。

 だって、我が家では厨房に入れてもらえなかったのです……。

 実習があるなら予行練習をしたいとおねだりしても、ダメだと言われてしまいました。あれこれ理由をつけられて、母と夏兄様に言い含められてしまったのです。

 ならばと、こっそり料理長の理志まさしおじちゃんに教わろうと思ったら……にこやかな笑顔で出禁を食らいました。

 夏兄様たちに先回りされていましたよ……。



 初回の調理実習は、ラムレーズンのクリームサンドクッキー作りです。

 前世では、料理はあまり得意ではありませんでした。今生は、まだマシであってほしいのですが。


「冬瑠様、他所見をするから零していましてよ」

「あ、やってしまった……」


 ふるいにかけていた小麦粉が、ボールから零れていました……。

 ドンマイです。


「……卵の殻が入ってましてよ」

「あ」

「こうやって取るのですわ」


 お箸で取り除こうとすると、ツルツル逃げてしまってなかなか取れません。

 悪戦苦闘していた私を見兼ねた清花様は、水で濡らした指を卵の殻に近づけて簡単に取ってしまいました。おまけに自分の卵と交換してくれたのです。

 っていうか、清花様って物知りですね。

 もしかして、よくお菓子作りをしているのでしょうか?


「あっ、まだ小麦粉は入れないのですわっ」

「え、そうなの?」

「これを先に混ぜて、小麦粉はダマにならないように数回に分けて入れますのよ」

「……手順を見間違えていましたわ」


 清花様の手際の良さに感動していたら、手順を一つ読み飛ばしていました……。

 ド、ドンマイです。


「まだ混ぜ方が足りませんわよ」

「うぅ。結構しんどいです……」

「お菓子作りは丁寧さが基本ですわ」


 一生懸命混ぜて生地をなじませるために冷蔵庫で寝かせている間、今度はラムレーズンのクリーム作りに取り掛かります。

 時間が掛かるため、先生が下準備してくれていたラムレーズンを使うようです。


「ああっ。それは小麦粉でしてよっ。混ぜるのは粉砂糖ですわっ」

「うわっ。あぶなっ」

「ふぅ……間一髪でしたわ」


 ド、ド、ドンマイデス……。


 泡だて器でホイップするのって結構腕が疲れます。

 ハンドミキサーが欲しいです。誰か――他力本願は止めましょう。集中集中!

 

「冬瑠様、丁寧にですわよ、丁寧に」

「はい」

「ふふふ。清花さんが教師みたいね」

「はい、先生。手の掛かる生徒さんですわ」

「……」


 今生も料理は苦手ですね‼


 休ませた生地を天板に形作っていくのですが、私ってどうしてこんなに不器用なのでしょうか。清花様のように綺麗な丸にならないのです……。


「料理は愛情が籠れば見た目は……こほん」

「見た目は悪くても、味で勝負ですわ!」

「一理ありますわ。(一理ですけど)」

「え?」

「何でもありませんわ。ほら、頑張りましょう」

「はい」


 天板に並べ終わったクッキー生地を焼くためにオーブンへ向かおうとしたら、清花様の早業で天板を持っていかれてしまい、余熱処理が終わったオーブンの中へ入れてくれたのです。


「とても嫌な予感しかいたしませんから、冬瑠様はオーブンに近づかないでくださいませ」

「……だいじょ」

「大丈夫ではありませんわ。きっと、必ず、絶対火傷しますから」

「……」


 返す言葉もなく口を閉じました……。

 清花様がオーブンと睨めっこしている間、手持無沙汰の私は調理器具の片づけに取り掛かりました。

 水で手元が滑り、つるっとボールがガシャンガシャンと……。

 クラスメイトや先生の苦笑いの視線を受けながら、何とか調理器具の洗い物を終わらせました。


 ピピピっ。


「焼きあがりましたわ」


 清花様のお陰で焦げずに焼きあがったクッキーから、早く食べたいと思うような香ばしい香りが漂っています。

 その焼きたてあっつあつのクッキーに手を伸ばそうとしたら、清花様に叱られました……。

 余熱を冷ます手順がある事を忘れていましたよ。

 慌てず慌てず。

 いい感じに冷えたので、クッキーにクリームを塗って、はっ、端が欠けた!

 いえいえ、見なかったことに。

 

 ボロっ。


「あぁ……半分に割れてしまいましたわ」

「それを味見用にしてはどうですの。他にまだありますもの」

「あ、そうですわね」


 その後も清花様のアドバイスを受けながら、ようやく完成に漕ぎ付けました!

 おぉ。清花様は見た目も美味しそうに仕上がっていますねぇ。羨ましい……。

 私の見た目は……スルーしましょう。

 半分に欠けた味見用クッキーをぱくりと一口。

 はい。最初にしては上出来でしょう!


「三つですの?」

「両親とお兄様の分ですわ」


 清花様がちょっと驚いたような、笑ったように見えましたが気にせずにラッピングしていきます。数が少ないので三つずつ。

 よし。できました!

 放課後、早速夏兄様に食べてもらおうと思います!



