20 黒猫、初めてのお宅訪問
夏兄様と一緒に馬車で向かっている先は、とあるお邸です。
私はある事情により、とても不本意な話を受けることになりました。
それは何故かというと――あの堕天使の邸へ行くことになったのです。
――時は遡り、昨日の午後のことでした。
「冬ちゃん、ちょっとお話があるの」
「はい、お母様」
講義が終了したので居間へ向かうと、待ち構えていたかのように母がそう切り出したのです。
「夏翔にはさっき話したのだけど、クロイツヴァルト公爵家からお願いされたの。公爵家のお子様たちのお話し相手になってもらえないかって」
「えぇ。あの人のお邸になんて嫌です、お母様……」
「冬、相手は公爵家だよ。正式な依頼なのだから断れないよ」
「お兄様だけ行くのはダメなのですか?」
口をとがらせて抗議していると、母も夏兄様もやれやれと肩を竦めています。
「蒼真様に双子のお姉さまがいらっしゃることは知っているでしょう?」
「はい」
「お名前は絢音とおっしゃるのだけど、いろいろ事情があって、なかなか外出することができないの」
「事情ですか。あの人にも事情があるって言ってましたね」
「そうよ。最近では先日の剣術大会の応援のために外出なさったそうだけど、ほとんど邸に籠るばかりらしいの。交流会に蒼真様と一度だけ出たのだけど、その交流会で蒼真様が大変な思いをしたから、二人とも控えているらしいわ」
「双子なのだから彼女の容姿も想像がつくだろう?」
「そうですね。嫉妬の嵐でしょうね」
「そこでなの。冬ちゃんは蒼真様と親しくしているから、絢音様とも親しくしてもらえないかって」
「うぅ~ん、親しくしている覚えはありませんが、事情は分かりました。私もあの人以外の歳が近い子とお話したことがないからお会いしてみたいです」
「よかったわ。あ、それとね、公爵家には玖郎王子様もいらっしゃるのよ」
は? 王子様がどうして公爵家に?
「陛下と殿下のご指示なんだ。王家にもいろいろ事情があるみたいでね」
「そうなのですね。いきなり王子様とお話なんてハードルが高いですが、粗相のないように頑張ります」
「玖郎王子殿下は優しくて気さくな方だから何も心配ないよ」
「はい、お兄様」
ということで、複雑な思いで承諾したのです。
堕天使がいると思うだけで憂鬱です……。
馬車が進むにつれ、気が重くなってきます。
夏兄様が堕天使と王子様の相手をして、私は絢音様のお相手をとは都合がよすぎますよねぇ。
「緊張しているのかい?」
「……私は絢音様のお相手だけ「無理だよ」
「ですよねぇ」
「根はいいやつだって分かっているだろう?」
「――どこにそんな要素が? 私を貶すばっかりじゃないですか」
「う~ん、口が悪いのは確かだけど、それは愛情表現の裏返しでもあるし」
「愛情表現? あんな人に好かれなくて結構です」
「まあまあ。王子と絢音嬢の前で、嫌いだの嫌だの言うつもりかい?」
「う……分かりました。凄~く不本意ですが譲歩します」
夏兄様は苦笑しながら私の頭を撫でてくれます。
王子様とご姉弟の前で不機嫌な顔なんてできませんからね。
ここは大人になって、しっかりと務めを果たしましょう。
公爵家の正門に到着すると……うわぁ……我が家も凄いですが、これまた立派な門構えです。高い鉄柵は、波を描くように綺麗な流線型を成す金属棒で作られていて、この門だけでも芸術品です。
さすが公爵家ですね。門番さんが何人いるのでしょうか。
そっか。玖郎王子様が滞在されているから警備が厳重なのでしょう。
まるで王宮の警備のように馬車の中を検められ、ようやく敷地内へ進むことができました。
小窓から外を覗いてみると、我が家とはまた違った趣向が凝らされた綺麗な庭園が広がっていました。
お散歩してみたい。
「冬、勝手にいなくなってはダメだよ」
「はい。心得ています」
「はぐれないようにね」
「はい。大丈夫です、お兄様」
「お散歩したいのだろう?」
「はい、そ――」
「駄目だからね」
「はい……」
まるで心を読まれたかのような絶妙なタイミングだったので笑って誤魔化して、きまり悪く再び視線を外に移しました……。
門からお邸までの長い道をいくらか進むと公爵邸が見えてきました。
へぇ~。公爵邸は我が家の私邸や王宮と同じで石造り風鉄筋コンクリート建築でした。
王宮は国会議事堂風に見えましたが、公爵邸を分かりやすく例えると、ホワイトハウスをちょっといじったようなデザインですね。
玄関先に馬車が到着すると、あの堕天使が屋内から出てきました。
あぁ……とうとうこの時間がやってきました。
「ほら、おいで。足元に気を付けるんだよ」
「はい」
馬車から降り立つと、堕天使の背後に堕天使と似たお顔の天使様が!
