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26 堕天使の冷笑



 今、清花を筆頭に、クラスメイトたちは気を揉んでいる事がある。

 当然ながら冬瑠の事であるが――。


 ――それは入学式の日から三週間が経ったある日を境に始まっていた。


 プリントを忘れてしまったと家庭科室へまっしぐらな冬瑠を見送った清花が教室に戻ると、一通の手紙が冬瑠の机の上に置かれていたのを発見していた。


「これは、いつからありましたの?」

「教室移動から戻ったら置いてあったようだけどね」

「差出人の名がありませんわね」

「どう考えても、よくない手紙だろうな」

「やっぱり来ましたわね」


 冬瑠の事だ。きっと呼び出された場所へほいほい行くはずだと遠い目になっている清花に、クラスメイトたちも苦笑いを浮かべている。


「仕方ありませんわ」


 そう言って手紙を拝借し、清花は冬瑠の目に触れないように隠しておいた。

 それからというもの、こういった手紙が冬瑠がいないときに限って現れる日々が続いていた。


 そしてとうとうしびれを切らしたのか、手紙の主の筆頭が教室に現れたのだ。

 それは置手紙が続くようになってから一週間後の事だった。

 だが、女子生徒は全員教室移動でいなかった。


 次に訪問者が現れた時も間が悪く、当の冬瑠はお腹が空いたと、休み時間になると間食を摂りに食堂へまっしぐら。空振りに終わった訪問者は米神に青筋を立てて帰っていた。


 そして三度目のご登場――。


「今日こそいますわよね」

「アーレント嬢ですか?」

「当たり前でしょう!」

「調理実習とかで移動したようですが」

「またですって? ふざけないで!」


 クラスメイトたちを今一番悩ます張本人が今日も訪れて来ていた。

 校章は三年。

 その名は、加奈依かなえ・マクニコル。マクニコル侯爵家の末娘である。


「失礼しますわ!」


 そう言って加奈依は一年生の教室に二人の取り巻きを連れ、応対した男子生徒をを押し退けてずかずかと入り込んできた。教室内をくまなく探す令嬢たちだが、当然冬瑠の姿を見つけることはできない。


「何なのよ、もう!」


 そう吐き捨てて、嵐のように押しかけてきた令嬢たちは教室を後にした。

 嵐が去り、クラスメイトたちがほっと胸を撫で下ろしている。


「運が悪いというか何というか」

「アーレント嬢が強運の持ち主と思うが」

「だよな。まぁ、何にせよ傍迷惑な奴らだ」


 クラスメイトたちは、やれやれと肩を竦めていた。


  ※※


「どうしてこうも捕まらないのかしら!」

「加奈依様……」

「呼び出しても無視をするし! 人を虚仮こけにするのも大概になさいよ!」

「手紙を読んでいないはずがありませんわ。確かにあの女の机に手紙を置きましたもの。なのに加奈依様を無視するなんて、なんて女なのかしら」

「ええ、ええ。ちょっと仲良くしているからって図に乗っているのですわ」

「蒼真様には私が一番相応しいのよ! なのに何! 自分が独り占めできるとでも履き違えているのかしら!」


 授業の合間の休憩時間に取り巻きを引き連れ、校舎裏で怒りをぶちまけていた。

 嫉妬の矛先が冬瑠に向かい始めたのは、火を見るより明らかだ。

 昼食時や放課後などはいつも一緒にいる五人なのだが、蒼真が一番構っているのが冬瑠だと周りの令嬢たちは見抜いている。

 当人たちはいつもの口喧嘩なのだが、時折見せる蒼真の表情がそれを物語っているのだ。気づいていないのは冬瑠だけだが、そんな事情など周りにとっては何の関係もない。ただ蒼真と仲良くしている冬瑠が疎ましいだけ。

 何故なら、周りの生徒たちにはそんな機会が一度も訪れず、涙を呑む日が続いていたからだった。

 二年前までは王族である玖郎がいつも傍におり、その護衛のように堅物の刀矢が張り付いていたものだから迂闊に近づけなかったのだ。

 昨年は玖郎が卒業したものの、婚約者である絢音の為に鉄壁の防御で刀矢がいつも張り付いていたので、これまた迂闊に近づけずにいた。

 だが、それだけではない。蒼真自身に表情が少なく、近寄り難いオーラを漂わせていたため声を掛けようとする強者がいなかったのだ。

 なのに冬瑠が入学してきた途端蒼真の雰囲気はガラリと変わり、今まで見たこともない表情で冬瑠を構っているところを周りは目撃しているため、嫉妬の炎が炎上したのだ。夏翔の妹だからと最初は誰もがそう理解していたが、それを打ち砕いたのが蒼真であるから始末が悪い。


 その苛立ちを爆発させたのが加奈依だが、彼女たちが置いた呼び出し状が冬瑠の目に触れないのは、心配した清花が夏翔に手紙を全て渡していたからだ。

 気持ちを見抜かれたからといって、自分以外の人間によって秘めたる想いが伝わるのは蒼真自身も癪だろうし、清花自身、そんな事で楽しみを奪われるのも面白くない。冬瑠にその気が全くないことも気づいているが、逆に蒼真の意地悪な愛情表現にも気づいている。そんなちぐはぐな二人を観察する事が、今は一番楽しい清花であった。



