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23 黒猫、隠密スキル『土遁』発動



「執事様。馬車の点検中に見つけたのですが、いかがいたしますか?」

「お忘れになったようだな」


 午前中の講義が終わって、昼食までの時間を居間で潰そうと向かっていると、そんな会話が階下から聞こえてきました。

 気になったので階段から一階を覗いてみると、征爾さんに和馬おじちゃんが何かを手渡していたのです。


「お届けした方がよいな。今から向かうから馬車の手配を」

「畏まりました」


 和馬おじちゃんは裏口の方へと立ち去り、征爾さんは階段の方へ向かって来ています。階段にいた私に気づいた征爾さんの表情が、ふっと柔らかくなりました。

 手に持っているのは手提げ袋。


「お嬢様、いかがなさいましたか?」

「それ、誰かの忘れ物?」

「はい。若様が馬車にお忘れになっていたようでございます」

「それを今から学園に届けるの?」

「左様でございますよ。奥方様に伝えて参ります」

「うん」


 ちょっといいことを思いつきました。

 母がいる居間へと向かう征爾さんについて行き。


「奥方様、若様がお忘れになったこちらを今から届けて参ります」

「あら、そうなの。手数を掛けるわね」

「お安い御用でございます。では――」

「お母様、私も一緒について行ってもいいですか? 昼食前には帰れますし」

「行先は学園なのよ?」

「はい。私も通うことになるのだから、今のうちに見学しておきたいなぁと」

「そうねぇ。届けるだけだし、征爾さんがいるから問題ないわね」

「畏まりました」

「ありがとうございます! お母様、征爾さん!」


 作戦成功です!

 ずっと学園がどんなところか気になっていましたからね。

 早速馬車に乗り込んで、学園へレッツゴーです!


  ※※


 王都の北寄りにある王宮を基点として東南側に位置する学園は、我が家から約五キロ離れた場所にあります。

 学園へは馬車通学になるので、沢山の馬車が乗り入れることができるように広大な面積を誇る正面広場が広がっていました。

 石畳の道幅も広く、鉄柵の正門も大きいこと大きいこと。石畳以外の場所には、青々とした芝生で整えられています。

 学園は歴史があり、校舎の外観は地球の建物に例えると、英国の有名名門大学の外観に似ています。


「さぁ、お嬢様。着きましたよ」

「うん」


 生徒さんたちが行き来する正面玄関ではなく、そこから少し離れた場所へ馬車が横付けされました。

 馬車から降り立ち、征爾さんの後をついていくと、守衛さんが待機する通用口に来ていました。

 そこで手続きをすると、来客用の名札を手渡されました。これがないと校内を自由に歩き回ることができないそうです。

 王族や貴族が通う学園ですから、警備が厳重なんですね。


 ちょっとドキドキしながら建物内に入ると、外観は王宮と同じで石造り風鉄筋コンクリートでしたが、内装はれっきとした石造りなのです。

 壁や柱も内装の雰囲気を壊さないよう石造り風な仕上げに統一されていて、階段や床、飾り柱は空五倍子色うつぶしいろが基調の石造りです。

 校舎の窓越しに見える中庭には、授業の空き時間を潰す学生さんたちの姿がちらほらと見えます。

 貴族の女子生徒の制服を今回初めて見たのですが、卯の花色うのはないろの生地で、胸の下から切り返しがある膝丈ワンピでした。丸襟の襟元の飾りには騎士様たちの制服の色にも用いられている勝色かついろの糸で刺繍が施され、左の胸元には同色と金糸で校章の模様が刺繍されています。タイツも勝色でショートブーツも統一されたものを履くようです。