すぐに分かりました。
だって、中性的な顔をしている堕天使を女性寄りにしたお顔なのです。
「おチビ」
「ご機嫌よう、クロイツヴァルト様」
堕天使の挨拶を早々に終わらせ、天使様へと向かいました。
「初めまして。クロイツヴァルト公爵が娘、絢音・クロイツヴァルトですわ。お見知りおきくださいませ」
「初めまして。アーレント侯爵が娘、冬瑠・アーレントと申します。お見知りおきくださいませ」
「ふふふ。蒼真が話してくれた通り可愛らしい方ね」
へ? 堕天使が私を可愛らしいですって?
「絢音……私はそんなこと一言も言ったことはない」
「あら。貴方の口から出るのは、いつも冬瑠様のことでしてよ?」
「――そうですか。いつもいつも、ご家族にも私のことを貶しているのですのね」
斜め後ろに立っていた堕天使をじと~んとこっそり睨みつけていると、夏兄様が堕天使の肩をぽんぽん叩いていました。
すると、別の方の声が扉の奥から聞こえてきました。
「立ち話もなんだろう。中へ入ったらどうだい?」
「王子殿下、ご機嫌麗しゅう」
その声の主が扉の外へ出てこられると、夏兄様が頭を垂れたので私も急いで礼を執りました。
王族の御前での殿方の礼儀作法は、片手を胸に当てて上体と頭を直線に保ち、三十度に傾けます。女性はスカートの両脇を摘まみ、片足を踵分ずらして膝を揃えて少し曲げ、姿勢をぴんと伸ばしたまま首を少し下げて目線を落とすのです。膝丈ワンピなので、足の角度が誤魔化せないのです。
その姿勢のまま、合図があるまでその姿勢を崩してはいけません。
ちなみに、貴族同士の挨拶も同じ形なのですが、この場合は合図なしで姿勢を元に戻すのです。他には会釈、目礼、ドレスアップしたときは必ず扇を携帯し、その仕草にも意味があるのです。
そして、王族に対する最敬礼は、殿方は片膝を、女性は両膝を床について礼を執る臣下の礼です。この礼は、余程の時にしか使わないそうです。
……本当に礼儀作法って色々細かくて面倒です……。
「私が第一王子玖郎だ。君が噂の黒猫ちゃんだね」
黒猫って言いました? 言いましたよね。
堕天使! 私のことをどんなふうに貶しているのですか‼
「お初にお目にかかります。アーレント侯爵が娘、冬瑠・アーレントと申します。どうじょ……どうぞお見知りおきくださいませ」
動揺のあまり噛みました……。
「顔を上げてくれ」
不躾にならないよう玖郎王子様のお顔を拝見してみると、竜胆色の髪に深碧色の瞳をされていて、甘いマスクのイケメンさんでした。
「ほらな。おチビは抜けてるって言っただろう。挨拶もできない淑女失か――」
ぷつん。
ぎゅっ!
「痛いぞ、何をする。人の足を踏むな」
「人を黒猫扱いして貶す殿方にご挨拶しただけですわ」
「まあまあ」
「あははは!」「まあ。うふふふ」
あ、しまったっ……。
いつもの癖で、王子様と絢音様の前だということを忘れていました!
ひやりとしながらそろりと覗ってみると、お二人とも優しい笑顔だったのでほっとしました。
「あらあら。なかなか入ってこないと思ったら。蒼真、嬉しいからってそんなにはしゃがなくても」
「母上……はしゃいでなどいませんが」
「何を惚けちゃって。馬車が着いたら、いの一番に外へ出たでしょうに」
「母上!」
「うふふふ。そう。貴方の表情が変わるのは、そうなのねぇ」
何かとっても明朗なご夫人が出ていらっしゃいました。会話からすれば、間違いなく公爵夫人です。
自己紹介をなさったので、夏兄様と私も挨拶を交わしたのですが。
??
