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14 『金遁』発動により



「おぅ。悪いですのぉ。公爵閣下直々に」

「そう思うなら取りに来てもらおうか」

「お前さんほど暇じゃないですからの」

「次は負けないがな」

「儂に勝つなんぞ百年早いですなぁ」

「熊に言われたくない」

「ふはははは!」


 第五師団詰所を訪れていたクロイツヴァルト公爵が退室すると、周りにいた騎士たちは安堵のため息を漏らしていた。

 よくあんな麗人れいじんならぬ冷人れいじんの雰囲気を撒き散らす人間と対等に話せるよなぁと、師団長を秘かに称賛している騎士たち。


 師団長室から酒瓶を手に現れたのは、熊師団長との異名を持つ男。

 分かりやすい外見からその名がついたのは言うまでもない。

 第五師団長はめっぽう酒に強く、未だに彼を越えた酒豪は存在しないという裏話がある。嘘か真か定かではない。


「お、師団長。その酒って、お高いので?」

「おぅ。お前らにはもったいない酒だ」

「えぇ~、ちょっと味見くらいいじゃないですかぁ」

「お前らには百年早い!」


 百年早いが口癖の第五師団長は、建物の外から異様な音を聞きつけた。

 他の騎士たちもその音に気づき、椅子から立ち上がっていた。



  ※ ※



 酒の飲み比べで負けた公爵は、戦利品によこせと言われた高級酒を師団長に渡し終わると、自分の執務室へ向かっていた。

 その道すがら。


 ――突如、雨でずぶ濡れになった覆面をした刺客が白刃を手にし、連絡通路の手すり壁の切れ間から公爵の前後に躍り出てきた。

 刺客たちの体から滴る雨水で、石畳の通路がじわりと濡れ広がっていく。

 雨に濡れた切っ先を向けられた公爵は、じりじりと間合いを取りながら後退りしていく。

 トンと、背中に当たる感触。公爵は通路の手すり壁に追い詰められていた。

 声を上げたとて、間に合わないのは明白。

 丸腰の公爵にとって、刺客たちの優勢は圧倒的――。


「その命、この場で頂戴する」

「誰の手先だ。散りゆく命に最後の情けと思わぬか?」

「――」


 公爵の質問を無視し、刺客二人は公爵に向かって剣を振り上げた。と。



 ガシャガシャーン!ガランガラン!カチンキンゴトバタン!

 バキバキ!バーン!(ふぎゃぁぁ!)ドスンドスゴトン!ガッシャーーン‼



 公爵だけではない。雨脚が弱まった雨音など掻き消すほどの異音が轟いた所為で刺客たちも驚き、二人の剣がびくっと揺れていた。

 刺客の一人など、何事だと目を剥いて音の方を凝視している。

 命を狙われている緊張感など吹き飛び、公爵の片方の口角が吊り上がった。


 シラけた空気が流れ始めた時、近くから複数の足音が迫ってくる。

 刺客たちは目配せをし、退散とばかりに雨の中へと消えて行った――。


「おぅ、閣下! 何があった!」

「あの建物で異様な音がしたようだが」

「武器庫か! お前ら、開けっ放しじゃねーか!」

「棚の修理のために開けていました!」

「まさか! 賊が入ったか!」

「急げ!」


 詰所から駆け付けた五師団の騎士たちは、通路に佇む公爵をすり抜け、騒々しい声を上げながら武器庫の建物へと向かって行く。


 公爵もまた、異音の正体を確かめようと歩き出した。

 ――刺客たちを警戒しながら。

 どうやら完全に撤退したようで現れる気配はない。

 身の安全を確保するためにも、騎士たちが向かった武器庫へと足を運ぶ。


 武器庫へと続く通路の角に来たところで、中から妙な会話が聞こえてきた。

 誰かが”嬢ちゃん”と発した言葉を耳に拾った公爵。


(嬢ちゃん? 誰の子どもだ?)


