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24 『土遁』発動により

本日3話目の投稿です。



 午後の授業の待ち時間に、絢音は玖郎王子からの言伝を受けていた。

 それを伝えに来たのは絢音が見知らぬ学生で、今は手が離せない王子から言伝を頼まれたのだという。


 その内容は、帰宅する前に植物園へ来てほしいというもの。

 授業は自分の方が先に終わるだろうから待っていると――。



 午後の授業が終了した絢音は帰り支度をした後、約束の場所へと向かっていた。

 生徒たちが思い思いの時間を過ごしに向かう中、いつでも注目を集める絢音はそんな視線の中を優雅に歩いていく。

 今が盛りの花々が観賞できる植物園に到着した。

 絢音の首元には、先ほどまでしていなかったストールが巻かれている。

 植物園の入り口になっているつる薔薇のアーチを通って行く絢音。



 ――絢音が奥へと進んでいくと、物陰に潜んでいた騎士が植物園の入り口へと近づいて来た。

 入り口の傍には、絢音が到着する前から一人の男子学生が佇んでいた。腕時計を見ながら誰かを待っている様子で佇んでいた学生は、絢音がアーチを通ったところで騎士に合図を送ったのだ。

 その学生は、絢音に言伝を伝えに来たあの学生だった。


「今日は手入れのため利用禁止になっている」


 植物園を訪れて来た別の生徒たちは、騎士に追い返されていた。

 言伝を伝えに来た学生も、追い返された学生たちに紛れて植物園から離れて行ったのだが――学生は途中の物陰で騎士服に着替え、再び植物園に戻ってきていた。

 つる薔薇のアーチの傍に佇む二人の騎士。




 

(来たようだな――)


 植物園に先回りしていた雅久は、近づいてくる気配にほくそ笑む。

 その下卑た笑いは、もはや王子の品位などない。


 植物園は、所々を小低木の生け垣や低木で区切られていて、その樹の陰に隠れていた雅久は絢音の足音の距離を覗いながらその場から飛び出していった。

 その瞳はギラギラと獲物を狙う捕食者の目――。


「っ!」


 待ち合わせていたはずの玖郎ではなく、口元に厭らしい笑みを浮かべた雅久が突然現れたことで絢音の瞳は驚愕に見開かれ、その場からじりっと後退る。


「やぁ、絢音。首を長くして待っていたぞ」


 絢音は雅久の下品な笑いに悪寒が走り、無言で身を翻して走り出そうとした。

 が、背後から腕を掴まれ引き戻された絢音は、地面に押し倒されてしまう。

 絢音を無理やりねじ伏せた雅久は、ストールで顔を隠そうとしている絢音を上から見下ろしている。

 自分の両腕の中にいる絢音の姿に興奮した雅久は、高笑いを始めた。


「ふははははは! お前は今から私のものになるのだ! どうした。恐怖で身が竦んだのか? そんなに怖がらなくてもいいぞ。愛するお前に乱暴などしない」


 雅久は絢音の動きを封じるために体重をかけていた体を持ち上げ、邪魔なストールを引き剥がそうと手を伸ばしていく。


「がはっっっ‼」


 雅久は急所を押えてもんどり打ち始めた。絢音の身体に圧し掛かっている頭を渾身の力で押しやられ、雅久の身体は地に転がっていった。

 声も出せずにのたうち回る雅久を横目に、絢音は立ち上がる。


「……な……何を……する……」


 雅久が身を起こしたとき――油断している雅久の顎を渾身の力で突き出された絢音の手が襲っていた。

 その攻撃を食らった雅久の体が仰け反ったのを見計らい、更に胸を足蹴にされて後方へ倒れそうになったところを、絢音のブーツ底が雅久の急所に会心の一撃をお見舞いしたのだ。

 地面に額を擦り付けて痛みに耐えている雅久の脇腹を、絢音の足がどかっ! と物凄い音を立てて蹴り上げていた。

 無防備な状態で二度もの攻撃を受けた雅久は、苦悶の呻き声をあげている。


「下種野郎――」


 絢音とは全く異なる声変りを果たした男の声に目を剥いた雅久は、額に脂汗を滲ませながら首を傾けて、自分の近くに立つ人間の顔を見上げる。

 絢音の首に巻かれていたストールが外されると、丸襟から覗く首には立派な喉仏が現れた。


「はっ。人間のクズめ。男か女かも分からないとはな」

「き、貴様ぁぁっっ‼」

「いい気味だな。使い物にならなくなるまで潰してやろうか。遠慮するな」

「私をっ、私を誰だと思っている‼」


 立ち上がるどころか顔を上げることさえできないでいる雅久は、歯ぎしりをしながら泥で汚れた顔を蒼真に向けて睨みつけている。



「見苦しいぞ――」



 地面に伏している雅久の死角から、聞き慣れた声が落ちてきた。

 痛みでまだ起き上がれない雅久は、顔だけを動かしてその人物を見上げる。


 そこには信雅、王太子妃こと優葉すぐは、玖郎、絢音、貴宗、優葉の実兄であるバーグヴェル侯爵、夏翔、刀矢、そして、信雅の隣で鞘に収めたままの剣を雅久に向ける秀将がいた。