えっと、公爵夫人が私の頬を包み込んで、何やら微笑んでいらっしゃいますが。
何事ですか……?
こんな事をされたのは初めてで、どうしたらいいのか分からないのですが。
「お母様、冬瑠様が困っていらっしゃいましてよ」
「だって、蒼真の「母上!」
「お母様……手順を踏んでからですわ」
「ぐずぐずしていたら「母上‼」
「まあまあ。話はゆっくり中で」
王子様の促しで、公爵夫人の手が離れました。
扉の向こうには苦笑気味の執事さんもいて、彼が誘導してくれます。
やっぱり邸の中も凄いです。
綺麗なお花がゴージャスに飾られ、床は我が家と同じ大理石。
造りが似ていて両脇に赤絨毯が敷かれた階段があり、どうやら一階の真正面が応接室のようです。
ですが、その部屋ではなく、二階へと誘導されて行った先は居間でした。
ほぉ~。公爵家の居間も素敵なインテリアで揃えてありました。
あ。
だからかと、何かとっても納得したというか。
彫刻かと見紛うような容姿をした男性がソファで寛いでいました。
公爵夫人も美人な方ですが、絢音様と同じ髪と瞳の色をしたこの邸の主。
「よく来たな。私がクロイツヴァルト公爵家が当主、貴宗だ」
夏兄様と私が挨拶を交わすと、徐に立ち上がった公爵様が……何故か私の頭を撫でるのです。
ここを訪れてから疑問だらけなのですが、一体何事でしょうか?
「冬瑠君、君にはお礼が言いたかったのだよ」
「お礼ですか?」
「父君に聞いていなかったかい?」
「当時まだ小さかったので、父は折を見て話すつもりでした」
「そうか。なら、私から伝えておこう。覚えているかい? 君が父君と王宮へ遊びに来たことがあったであろう?」
「はい」
「その日君は、武器庫に迷い込んでしまったな」
「あ、はい。棚を壊してしまいました」
「その時、沢山の剣が散乱しただろう。その音のお陰で私の命が救われたのだよ」
はい? どういう事でしょうか?
「あの場の近くにいた私は、刺客に襲われていたのだ」
「そんな……」
思い出しました。そういえばそうでした。
怖いおじさんたちが命を狙っていたのは、クロイツ何とかという公爵様だと聞いてしまったのでした。
あの日、危ない目に遭う前にと願っていましたが、既に襲われてしまっていたのですね……。
「――悲しい事だが、王宮ではよからぬ事を企む者がいるのだよ」
玖郎王子様が悲しげなお顔で仰いました。
なんとなく察せられます。
そういえば、偽造した連名書には父の名前や公爵様のお名前もありましたね。その事は無事に済んだよと父から聞いています。
それに、あの剣術大会の日の第二王子様を見ていると、玖郎王子様が公爵家に滞在されている理由もなんとなく想像ができました。
いろんな事情とは、こういう事だったのですね。
「冬瑠ちゃん、旦那様の命を救ってくれてありがとう」
公爵様のお隣に来られた公爵夫人も、優しく頭を撫でてくださいます。
絢音様たちは昨日にその事を聞かされていたらしく、絢音様からも、そして珍しく、本当に珍しく堕天使からもお礼を言われました。
偶然の結果なので、何ともムズ痒いですが。
後はごゆっくりと子どもたちだけが居間に残り、メイドさんが運んでくれた美味しいお菓子を食しながら歓談が始まりました。
そんな会話の中で、遊びの話になったのですが。
「え、かくれんぼとかしたことないのですか?」
「ええ。そういった機会がなかったものだから」
「普段は何をして遊んでいたのですか?」
「絵本を読んだり、蒼真とあやとりをしていたわ」
堕天使がいたことは大いに不本意ですが、夏兄様と三人で一度だけやったことがあります。オニになった夏兄様がギブアップしたことで終わりましたが。
こんな機会だから、みんなでやってみたいですね。人数が多いし!
