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22 王子の婚約



「父上、お話があります」

「――今は執務中だと見て分からぬのか」

「そんなに時間がかかる話ではありませんので」


 王太子執務室に突然押しかけてきた雅久は、父親の静止の声を無視して乗り込んでいた。居座る雅久に退室する気配がないため、王太子こと信雅のぶまさは息を吐きながら仕方なく宰相補佐官と事務官に目配せをして待機させた。二人はその場から壁際に下がっていく。

 そんな時間もじれったいかのように、雅久は自分の要求を話し始めた。


「もうすぐ父上の戴冠式ですよね」

「そうだな」


 王宮舞踏会が恙なく執り行われた後、この夏に現王陛下が譲位を表明したため、信雅の戴冠式を間近に控えていた。

 その息子王子たちは長子が十六歳、次男が十五歳の初秋を迎えている。


「ずっと前からお願いしている私の婚約を、その日に合わせて発表したいのです。当然、私が立太子する日になるでしょうから」

「――その事だが、クロイツヴァルト家の令嬢の婚約は別の者と決まったのだ」

「なっ! 話が違うではありませんか‼」

「お前と婚約させるなど一言も言ってはおらぬ」

「卑怯です、父上! 言い逃れする気ですか! 絢音は私の正妃でなければならないのですよ‼」

「では聞くが、お前の正妃でなければならない理由がどこにある」

「私の正妃に相応しいのは絢音しかいない!」

「理由になってはおらぬ」


 雅久は、怒り任せに執務机の上にある書類を払いのけてぶちまけていた。

 その机に、バンっ! と両手を打ち付けて、その瞳はギラギラと射殺さんばかりに睨みつけて父親に詰め寄っていく。


「父上は、何故私の願いを何も聞いてはくださらないのですか! 小さい頃からそうです! いつもいつも王子らしくと言いながら私に押し付けるばかりで‼」

「――その行動が品位に欠けると何度言えば分かる。ここには臣下もおるのだぞ。お前の態度は小さな子どもの癇癪となんら変わらぬ」


 もう一度、雅久は机を殴った。

 宰相補佐官と事務官は、雅久の背後で静かに目を伏せている。

 信雅は冷静に雅久の目をしっかりと見据えて口を開く。


「玖郎とクロイツヴァルト家の婚約は決定した。その婚約をその日に発表する」

「なん、だって――?」

「もう決まったことだ。お前が何を言おうと覆ることはない。会議の時間が迫っておる。話が終わったのなら退室するのだ」


 首まで真っ赤にして逆上している雅久は、執務室の扉を力任せに開けて退室して行った。扉の軋む音が室内と通路に響く。

 開けっ放しの扉の向こうでは、近衛騎士たちが呆然とその背中を見送っていた。


「殿下、相手の名を出してよろしかったので?」

「直接言わずとも察するだろう。今伝えるか後で伝えるかの違いだけだ」

「――しかし、あのご様子では、また何か問題を起こされないとも限りません」

「その時はその時だ。それ相応の処置を講ずるまで」


 散らばった書類を片付ける宰相補佐官と事務官の表情は晴れることなく、執務が続けられていた。


  ※※


 怒り心頭で自室へ戻ろうとした雅久は思い付き、母親の部屋へと向かっていた。何とか婚約を取り消すことができないかと泣きついていた。

 だが、頼みの綱と思っていた母親も取り合わなかったことで、雅久はますます逆上している。

 雅久が自室へ戻ると、それを見計らったように男が入室してきた。


「これは間違いなく、奴を王太子にする気なのだ!」

「左様でございましょう」


 雅久は忌々し気にテーブルの上の茶菓子を手で払ってぶちまけていた。

 男は雅久が落ち着くまで傍でじっと佇んでいる。


「これを覆すいい案はないのか!」

「もちろんご協力いたしますとも。数年越しの王子の恋心を無視されては、さぞ胸を痛めておいでのことと」

「ああ、忌々しい。それで、何をする気だ」

「よい策がございますが、これには少々王子の協力が必要でございます」

「どんな事だ。絢音が手に入るのならば何でもする」

「承知しました――その策とは、学園が始まったら王子の思い人と顔を合わせるのです。そこで策を弄するのですよ」

「具体的に何だ」

「そうですねぇ。王子におかれましては誠に不本意かもしれませんが、どうか気を鎮めてお聞きください」

「ああ」

「その策とは――」


 男の策を聞いた雅久はほくそ笑んでいる。


「いい策だ。でかしたぞ」

「はい。必要な人手は用立てておきますのでご心配なく」

「ああ」


  ※※


 雅久に策を授けた男は王宮を辞し、報告のために男の邸へ赴いていた。


「”双矢様”、どうやら次期王太子はあちらに決定したようにございます」

「想定内だな」

「あちらとの婚約が決定したことを知り、奪い返す策を所望されましたので、私めの一存で提案いたしました」

「ほぅ、何だ」

「それは――」

「くくっ。構わん」

「畏まりました」


 双矢と呼ばれた男の手駒である雅久付きの侍従の報告が終わると、男からその策の手配を命じられた侍従は邸を後にしていた。


「旦那様、差し出がましいことを申し上げますが、あちらのご令嬢を正妃に迎えてよろしいので?」

「何の策も無いわけがなかろう」


 静かに控えていた執事が疑問を口にしていた。


「王子と公爵の娘が婚姻の儀を挙げた後、公爵を確実に葬ればよいのだ。まだ年若い嫡男では重鎮どもを動かすことはできん。あの侯爵が邪魔立てするならば同じことだ。後ろ盾のない王妃など、お飾りにすぎんからな」

「となれば、殿下は別のご令嬢を正妃に据えるのでは」

「そこだ。それでは時間が掛かってしまう事なのだよ」

「と、申されますと?」

「あれの所為で、王妃教育を受けた令嬢はクロイツの娘しかおらんのだ。主だった者たちは王妃の座よりも、そちらを虎視眈々と狙っているらしい」

「左様でございましたか。では、あちらのご令嬢を手にした者が、王太子の座を勝ち取ることができると」

「そういう事だ。くくっ。面白いものだ。あの家の存在は、切り札にもなれば諸刃の剣にもなり得るというわけだ」

「今回の策が成就しましたら」

「ああ。愚王を傀儡にすれば私の時代が来る。それとも――」


 男はグラスの氷をカランと鳴らして、静かに傾けた。










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