「何とかあの女に一矢報えないかしら! このままじゃ気が収まらないわ!」

「でも、捕まらなければ一矢報いるにも……」

「引きずり出してでも痛い目に遭わせてやりますのに!」



 ――そんな様子を、二組の瞳が捉えていた。

 二人は目配せをして歩き出す。



「痛い目とは何をなさるつもりですの?」

「何でもいいからあの女の身体を痛めつけて脅して、二度と婚約者候補面しないようにするのですわ!」


「ほぅ。それは興味があるな。お前たちが言うあの女とは、誰のことを言っているのだ?」


 突然脇から聞こえてきた声に、令嬢三人の肩がびくっと揺れていた。

 だが、その声が蒼真のものだと分かると、加奈依の頬が朱に染まった。


「クロイツヴァルト様っ」

「――聞こえたはずだが。あの女とは誰の事だ」

「私も気になるね」


 蒼真と夏翔の詰問に、令嬢たちの身体が竦んだ。


「何度も言わせるな。誰の事かと聞いている」

「そ、それはっ……」

「それは?」


 加奈依の脇にいる令嬢の一人が意を決して話そうとしたが、蒼真たちの威圧に臆して口籠ってしまっていた。

 二人の剣呑な視線に、もう一人の令嬢が口を開いた。その威圧から早く逃れたいという一心で。


「アーレント様ですっ」

「へぇ。冬瑠を何故狙う。呼び出し状を何度も送り付けていたな?」

「え、何故ご存知ですの……?」

「あんなところに堂々と置いてあれば誰だって気づくさ。我が妹の身に危険が及びそうだから排除したまでだけどね」


 だから無視されたのだと、だから作戦が失敗したのだと、加奈依は複雑な思いで唇をぎゅっとつぐんでいる。


「で。理由は」

「私が出したのではありませんわっ。これは全部、この子たちが仕組んだことですものっ」


 突然何を言い出したと、取り巻きの令嬢たちが驚愕の目で加奈依を見ている。


「ほら! 理由を言いなさい!」

「「……」」

「見苦しい人間がいたものだ。そう思わないか?」

「そうだね。平気で嘘を吐いて罪をなすり付ける。醜いものだね」

「ほ、本当ですわっ。私は何も! 信じてくださいませ!」

「あんた、我らが聞いていないとでも思ったか。さっきからぎゃあぎゃあとうるさい声が聞こえていたが? 冬瑠の身体を傷つけて候補面させないようにするだったか。それと、誰が私に相応しいって?」

「っ!」


 聞かれていたという焦りからか、加奈依の瞳が忙しなく動いている。

 取り巻きの令嬢はお互いの顔を見合わせているが、そのどちらもが意を決したような雰囲気だ。


「アーレント様には二度と近づきません。本当に申し訳ありませんでした」

「私も、申し訳ありませんでした」

「なっ!」


 加奈依は何かを言い募ろうとしたが、蒼真の表情を見た途端、カッと顔を赤くしていた。羞恥に唇が震えて視線が落ちていく。

 蒼真の瞳は笑っておらず、口元だけが冷ややかな笑みを浮かべていたのだ。

 その表情で、自分には微塵も気持ちがないのだと察したが、それでも諦めきれない加奈依は気持ちを伝えようと顔を上げるが――。

 先ほどよりも険しい表情の蒼真に出鼻を挫かれてしまっていた。


「さて、あんたの家に我が公爵家とアーレント侯爵家の連名で正式な抗議文を送ってもいいんだが? それが届いて噂が広がれば、そうだなぁ、あんたの将来は無くなるだろうな」

「それは間違いないね。君を娶る家は将来、公爵家と我が侯爵家とは繋ぎを持てないと判断するだろうからね」

「アーレント侯爵家はもちろんだが、他の侯爵家と婚約は結べない。歳近い嫡男たちは婚約者がいるのだから空席が無いからな。となれば、伯爵家か子爵家、それでもなければ男爵家あたりか。それで取り残されるとなれば――分かるだろう?」


 それは何も嫁ぎ先だけではない。王太子妃に内定している公爵家と繋ぎを持てないということは、王家にも反感を買い信用を無くすという事。

 つまり、自分の失態でマクニコル侯爵家の立場が危うくなるも同然。それは兄弟の将来をも潰すと同義――。

 己の浅慮さが身に沁み始めている加奈依は徐々に蒼褪めてきていた。

 隣にいる令嬢たちも、事の重大さに蒼褪めている。


「理解したようだな」

「申し訳ありませんでした……今後二度と同じ過ちは致しません」

「不問に処す」


 神妙な面持ちで加奈依たちは一礼して、蒼い顔のままその場を後にした。



「冬の前でもそうやって素直になったらどうだい?」

「何も聞こえないぞ」

「ふぅ……」


 意地を張り続ける蒼真に、夏翔は肩を竦めていた。










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