「じゃあ、今からかくれんぼを」
「それは駄目だよ」「却下」
突然、夏兄様と堕天使が遮ってきました。それもハモって。
「どうしてですか、お兄様」
「冬がいると、かくれんぼにならない」
「どうして?」
「とにかく、かくれんぼは駄目だよ」
「ああ。却下だ」
何が駄目なのか理由に納得できないでいると、王子様も絢音様も苦笑されているのですが――どういう意味でしょうか?
それが無理なら。そうですね、みんなでできるものといえば。
「じゃあ、缶蹴りはどうですか?」
「それはどんな遊びですの?」
「冬、それは何だい?」
し、しまった……缶蹴りはしないのですね……。
「えっと、確か誰かに聞いたことが。えっとですね、どんな遊びかというと」
内心冷や汗をかきながら誤魔化して、缶蹴りのルールを説明しました。
かくれんぼに近い遊びだから、これならいいですよね?
「……それをいくら何でも王子殿下と絢音嬢がやるにはちょっと」
「いいや、私は構わないが」
「私もですわ。面白そうですもの」
「それならハンデに苦戦することはなさそうだな」
「ハンデ?」
堕天使がまた変なことを言いだしましたが、ハンデってどういう事でしょう?
「何でもない。こっちの話だよ」
「はぁ」
「そのルールなら、私は玖郎でいい。敬称をつけると遊びにならないからな」
「畏れ入ります」
「ふ~ん」
ふ~んって何でしょうか――。
堕天使が意味深な目で見てきます。
「何か?」
「だったら、私の名前もちゃんと呼ぶんだぞ?」
へ。
――はっ! そういえばそうでした!
缶蹴りは名前を呼ばないとダメでした!
「オニさんが呼びますわ。逃げる方は関係ありませんもの」
「なら、早速じゃんけんしようか。ん」
「いいですわよ。負けませんもの」
「ほらほら。どうして君たちは、そう喧嘩する」
「お兄様――難癖付けるのはこちらですよ」
「お前――意地でも私の名を呼ばないつもりだな?」
「ええ。淑女失格娘って言いたいのでしょう。そうやって貶すくせに」
「まあまあ」
「二人はまるで夫婦喧嘩をしているようだな」
思わず……思わず王子様に向かって驚愕の顔を向けていました。
途端に、王子様と絢音様が吹きだしています。
物凄く釈然としませんが、そんなことより、こうやってお二人を見ているとなんとなくですが、お似合いの二人に見えます。
微笑みあって目で会話をしているような、そんな意味深な雰囲気もあるのです。
早速みんなで庭へ出て缶を用意してもらい、準備が整いました。
ここで重要なのは、隠れる範囲を決めておかないとですね。こんなに広い場所を全部使うと、後が大変ですから。
「では、最初のオニを決めようか。じゃんけん、ぽん」
……私のバカ‼
「はっはっは。おチビ、お前がオニだ。ルールは分かっているな?」
「――私が教えましたけど?」
「ほらほら」
「缶は誰が蹴りますの?」
「それは決まっている。私だ!」
カーーンっと缶が感じ悪いほど勢いよく飛んでいきました‼
あの堕天使め!
私以外のみんなが一斉に走り出しました。
庭園の生垣の向こうまで飛んでしまった缶を探し求めて走り出し、見つけた缶を拾ってポイントへ戻ったら、さあ、オニの逆襲のはじまりです!
さてさて。誰が最初の餌食になるでしょうか。
何となくこっち辺りにいそうな気配が。
そっとそっと。誰が潜んでいるかな?
あれは!
「絢音様、見つけた!」
「きゃあっ」
驚いて悲鳴を上げた絢音様を構うことなく、缶の場所へ一目散!
あ、あれ、どっちだっけ?
すると、上品な走りで絢音様が追い抜いていきました!
ああ!
私もそちらへ走り出し、絢音様を追い抜いて!
「絢音様!」
缶をカンと踏みつけました。
「冬様って、足が早いんですのね」
「小さい頃から走り回っていましたから」
「うふふ」
「さぁ。次、行きます!」
「どなたか助けてくださいまし」
そうはさせません。囚われのお姫様をオニから颯爽と助けようとするのはもちろん白馬の王子様。
定石通りなら、本物の王子様が来るはずです!
じりじりと周りを警戒しながら、こっち辺りに何となくの気配が。
小低木の生垣に隠れているつもりのあの背中は!
