13 黒猫、隠密スキル『金遁』発動
本日2話目の投稿です。
父のお部屋がある通路は誰もいなかったので、人が多い場所を目指して散歩していたはずなのに……。
どうしてですか?
ここはどこですか⁉
あんなに人がいたのに、ここは誰もいないのです!
またしても迂闊な迷子がここにいます‼
所々分かれ道がある屋根付きの長い連絡通路を歩いていますが、人っ子一人いないのです。この連絡通路の手すり壁も自分の身長より高いし、壁の切れ間から覗いても仕切りのためなのか背の高い樹々が立ち並んでいてよく見渡せません。
とりあえず前進していたら、最初に入った煌びやかな建物と比べると、ちょっと飾り気のない外観の建物が見えてきました。
この中にいる人に、父の部屋までの道順を教えてもらおうと思います。
……だったのに……。
建物の中から、とっても恐ろしい会話が聞こえてきました。
こ、これはマズいです……。
会話からして、中にいる人は絶対剣を持っているはずなのです。
その話を聞いたとなれば、きっと――。
ぷるぷるぷるっ!
今は怖いことを考えている暇はありません!
ここから逃げないと!
足音を立てないようにそっと後退りして踵を返し、怖いおじさんたちがいる建物から離れました。
どうしてそんな事ができるのか……私には理解できません。
ともあれ、お父様に知らせないと!
さっきより雨脚が強くなり、ざあざあと降りしきる雨音が怖く感じます……。
兎にも角にも早く知らせないと――と、思っているのに!
こ、ここはどこですかぁ!
父の部屋へ行きたいのに、自分の位置がさっぱりなのです!
だぁ、誰かスマホとGPSを開発してくれませんか‼
扉が開いたままの建物を見つけたので人がいるかと思ったのに、この薄暗い場所も人っ子一人いませんでした。
周りをよく見てみれば剣やら弓やら槍やらと武器がてんこ盛りじゃないですか!
怖い話を聞いたばかりなのに、もっとビビるじゃないですか!
ここから早く出ないと。
きょろきょろと他所見をしていたばかりに……。
ガツンっ!
え、ええ、えええ‼
ふぎゃぁぁぁ‼‼
――あまりのことにその場から動けず、恐怖にぶるぶると体を震わせることしかできず……。
「おい! 何があった!」
「大丈夫か! 賊か!」
沢山の足音が遠くから聞こえたかと思うと、大勢の男の人たちの声が聞こえてきました。その声が大きくて、余計に身体が竦みましたが!
「たぁ、たすけてぇぇ」
恐怖を押し殺し、何としてでも身動きしないように頑張って、絞り出した声で救助を求めました。
そうしたら、奥からわらわらと駆けつけて壁の切れ目から顔を出してきたのは騎士様でした!
「おわ! 何だこれ!」
「おぉぉ! どうしてここに子どもがいる!」
「うぎゃぁぁ‼ 何だここ! 何が起きた!」
「しまったぁぁ! 棚が壊れてる!」
「お、おぉ、お、お嬢ちゃん! そこを絶対動くんじゃないぞ!」
ここはカオスと化し、誰もが慌てふためいています。
でも、私だけは身動きできません!
何でかって! 私の周りに何本もの剣やら槍やら矢やらが散乱して幾重にも折り重なり、とっても危険な状態なのです!
足を引っかけたのが原因で棚が壊れてしまい、そこに置かれていた武器が襲ってきたのです!
か、間一髪怪我は免れましたけどっ、私の周りに檻を作るかのように剣先が私に向いていて‼
「ごめんなさぁい……棚を壊しましたぁ……」
「ああ、いい、いい。そんなことより、絶対まだ動いちゃならんぞ。すぐに助けてあげるから絶対動くんじゃないぞ」
騎士様たちが散乱した武器を片付けて、私の周りの槍やら剣やらを慎重に取り除いてくれました。
「おお、おお。怖かったろ。ああ、よしよし」
一人の騎士様が抱え上げてくれました。涙目でまだ震えている私を気遣って慰めてくれる優しいおじ様です。
「お前たちは整理しておけ。この子を送ってくる」
「了解です」
パニック気味の私は、騎士のおじ様にしがみついているばかりで、どこかへ向かい始めた騎士様二人に連れられ、されるがままに運ばれて行きました。
運ばれている間、幾分か落ち着いてきました。
そして、到着した先は――父の執務室でした。
あれ?