 ちなみに夏兄様たちが着る制服は、父たちが職場に着ていくような貴族服の形をしていて、色と刺繍の色は女子と一緒です。

 一般の女子生徒さんの制服の形は同じですが男子生徒さんたちは学部によって形が違っているようで、こちらは似紫色にせむらさきいろの生地で統一されていました。


 正門から入って正面の校舎は二階建てで、事務室や職員室、学長室、準備室など教師陣関係の部屋が連なっているそうです。

 この正面校舎を越えたところに学生たちの校舎があるそうです。

 うわぁ……正面広場を見た時から思っていましたが、想像通り凄い敷地が広がっていました。

 食堂ってどの建物かなぁとか、あの建物は何だろうなぁとか、綺麗な花が咲いてるなぁとか見物しながら歩いていると――。


 ――こ、ここはどこですか!

 いつの間にか、征爾さんとはぐれてしまいました!

 どうしてですか!

 隣を歩いていたはずなのに、何をすればはぐれてしまうのか自分でも意味が分かりません!


 ここはどこなんだと見渡してみれば、建物の裏側というか校舎裏のような場所のようです。心細くうろうろしていると、人の気配がしました。


 ……これって……。


 再び不穏な会話を聞いてしまった私は、この情報を知らせなければとその場から離れようとした時です。


 パキッ。


 はっっ! 小枝を踏んでしまいました!

 人の気配がある方から「誰かいるのか!」と、怒っている声が聞こえてきます!

 マズいです‼

 話を聞いてしまったとなれば、すぐにでも殺されてしまう!

 草木に紛れて人がいる場所へ逃げ出せば何とかなるはずだと、逃げの姿勢をとった時でしたっ⁉


 バサバサバサっ。(ずざざぁ――)


「誰だ」

「いえ。誰もいません」

「よく確かめろ。失敗は許さんぞ」

「大丈夫です。鳩がいたようです。小枝をくわえて飛んでいきました」

「ならいい――後は手筈通りにやれ」

「は」


 ……危なかった。心臓がバックンバックンですよ……。

 悪人たちの複数の足音が遠ざかっていったところを見計らって、”穴の中”で立ち上がって地上に頭を出しました。

 私の身長よりも少し浅い穴に滑り落ちてしまったのです……。

 傾斜がついた穴だったので怪我をすることはありませんでした。

 吉岡染色よしおかぞめいろのワンピを着ていたので、泥汚れもあまり目立ちません。泥んこまみれで校舎を歩き回ることは憚られますからね。


 ぷるぷるぷる。

 そんなことを考えている暇はありません!

 早く知らせないと危険が迫っているのです!

 一刻も早くここから脱出して、夏兄様の所へ行かないと!