「玖郎様、見つけた!」
「え、お」
微かな足音がバッチリ聞こえていました。
王子様って、底が硬いブーツを履いてますからね。
私たちが履くようなショートブーツの底は、ゴム製なんですよ。
こんなに早く見つかったのに動揺したのか、王子様は背後でごそごそ樹を鳴らして生垣を越えようとしているみたいです。
「玖郎様!」
缶をカンと、二人目をゲット!
「はは。これは参ったな」
「うふふ。冬様から逃げるのは至難の業ですわね」
「そうだな。さぁ、残りの二人! 冬瑠君が行くぞ!」
お次は、そうですね。あっちの方と、こっちの方でしょうか。まだ行ってませんからね。二人は当然離れた場所にいるはずです。
挟み撃ちの危険は無さそうなのでぇ。
だけど、一人を狙うと、もう片方に走り出されてしまいます。
距離を誤れば私の足じゃあ追いつけないと思うのです。
じりっ、じりっと間合いを詰めて。よ~く目を凝らして。そっと足を忍ばせて。
見てませんよ~のフリをしながら、そっと視線だけを動かして。
白い花々の陰に潜む黒髪発見!
「お兄様、見つけた!」
「やられた!」
よし!
堕天使が走り出しましたが、距離は私の方が近い!
お兄様は一歩出遅れました!
猛ダッシュで缶の場所へ戻っていると、絢音様と王子様が手を叩いて応援しています!
これで!
「蒼真様! 夏翔兄様!」
缶をカンカンと、続けて二人ゲット!
非常に不本意な名を呼ぶことになりましたが、これはルールですから。
「お前、速すぎだ。どんな足をしているのだ。淑女とは思えないぞ」
いちいち神経を逆撫でする男ですね!
「冬は本当に速いな」
「君たち、もう少し鍛錬が必要では?」
「うふふ。そうですわね!」
次のオニは、堕天使になりました。
絢音様は見つかってしまうのが早いです。おまけに生粋のお嬢様なので足が遅い。自己救出は絶対無理なので、また最初に囚われました。
気配を殺し、あの小町鼠色の頭が別の方向へ歩き出したので、じりじりと間合いを詰め、完全に堕天使の死角になったところで、そろそろと生垣から這い出し!
カーーン‼
お返しに、思いっきり蹴ってやりました!
「まあ! 冬様が助けてくださいましたわ!」
「逃げましょう!」
「くっ! お前は!」
缶が飛んで行った方向とは別の方角へ猛ダッシュ。様子をうかがっていると、王子様が隠れたところへ絢音様が行ってしまったようです。
私はそこからごそごそと離れて、生垣と生垣の陰を渡り歩き。
途中、自分の居場所が分からなくなってしまい、こそっと位置を確認したら、邸から結構離れた範囲外へ来てしまったのでこっそりと戻り、囚われていた王子様と絢音様を再び救いに行こうとしたところで!
ずべっ……。
生垣に足を取られ、芝生の上でスライディング……。
反対に見つかってしまいました。
堕天使に嫌味の視線を向けられるという屈辱に耐えている間、夏兄様も捕まったので二戦目も終了しました。
初めて走り回ったことで絢音様が疲れてしまった様子なので、これで缶蹴りはお開きとなり、メイドさんが運んできてくれた飲み物をガゼボで堪能し、それから少し歓談した後で帰宅することとなりました。
初めは緊張もしていましたが、楽しい時間を過ごすことができました。王子様と絢音様も楽しんでもらえたら嬉しいです。
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『どうして素直にならないんですの。あれでは冬様に気持ちが伝わらなくてよ?』
『そうだぞ。口を開けば毒舌ではないか』
『初めて名前を呼ばれて嬉しいって、素直に言えばよろしいのに』
すましている蒼真に、玖郎と絢音が肩を竦めている。
『……冬瑠ちゃんをあまり怒らせると、本当に話が無くなるかもしれなくてよ?』
『私には私のやり方があるのです。猫のように、すぐに懐かないところが面白いではありませんか』
『蒼真ったら……』
『くくっ。好きにするがいい。何か考えがありそうだな』
『もぅ、あなたまで……』
『ですから、母上。余計な口出しは無用です』
『……程々になさいね』
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