 後方には雅久に協力した騎士が近衛騎士に捕らわれている。

 勢揃いの面々の前で無様な姿を晒す雅久。


「ち、父上……母上……」

「貴方は何という過ちを犯したの……」

「玖郎っ、貴様! どんな手を使ったのだ! 私が次期王太子だと言いながら裏で画策したのだろう! それに飽き足らず絢音を横取りした!」

「――私は何もしてはいない。幼少の頃から言っていたはずだ。私にその気はないと。だが、この結果を招いたのは雅久、其方だ」

「伯父上っ、何とか言ってください! 私が次期王太子のはずだ! 私は正妃である母上の王子なのだから!」

「どうして聞く耳を持たなかったの。母は何度も言い聞かせたはずよ……」

「我がバーグヴェル侯爵家は、玖郎王子殿下に忠誠をお誓いいたします」


 伯父にも見放された雅久は驚愕に目を見開いた。


「――雅久、其方を廃嫡とする」

「父上‼」

「其方は、王家の威光をことごとく傷つけてきた。格式高い学園での振る舞いは何だ。其方の行動は目に余るものばかり――これ以上恥を晒さぬ前に、其方は王家から義絶する」


 雅久の目が驚愕に見開かれ、母は苦渋の選択であったかのように眉根を寄せて目を伏せている。


「母上っ、この仕打ちはあんまりです! 母上!」


 痛む脇腹を押えながらふらふらと立ち上がった雅久が一歩踏み出すと、信雅が拘束せよと命を下した。すぐさまその身を捕らわれる雅久。


「離せ! 私に触るな!」

「――其方はもう、王家の人間でも貴族でもない。学園はおろか、其方に自由などない。確たる証拠はないが、其方が今まで犯してきた裏の罪は知れているのだぞ」

「父上! 私に冤罪を掛けて排除するつもりですか! それがっ、それが自分の息子に対する仕打ちとはあまりに非道だ! よくも、よくもそれで一国を統べる国王になれますね‼」

「言いたいことはそれだけか」

「貴様さえっ、貴様さえいなければ! お前など生まれてこなけ――」


 雅久の言葉は途中で途切れ、意識を失いぐったりと頭が垂れている雅久の身体を両脇の騎士たちが腕を抱えて支えている。

 ひとり動き出していた刀矢が雅久を昏倒させていた。


「出過ぎた真似をいたしました。我が主君に対する謗言を許し難く――」

「よい。抵抗されては連行するにも手間がかかる」

「は」


 連行されていく雅久の背中を見送る面々。優葉も我が子が引きずられるように連行されていく姿から目を逸らさずに見届けていた。


「玖郎。其方は王宮へ戻るがよい」

「はい、父上」

「クロイツヴァルト、長きに渡り世話になった」

「はい、殿下」

「我が愚息の所業、すまなかったな、絢音君」

「私からも、申し訳なかったわ……」

「畏れ入ります、殿下、妃殿下」


 絢音は、次期王太子妃として申し分ない優雅な礼を執っていた――。







 雅久の身柄は隔離され、幽閉されることとなった。

 ――だが、幽閉されて間もなく雅久は自害し、その生涯を閉じたのである。







  ※ ※ ※




 一人の騎士が、双矢の邸を訪れていた。


「自害に見せかけ、処理は完了いたしました――」

「何か漏らした形跡は」

「ありません」

「証拠を残しておらんな?」

「はい。食事を運んで来た騎士の剣を奪って自害したと処理されました」

「ご苦労。もう下がってよい」

「は」


 騎士が男の書斎を退室すると、執事が主のカップに紅茶を注いでいく。

 紅茶の香りを嗜む男の口元には笑みが浮かんでいる。


「傀儡王という手駒を失くしてしまいましたが、これからいかがいたしますか?」

「ご機嫌取りの手間がなくなったのだ。これでやり易くなった」

「もしや、あの策を――」

「ああそうだ。邪魔なものは一掃すればいい。一人は都合よく自滅してくれたからな。だが、焦る必要はない。少し時を置くとしよう。玖郎が卒業すれば、その方が効率がよいからな」

「畏まりました。そのように手配いたします」


 執事は心得たように会釈して、書斎を後にした――。




  ※ ※ ※




 ぽりもぐ、ぽりもぐもぐ。


「最近よく食べているそれは何だい?」

「ふふっ」


「――煮干し――」


 珍しいものを食べるものだと内心首を傾げている夏翔に、絢音が身長のためだとこっそり呟いた。


「あぁ……はいはい」

「過剰摂取は身体によくないらしくてよ。他の食べ物を一緒に摂って運動すれば効率がいいってヴァラー先生が仰っていたわ。貴方の嫌いなピーマンもよ?」

「夏翔、私の横に並ぶな――」

「――八つ当たりか」

「冬様のことを言えないんじゃなくて?」

「腹が立つ‼」

「……いい加減素直にならないとマズいと思うけどね」

「――」


 ぽりもぐ。ぐびっ、ごくごく。ぽりもぐ、ぽりもぐもぐ。










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