 足で地面をずぼっと蹴って足場を作り、ぽろぽろ崩れて這い上がりにくい土の斜面からなんとか這い出すことができました。

 地上に上がって見渡してみれば、立ち入り禁止のパイロンで囲んであり、恐らくこの穴に植える予定と思われる樹木が傍にあったのです。

 全然気づきませんでしたよ……。

 うわっ。手とブーツが土でドロドロです。

 とりあえずぱんぱんと土を払って走り出しました。


 大きな建物を目指せば何とかなるはずだと、めぼしい建物の出入り口に差しかかった時、男の人がその出入り口から現れたのです。

 正面衝突しそうになったところを咄嗟に回避したので大惨事は免れました。

 校舎内を走るのは危ないですね。反省です……。


「来客者だね。こんな所でどうかしたのかい?」


 腰を曲げて目線を合わせてくれる男性と向き合えば、ちょっと驚いた表情になったのです。


「いろんなところが泥だらけじゃないか。何かあったのかい?」

「迷子になっていたら、立ち入り禁止の穴へ落ちてしまいました」

「怪我はなかったかい?」

「大丈夫です」

「その泥を落とそう。こちらへ来なさい」

「ありがとうございます」

「小さいのに、ひとりで来たのかな?」

「――今年で十一歳になります」

「おっと、これはすまない。てっきり七・八歳くらいかと思てしまったよ」

「お気になされず。執事と一緒に兄のもとへ参りましたの」

「そうだったのか」


 チビの事はもう慣れましたし、諦めの境地に入ろうかとも思ってます……。



 親切なこの方は、偶然にも夏兄様の学年の担任の先生だったのです。この黒髪で夏兄様の妹だと気づいた先生の方から教えてくれました。

 水場で泥を流し終えると、夏兄様の教室まで送ってくださったのです。


「アーレント君、妹君が迷子になってしまったようだ」

「お手数をお掛けしました、先生」

「見つかってよかったな」


 ……まだ小さい子のような感覚でいると思われる先生が私の頭をぽんぽんと撫でていらっしゃいます。訂正するのもあれですからスルーします。

 私も改めてお礼を伝えた後、先生は戻って行かれました。


「……一体どこへ行ってたんだい? 征爾さんが心配して、慌てて私のところへ来たんだよ」

「ごめんなさい……校舎を見物していたら、いつの間にかはぐれていました……」


 教室の中から、こちらへと近づいてくる人影が。

 絢音様と堕天使――。


「冬様の迷子癖は健在ですのね」

「その歳にもなって迷子とか、おチビはどうかしているぞ」


 ――本当にこの堕天使は、私の神経を逆撫でする男ですよね!

 ものには言い方があるでしょうに!