「長官殿、申し訳ない! 我らの不手際で、御息女が危険な目に」
「お父様ぁ、ごめんなさいっ。棚を壊しましたっ」
「いやいや。あの棚は今日のうちに修理するはずだったのだ。お嬢ちゃんが悪いんじゃないぞ」
「でもっ、足を引っかけちゃったからっ」
「早く修理していれば、あんなことにならずに済んだのだ。本当に申し訳ないことをしたの」
騎士のおじ様に抱えられながら、交互に謝罪を繰り返していると。
「師団長、こちらこそ申し訳ない。目を離してしまった私の責任だ」
「いやいや、儂らこそ申し訳ないですぞ」
この部屋でもカオスと化し、みんなであわあわと謝罪合戦……。
そこへ救いの手が。苦笑いのヘイズお兄さん。
「まあまあ。お嬢様も無事でしたし、迷子を見つけてもらったようですし、一件落着ではないでしょうか」
「ああ、そうだな。送り届けてくれて助かった」
「無事でよかったですね……散乱した剣を見たときは、肝が冷えましたよ……」
「そ、想像できて恐ろしいですね……」
「助かりました、師団長」
「本当に怪我をせずに済んでよかったですぞ。しっかりと修理しておかんとな」
「はい、師団長」
師団長様の腕から父が抱きかかえてくれました。
改めて見る師団長様のお顔は――こんなことを言うと失礼かもしれませんが、お人形店で見た”熊”を連想します。
髭がもみあげまで繋がっていて、濃いめの茶色の髪とお髭がふっさふさで、全身のフォルムからしても熊さんという印象が強いです。
腕に飾られた腕章に”五師団”とありますが、その腕章がはちきれんばかりの腕をしているのです。
筋肉凄いんでしょうね。贅肉とかは言いません。はい。
は!
重要なことを思い出しました!
「お父様。実は」
「冬」
お父様が私の言葉を止めました。何故でしょうか?
何か考えているような、そんな顔をしながら私を見ています。
「――師団長。副師団長。娘のことは内密にお願いしたい」
今まで見たことがない父の表情に、またしても面食らいました。いつも柔和な父のこんな真剣な表情を見たことがありません。
「承知した。何か理由がありそうですの」
「了解です」
お父様が一度頷き、私に視線を向けました。その視線はいつものように優しく。
「何を聞いてきたんだ?」
「建物の中で、怖いお話をしていたおじさんたちがいました」
「それで?」
見聞きしてきたことを伝えると、父だけでなく、ヘイズお兄さんも熊師団長様も副師団長様も真剣なお顔をされています。
「早急に知らせねば。さっき、あの場の近くに一人でいましたからの」
「危険ですね。俺が行ってきます」
「待たれよ、ヘイズ殿。私も一緒に」
「了解」
ヘイズお兄さんと副師団長様が執務室を退室していきました。
危ない目に遭う前だとよいのですが……。
「ならば儂は、バジリの坊のところへ行ってきますかの。警備の強化をせんとな」
「ですな」
「長官殿も気を引き締められよ」
「――承知した」
熊師団長様が険しいお顔のまま退出していかれた後、ふと、さっき気になったことを思い出しました。
「お父様」
「何だい?」
私を抱えたまま執務椅子に座ったお父様は、お膝の上に私を座らせました。
「私は自己紹介していないのに、どうしてさっきのおじ様たちは、お父様のお部屋に連れてきてくれたのですか?」
「ああ、それはね。父様や夏翔と冬も黒髪に黒い瞳だろう」
「はい」
「この色はね、アーレント侯爵家の血統の証なのだよ。黒髪黒目は、私たち家族しかいないのだよ」
は?
黒髪黒目は自分たちだけ?
そんな馬鹿な。
私みたいな娘が生まれたら、お嫁に行ったはず。
全く遺伝しないのでしょうか?
え?
いいえ、違いますよね。
母が鳶色の髪で、黒髪の私が生まれたのだから、逆もあるのが普通ですよね?
「だから師団長たちは私の娘だと分かったのだよ。侯爵家の容姿は誰もが知っている事なのだ」
四歳児では遺伝なんて会話はできないですね。
もっと大きくなった時に聞いてみてもいいかもしれません。
疑問も解決し、安堵か疲れからか眠気が襲ってきました。
「眠いのか?」
「はぃ」
「何も心配しなくていいから、ゆっくり眠りなさい」
既に舟を漕ぎ始めていた私は、父のお膝の上でお昼寝を始めました――。
耳学問の豆知識:金遁の術。
追っ手を撹乱する手段として、金物を別の場所へ投げて自分の居場所を追っ手に誤認させる術だそうです。