 公爵がその場に佇んで様子をうかがっていると、ガチャンガチャンとうるさい音が聞こえる中、黒髪の子どもを抱えた師団長が副師団長を伴って武器庫から出てきた姿を捉えた。

 事務室が集まる建物の方角へ走っていく二人の背中を見送っていると、武器庫の中からはまだ騒がしい音が聞こえてくる。


「あぁ~……無事で何よりだったな……」

「子どもがぶつかっただけで壊れるなんて、相当ガタがきてたな」

「ふぅ……あのお嬢ちゃん、なんでまた武器庫なんかにいたんだ?」

「迷い込んだのかもな」

「運が悪かったっていうか」

「いいや。あの量の剣で一つも怪我がなかったんだぞ。強運の持ち主だろう」

「そういやぁ、そうだよな」

「でもよ……侯爵殿の娘さんで良かったよな……もしこれが万が一、万が一第四師団長のお子さんだったら、俺、殺されたかも!」

「お前……なんで昨日のうちに修理しなかったよ」

「職人が今日じゃないと無理だって言うからさぁ」


 平民の出から第四師団長まで上り詰めた男ではあるが、ひとつ難点があった。男の酒癖の悪さは周知の事実で、そのとばっちりを被る騎士は少なくないという。

 泥酔して千鳥足だった男は、往来で肩がぶつかった相手と口論になった末、相手を斬りつけたという裏話がある。嘘か真か定かではない。


 あらかたの事情が呑み込めた公爵は、武器庫を後にした――。



  ※ ※



「長官は戻っておいでだろうか?」

「先ほど戻られたようでした。部屋に入っていくのを見かけましたよ」

「少し失礼する」

「はい」


 補佐官の事務室を後にして、ヘイズと副師団長は急ぎ長官室へ向かって行く。



 財務長官室に戻った公爵は、さて、自分を襲わせた黒幕をどうやって炙り出すかと思案し始めた。

 その思考を遮るかのように、扉からノック音。

 公爵の促しの声が届いて扉から現れたのは、ヘイズと第五副師団長であった。


「公爵閣下。至急お伝えしたいことがございます」

「何だ」

「閣下の御身に危険が迫っているとの情報を掴みました。この部屋に誰も通されないようにお願いします。内密に警備を固めになられたほうがよろしいかと」


 公爵はこつこつと机を指で鳴らしながら頷いた。


「だが、その危機は去ったから問題ない」

「もしや既に――」

「さっきの武器庫近くで襲われた」

「何ですと?」


 副師団長が目を剥いて身を乗り出した。


「襲われかかった際にあの音がしてな。刺客たちは出鼻を挫かれて退散した」

「そうでしたか……」


(……それって、あのお嬢様が自分の身を危険に晒して閣下を結果的に救ったと。えぇ、なんだその偶然……)


「どうやら、侯爵の『黒曜姫こくようひめ』のお陰で命拾いしたようだな」

「――お見かけになられたので?」

「熊が抱えていくところをな」

「左様でしたか」

「で、その情報はどこからだ?」

「長官のある筋からです」

「ある筋、ねぇ」


 口外厳禁を守るため、知らぬ存ぜぬを決め込むヘイズと副師団長。だが、勘のいい公爵なら気づいただろうとも思う二人。


「まぁ、そういう事にしておこう。そんな事よりも黒幕が気になるしな」

「その事ですが、心当たりは」

「目星はつくが、証拠はと言われたらお手上げだ。冥途の土産に黒幕の名を聞いてみたが、答えなかった」

「なるほど……」

「閣下。第二師団の警備が強化されるはずですが、くれぐれも」

「しばらく気を付けるとしよう」


 ヘイズと副団長を見送った公爵は、椅子にもたれ掛かって天井を仰ぎ見る。

 その口元は、ニヤリと吊り上がっていた――。



  ※ ※



 第二師団詰所を第五師団長が訪れたものだから、周りの騎士たちは何事かと視線が忙しなく動いている。


「おぅ。師団長はいるかいの?」

「はい、師団長室に。何か急用ですか?」

「ちょっと情報を伝えに来ただけだ」

「そうですか」


 急ぎ騎士を集めなくてもよさそうだと判断した副師団長は、自分のデスクに戻って行った。

 熊師団長は扉をノックし、返事を待たずに部屋の中へと足を踏み入れていく。


「――入室の合図を待つのが礼儀だと何度言えば分かる!」

「まぁ、そう言うな。お前さんが慌てる姿なんぞ想像できん」

「――で、何の用件だ」

「坊」

「だから、その呼び方をここでは止めろと!」

「おぅおぅ。まぁ、聞けや」


 バジリスク師団長にも天敵は存在する――。


「クロイツの旦那の命が狙われると情報を掴んでな」

「何?」

「ちょいとある筋からの情報だ」

「――ある筋とは、まぁ、言えないのであろうが、どこからそんな情報を掴めるか不思議で仕方ない」

「あの三人か」

「ああ」

「結局、黒幕の証拠は掴めなかったらしいな」

「口を割ったとしても、確たる証拠にはならんからな」

「陰謀だの何だのと騒がれたらお手上げだ――あの者では手が出せん――」


 クロイツヴァルト公爵の命が狙われたとなればと、黒幕の予測はついている。

 だが、それが本当かと言い切るにも確証がない。


 相手が――あの者では――。



  ※ ※



 ノック音に返答を返すと、法務長官室にヘイズが戻ってきた。


「長官。既に襲われた後だったようです。あ、眠っていたのですか」


 秋周の膝の上で抱きかかえられながら眠っている冬瑠に気づいたヘイズは声を落とした。話し声にも全く起きる気配を見せない冬瑠を抱く秋周は、普段仕事場では見せない穏やかな表情で頭を優しく撫でている。


「お嬢様が閣下のお命を救ったようです」

「そうか」

「それと、閣下のご様子だと、お嬢様が情報源と気づかれたやもしれません」

「仕方ない。折を見て伝えておく」

「はい――また、黒幕の件ですが、目星はつくと仰いましたが、はっきりとは断定できません」

「そうだな。”あの一派”の誰か、若しくは――」

「その線が濃厚かと。ですが……命まで狙い始めたとなれば」

「それだけ、その可能性が浮上してきたということだろうな」

「しかしそれは、自業自得では」

「危機感を抱き、どうにか立て直しを図ろうとしているようだが、今日、どんな反応が来るかだ」

「まだ時間があるため、早々に結論は出ないでしょうね」

「そうだろうな」

「長官の警護はどうなさいますか?」

「相手は隙を見つけられないと断念するしかないだろうな。失敗したのだから打つ手は無くなったはずだ」

「馬車を狙われる可能性もありますが」

「手口を聞く限り、秘密裏に行いたかったのだろう。往来となれば人目に付く。手を出してこない方の可能性が高いな」

「承知しました。ですが、くれぐれも」

「ああ。まだ死ぬつもりはない」

「はい」


 ヘイズは一礼して、長官室を後にした――。



  ※ ※



 髪が湿った騎士二名が第四師団長室の執務机の前に佇んでいる。


「首尾は」

「……失敗に終わりました」

「何?」

「途中、物凄い音の邪魔が入り、第五師団の者たちが駆けつけてきたため断念せざるを得なく――」

「下がれ!」


 師団長の一喝にびくっと体を震わせた騎士たちは、一礼して退出して行った。


(くそっ! 上手くいけば、あの件の挽回ができたはずが――)


 ひとり残った師団長は、ぎりっと歯を食い締めていた――。










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