 やれやれと肩を竦める夏兄様、微苦笑を浮かべる征爾さん、綺麗で優しげな微笑みを浮かべる絢音様。

 堕天使はニヤニヤと人を小馬鹿にするような顔で見ています。気にしません。


「今から昼食の時間なんだが、冬は終わったのかい?」

「帰ってから食べるところでした――お兄様、実は」

「ここではちょっとあれだから、場所を移そうか」

「どうかいたしましたの?」

「いきなり何だ」

「(ちょっと事情があってね)」


 絢音様と堕天使が静かに頷き、みんなで場所を移すことになりました。

 別の空き教室へ移動すると、征爾さんに扉付近で待機してもらい、誰か来たら分かるように見張ってもらっています。


「何かよくない事を聞いてきたのかい?」

「はい。話とは絢音様事です。卑劣な計画が立てられていて、絢音様の身に危険が迫っているのです。それが実行されるのが今日みたいで」

「絢音が?」

「ちょっと待ってくれ。玖郎王子殿下を呼んできた方がよさそうだ」

「はい。私もそう思います」


 夏兄様は頷くと、教室から出ていきました。

 玖郎王子様と行動を共にしているので、三年生の教室があるひとつ上の階までいつも夏兄様か堕天使が迎えに行っているのだとか。


「おチビ、絢音の身に危険って、もしかして――」

「……雅久王子様です」


 途端に堕天使が渋面になり、絢音様の表情も暗くなってしまいました。


「一体どこでそんなお話を?」

「迷子になってうろうろしているときに、校舎裏みたいな場所で偶然聞いてしまったのです」

「そうなのね……見つからなくてよかったわ」

「都合よく掘り返されていた穴に落ちた時、鳥が飛んでいったみたいで気づかれずに隠れることができました」

「はぁ? お前、穴に落ちたのか?」

「えぇ、まぁ……」

「お前はどれだけアホなんだ」

「アホ言わないでくれます。それで運良く助かったんですから。それに絢音様の危険を回避できるんですよ? 本当に口の悪さが治りませんわね」

「もぅ、蒼真ったら」

「そういえば、絢音様と玖郎王子様の婚約が決まったのですね。おめでとうございます!」


「それは誰から聞いたんだい?」


 絢音様に祝福の言葉を贈った時、入り口の方から玖郎王子様の声が飛び込んできました。

 夏兄様も初耳だったのか吃驚しています。


「はい。先ほど聞こえたのです」

「先ほどとは?」

「冬、聞いてきたことを話してくれないか?」

「はい」


 悪人たちこと、残念王子と何人かの男たちが話していた内容を説明しました。

 それを聞いた面々は誰もが渋面です。


「こんな卑劣な計画、人のすることじゃありません」

「そうだな。そんな事は絶対に私が許さない」

「――なら、あっちは婚約の事を耳にしたのだな」

「だろうね。婚約はいつ公表するつもりだったのですか?」

「父上の戴冠式の日に合わせてだったのだ」

「ふん。その先に考えていることが容易に想像がつく。絢音をどうしても奪いたい理由が」

「えっと、もしかして、もしかしなくても、次期王太子様は――」

「口に出すのはやめておこうね」

「はい、お兄様」


 推理は当たっているようで、玖郎王子殿下と絢音様が微笑を浮かべていらっしゃいます。

 そうだったのですか。次期王太子殿下は玖郎王子様で、絢音様は王太子妃になられるんですね!

 だったら国もそうですが、夏兄様たちの将来の不安がなくなりましたよ!


「しかし、どうやって企みを潰すか、ですが。このまま放置するわけにもいかないでしょう」

「ああ、その通りだ。今回は冬瑠君のお陰で先手を打てたが、次にまた何を仕掛けてくるか分からないからな」

「じゃあ、計画が成功したように見せかけて、どうにか罰を」

「――だが、それでは絢音の身に危険がある。そんな目に遭わせたくない」

「玖郎様……」


「なら、クロイツヴァルト様が女装したらよいのではありませんか?」


 あれ?

 みんなが一時停止しました。何か問題があるのでしょうか?


「え、だって、身長もそんなに変わらないし、ちょっと化粧で誤魔化せば」

「おチビ! お前は帰れ!」

「えぇ~、いい案だと思うのですが? それだったら絢音様が危険な目に遭わずに済むではありませんか」

「ふ、冬……いくらなんでも、蒼真が気の毒だよ……」

「じゃあ、他に策がありますか?」

「そんなもの! すぐに正体がバレるだろうが!」

「そうですかぁ? 髪を下ろして、長さを誤魔化すためにストールでも巻けば喉仏も隠せるし、絢音様の制服を着ても入りそうですけど。胸元の切り返しだから、ウエストの大きさは関係ないでしょう? 胸はパットでも入れれば」

「おチビ! お前ぇ~っ!」

「まあまあ」


 絢音様のためにそれくらいの事してもよくないですか?

 名案だと思うのですよ。男だから危険もないし。

 堕天使は髪を伸ばしていて、右肩の位置で一つに纏めた髪を胸の前に垂らしているのです。十四歳になった今もまだ中性的な顔つきなので、女装してもそんなに簡単に見破れないと思うし。

 玖郎王子様も、この策がまんざらでもないご様子ですけど。


「分かった。その策で行こう」


 玖郎王子様がゴーサインを出されたので、堕天使は不本意そうではありますが黙り込みました。

 絢音様がちょっと気の毒そうに堕天使を見ています。

 

「その分だと、今から何らかのアクションがあるはずだ。とりあえず今は普通に振舞おう。私にも策があるから、後で皆に伝える」

「承知しました――」


 いつも柔和な玖郎王子様の表情が引き締まり、夏兄様たちとのやり取りを見ていてちょっと面食らいました。

 公爵家で皆と遊んでいた時の雰囲気は感じられず、いつの間にか夏兄様もお父様のような威厳というか、貴族の気品というか、そういったものが滲み出ているのを目の当たりにして、いつか王宮でも驚いた懐かしい記憶を思い出していました。




 夏兄様たちと別れて馬車へ戻る途中、問題の残念王子を校舎の通路で遠目に見つけました。

 あの卑劣な計画の事を思うと飛び蹴りをしてグーパン連打をお見舞いしたくなりますが、作戦がうまくいくことを願うしかありません。










耳学問の豆知識:土遁の術。

 前もって掘っておいた穴に身を潜めて追っ手をやりすごすそうです。

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