21 黒猫、兄たちを心配する
本日2話目の投稿です。
今年十四歳を迎える夏兄様は、この春から学園に通うようになりました。
私も後三年経ったら通うことになるので、時間があれば夏兄様から学園生活について情報収集しています。
王立学園は王都だけでなく国内に数か所あるそうで、王都中央学園は貴族と王都及び王都近郊領の平民の生徒が集う学び舎なのです。
貴族は通学制ですが、遠方から通う平民の学生のための学生寮も完備されているそうなので、敷地は広大みたいです。
平民の学生は国家資格を必要とする職業を目指す者たちが集まるそうで、期間は同じ十四歳から十七歳の四年間。十三歳で義務教育が終わると、試験に合格した者たちが学ぶのです。所謂大学みたいなところですね。
法学部は、王宮事務官や執事、領主館で働く家令や事務官等を養成します。
医学部と薬学部、看護学部はその名の通り。卒業後は国立病院で働いたり、各地に散らばって開業医となったり、お薬の開発研究をしたりと様々だそうです。
近習学部というものがあり、王宮従者や王宮メイド、専属メイドを養成する学部だそうです。
この学部は乙女たちにとって、将来は医師や王宮事務官など安定職に就く男性の妻となる可能性もあるので人気が高いのだと、メイドの雫芽さんにこっそり教えてもらいました。礼儀作法を叩き込むので女子力が高いですからね。
ちなみに貴族の邸で働くメイドさんたちには学園出身者もいますが、伝手で雇い入れたり職業紹介所を通じて雇う事もあるそうです。
最後に騎士学部ですが、その名の通り騎士を養成する学部です。将来は騎士団や領警団に属します。他には貴族お抱えの警備員になる場合も。
そして、貴族の生徒が集まるクラスですが、なにせ貴族の子息令嬢が通うだけなので、一学年に一クラスなのだとか。
希望する進路で受ける授業はそれぞれなので、班に分かれて教室移動があるらしいのです。中には楽しそうな授業もあるのでちょっと楽しみです。
学園に通い始めて二か月が経った頃、夏兄様はなにやら考え込む日が増えてくるようになっていました。気になった私は、聞いてみることにしたのです。
「学園で何かあったのですか?」
「ん~……それが色々あってね……」
「色々ですか」
「第二王子が手を付けられなくて困ってるんだ……」
あの困ったちゃんの第二王子――。
夏兄様が話してくれた内容は、本当に頭を抱えるばかりです。そんな王子が次期王太子で本当に大丈夫なのかと心配になりますね。
学園で何があっているかというと。
一つは、絢音様の事です。
信じ難いことに、絢音様を恰も自分の婚約者のように扱おうとするのです。
当然、絢音様にとって迷惑千万な話と誰もが分かる事なのに、当の第二王子は権力を振りかざしてまで要求してくるのです。
それも幼稚な要求で、一緒に食事をするのは当然だとか言って呼びつけたり、押しかけて来たり、自分の食の好みを把握しておくのは当たり前だとか、絢音様は授業があるのに自分が今お茶を飲みたいから同席しろとか、自分の正妃になるのだから朝の出迎えと帰りの見送りは当然だとか、自分の持ち物に刺繍をしろとか。
どんだけな人なのか……。
「それを止めに入る玖郎王子殿下との軋轢が更に増してきていてね。もう対立は避けられないほど深刻なんだ」
「……今はまだ玖郎王子様がいらっしゃるから止められますけど、卒業された後が大変なのは目に見えていますね」
「そうなんだよ」
「どうしてそうまで残念な王子様になってしまったのでしょうね。陛下も王妃様も立派な方ですよね?」
将来国を率いていく王子がどうしてそうなるのかさっぱりです。
歴史で習った現王朝は、どの国王様も粛々と為政者の責務を全うされてきたそうなのです。
あの日から何度か公爵家へ遊びに行っていたのですが、玖郎王子様はお話を聞く限り利発な方で、気さくで、民を思う心もあって、とても立派な方なのです。
「妃殿下方も手を焼いていたようなんだ。王子のそれは、歳を重ねるごとに酷くなっていったらしい」
「周りに甘やかす人がいたとか?」
「――そこがね、どうも胡散臭い影がちらつくんだ」
「もしかして、公爵様のお命を狙ったり、お父様たちを冤罪で陥れようとした人たちですか……?」
「その通りだよ。あれは確実に誰かが裏で糸を引いている。第二王子だけの仕業ではない。まだ子どもだった王子が勢力図まで把握していたとは思えないからね」
「確かに。王子の我が儘をあれこれと聞いている人がいるとしか思えません」
「ああ」
――更にもう一つ。
これも第二王子に関わる事なのですが、王子と同級生の刀矢様の事です。
学園では、王族関係なく一律のルールで過ごすことになっています。
なのに残念王子は刀矢様に茶の準備をしろとか、教室が違うのに教材を運べとか、昼食の用意をしろとか、その日の気分で難癖付けて気に入らないという者を痛めつけろとか、絢音様を連れてこいとか、自分の護衛なのだから四六時中傍にいるのが当然だろうとか。
当の刀矢様は堅物と言われる方で、そんな理不尽な要求を理路整然と退けるそうなのです。
将来近衛騎士を嘱望されている刀矢様なのですが、今から主従関係がこんな有様ではと嘆いているのだとか。
ただ、周りが嘆いているだけで、父君や近衛騎士団長様は何も仰らないそうで。
「それってもう、主従関係は致しませんって言ってるようなものでは……」
「はは……そうだね。そんな現状だから、あの王子の癇癪が増すのだろうけど、自分の事を全て棚上げにする王子の威光は地に落ちてしまっているしね」
「よくよく聞いていると、周りの生徒さんたちも迷惑じゃ……」
医学・薬学・看護学部や生徒数が多い騎士学部は別棟らしいのですが、法学部と近習学部の生徒が普段集まる教室は学年ごとに同じ階にあるそうなのです。
この国の最高権力者の王族がそんなでは、一般の学生さんたちは絶対怯えていますよね……。
「はぁぁ……そうなんだ。周りはとばっちりを受けないようにと身を潜めるように学園生活を送っているよ。一番迷惑を被っているのはクラスメイトだね。それに、私は目の敵にされているし、蒼真もそうだ」
「――自分にゴマをする人間だけで国が治められると思っているのでしょうか?」
「そうとしか思えないよ……」
学園は学びのためにあるのに、現状はボロボロのようです。
教師陣も手を焼いているらしく、本当にどうしようもないとしか言えません。
この先、夏兄様たちの苦労が目に見えるようで、心配でなりません――。