  ※ ※



「冬、帰るよ」


 いつも通り夏兄様が教室に迎えに来てくれました。


「(あら、残念)」

「はい? 何か仰いました?」

「いいえ。何でもありませんわ」


 何か聞こえたと思ったのですが気のせいだったようです。

 早速あれをカバンからごそごそと取り出して。


「今日の調理実習でサンドクッキーを作りました」

「へぇ。今年はクッキーだったんだね」


 差し出したクッキーの袋を受け取った夏兄様は、興味津々にラッピングを見ています。


「ありがとう。早速馬車で食べるとしよう」

「初めて作ったにしては上出来なんですよ」

「ヒヤヒヤいたしましたけど」

「……清花様に手伝ってもらいました」

「いつもすまない。フレーゲル嬢」

「構いませんわ。見ていて面白いですもの」


 夏兄様も苦笑していますが、清花様……手の後ろの口元がにんまりとしているの見えてますからね。

 うぅむ。なにか釈然としませんが、清花様にお世話になっているのは事実なので仕方ありません。


 三人で校舎を出て、それぞれ馬車を待っていると、会いたくもない男と鉢合わせしました。にこやかな絢音様で癒されましょう。

 ん? 清花様、今、目がキラリとしませんでした?

 気のせいでしょうか?


「夏翔、その袋は何だ?」

「冬が調理実習で作ってくれたクッキーだよ」

「ほぉ。おチビ、私の分は」

「は? どうして貴方の分が必要ですの?」

「はぁあ? 当たり前だろう」

「蒼真ったら、どうして冬様が貴方の分を作るのが当たり前ですの?」

「――本当に無いのか?」

「意味が分かりませんわ」


 すると突然、堕天使が夏兄様の手から袋を奪い取ったのです。


「ちょっ、何をしますの! それはお兄様の分ですのよ!」

「私が毒見してやる」

「失礼ですわ! 毒見って何よ! まるで私が作ったのは、お腹を壊すみたいな言い方ですよね!」

「まあまあ。蒼真……言い方があるだろう、言い方が」

「返しなさいよ!」


 この! なんて奴‼

 こっちが背伸びしても、ぴょんぴょん跳ねても届きません!

 その隙にラッピングのリボンを解いてしまいました!


「もぅ! この!」

「おチビに届くわけないだろう」

「ああ!」


 ひらりと背を向けられて、袋から取り出されたクッキーが堕天使の手に!

 この! グーパンお見舞いされたいようですね!

 ガラ空きの背中に、せーの!

 なのに!

 クッキーを口に放り込んだ手で、私のグーパンをキャッチしてしまいました!


「うぅっ! は~な~し~て~!」

「見た目はあれだが――味は、粉っぽい」


 ムっかぁぁ‼‼


「夏翔」


 堕天使がクッキーの袋を夏兄様に向かって放り出すと、私の二発目のグーパンまでもキャッチしたのです! 両手を塞がれ、三発目が出せません‼

 悔しい‼ びくともしない‼


「アホおチビ。私に敵うわけないだろう。ん?」

「一生懸命作ったのに! 粉っぽいですって!」

「正直な感想を言ったまでだが?」


 うぬぬ! 押しても引いてもびくともしない‼

 この馬鹿力めぇ‼


「冬瑠様……淑女が殿方と取っ組み合はどうかと……凄く目立っているのお分かりでして?」


 は⁉

 今更ですが、ここは学園で、校庭でした‼

 気づけば沢山の視線が集まっています‼


「その拳を止めるなら離してやるが?」

「早く離して!」

「止めるな?」

「ええ!」


 何でしょうか! クッキーを横取りされたうえにグーパンもかわされ、おまけにこの敗北感は‼

 ようやく解放されて、一刻も早く堕天使を視界から外そうと夏兄様たちの方へ振り返ったら……。

 夏兄様は口元とお腹を押さえて肩を震わせ、清花様はいつものように口元を片手で隠して涙を滲ませながらふるふる震えているし、絢音様は両手で顔を隠して肩を震わせています‼


「もぅ、何ですか! お兄様にもあげません!」

「こらこら、八つ当たりしない」

「なら、どうして笑っているのですか!」

「いやぁ。うん。色々」


 うぬぅあぁ! 相当ムカつきます‼


「お待たせしました、若様、お嬢様」


 迎えに来てくれた和馬おじちゃんが開けてくれていた馬車に飛び込みました。

 外から聞こえた笑い声と、何事かと目を瞠っている和馬おじちゃんが入り口から見えましたけどスルーです‼


 乗り込んできた夏兄様をじと~っと睨みつければ、袋から一つクッキーを取り出して食べています。


「うん。美味しいよ」

「本当ですか?」

「ああ」

「粉っぽくありませんか?」

「気にしているのかい?」

「……まぁ、初めて作ったから偏りがあるかもしれませんけど……」

「そうかもしれないね。でも、これは美味しいよ」

「よかったです!」


 あれ?

 夏兄様が袋を畳んでカバンの中に仕舞ってしまいました。


「お兄様、もう一つは?」

「蒼真が絢音嬢と分けるって」

「――どうしてあの人がそんなに食べる必要が。美味しくないって言ったくせに」

「まあまあ」


 こんな事になるなら、堕天使の分に塩を入れておけばよかったです‼




 +++

『蒼真ったら。ちゃんと美味しいのに、どうしてあんなこと言ったの?』

『本当に粉っぽかったからだ』

『素直に欲しいって言えばよろしいのに』

『聞こえない』


 蒼真は馬車の小窓の枠に肘をついて、ふいっと外の景色へと視線を移した。


『手を繋げてニヤけていたのは誰かしら』

『気のせいだ』

『……一体何を考えているの?』

『やる事が終わってからだ』

『それは何ですの?』

『秘密』

『もぅ……』

 +++










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