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11 『水遁』発動により



「部屋を用意しているから、とりあえず今晩は泊っていくがいい。土産の品も手配したからよしなに伝えてくれ」

「畏まりました。ご配慮ありがとうございます」


 密談を交わしていた男たちが邸に戻ると、メイドが客人のために用意された部屋へと男を案内していった。


 その頃、子爵邸を訪れていた商会の荷馬車が正門へ向かっていた。

 門番たちも慣れたもので、商会の荷馬車が門番待機所の近くに停車すると、各々が品を買い込んでいる。


 ――商会の荷馬車を通してから片方が開け放たれたままの分厚い木製門を、茂みの奥から現れたずぶ濡れの冬瑠が駆け出して行った。


  ※※


 無事にホテルへ戻って来た冬瑠の話を聞き終わり、ふわふわのバスタオルに包まれた娘を抱えて行く彩春の背中を、リビングルームのソファに腰かけて見送る秋周と夏翔。

 まだまだ幼い身で闇事情に首を突っ込んでしまった妹の危うさを思うと、見送る夏翔の瞳には憂慮が滲んでいた。


「……冬の強運は並大抵ではありませんね。そこは間違いなく邸の敷地内でしょうから。ただ、どうしてそんなところへ迷い込んだのかも不思議です……」


 冬瑠と彩春が寝室に入ったのを見計らい、夏翔がそう切り出した。


「そうだな。あの時もそうだが、私の執務室に帰ってくるまでの間、誰にも目撃されていなかったようなのだ。騎士が見つけていれば連絡が来たはずなのだが」

「王宮のどこを通れば、それが可能なのですか?」

「分からないな。あの通路に来るだけでも何箇所か騎士がいたはずだ」

「……ますます冬の行方が分からなくなりそうですね」

「だがなぁ。冬の行動を制限するのもな。情報を携えてきたのは偶然が重なっただけかもしれないし」

「そうですね……ですが、僕としては心配で堪りません」


 秋周は優しい表情で、よしよしと夏翔の頭を撫でる。


「母様には内緒だが――どうやら池に隠れて難を逃れたようだ」

「池ですか?」

「本当はな、服や頭にウキクサをつけて、ずぶ濡れで帰ってきたのだ。話の流れからすると、その情報を掴んだ後、見つかりそうになったから池に自ら入ったか、落ちたかで身を隠すことができたのだろう」

「――侯爵家の娘ですから、そう簡単に殺されることはなかったでしょうが」

「無事で済んだ保証もない」

「はい。それにしてもですよ、父上。冬は、どうやって池に身を隠すほどの長い時間を潜っていられたのでしょうか?」


 夏翔の素朴な疑問に、確かにそうだと思わず見つめ合う二人。その二人の視線が自然と夏翔の手にある”水鉄砲”に注がれた。

 竹筒とピストン棒が別々になっているので、夏翔が筒の中を覗いてみた。


「まさか、これを口にして息をした?」

「そのまさかかもな……枕の件も、リュックの中のタオルケットも、これも、冬が考えて行動したのは間違いないだろう」

「……冬を見ていると、天才なのか可愛いおバカなのかよく分かりません」


 水鉄砲を持つ手がだらりと下がり、苦笑いしながら天井を仰いで言う夏翔につられて秋周も苦笑いを浮かべている。


「可愛いおバカか。言い得て妙だが、確かにそれがあの子の本質かもなぁ」

「――本当に言い聞かせなくていいのですか? このまま成長すれば、ますます危険事に遭いそうで心配です……」

「気持ちは分かるが様子を見るとしよう。あの子の好きな散歩を取り上げるのも可哀そうだしな」

「……それもそうですね。分かりました」



 客室のダイニングルームに用意された夕食を家族で楽しんだ後、秋周は書斎の机でペンを走らせていた。

 その表情は硬い――。

 したため終わった手紙をコンシェルジュに託すと、速達の手配が整えられていった。




  ※ ※ ※




 時刻は午前十時を回った頃――。

 早朝より早馬にて届けられた手紙が王宮に到着し、事務官によって運ばれてきた。


「ヘイズ様、手紙が届いております」

「はいはい。どうも」


 法務省事務室で手紙を受け取ったヘイズは、誰からだと差出人の名を確認した。


「は。長官? 休暇中なのに何の手紙だか」


 早速開封し、中身を取り出して目を通し始める。読み進めるうちに、ヘイズの表情が硬くなっていた。同僚たちの視線が集中している。


「ヘイズ殿、何かあったのか?」

「ちょっと今から厄介な大捕物さ」

「――またか。昨年、あの事件があったばかりなのに」

「すぐに取り掛かる案件だ。くれぐれも漏らさないでくれ」

「承知した。だが、どこからの情報なんだ?」

「ある筋としか書かれていないから俺にも分からない」

「そうか。前回も長官の筋だったが、どんな情報網を持っているんだか」

「気になるところではあるが、まずは打ち合わせに行ってくる」

「ああ」


(うはぁぁ……また、あのお嬢様ねぇ。どうやれば、こんな危険な情報を掴んでくるのやら)


 ヘイズはある場所の状況を探った後、第二師団の詰所を目指した。



 ――騎士団は七つの師団に分かれていて、それぞれが受け持つ区域の治安活動に従事している。

 各師団の本部は王宮内にあり、各省庁が集まる五角形の内側が五芒星の形をした中央棟を基点とし、東側に第三師団、第四師団詰所の棟があり、西側に第五師団、第六師団詰所が配置されている。

 中央棟と連結している東側に第二師団、西側に第一師団と第七師団が配置され、北側最奥に位置する王族居住区との境にある玄武門付近に近衛騎士団の詰所が配置されている。

 その中で、王宮内の警備に当たるのは第二師団だ。

 王族の警護や王族居住区の管轄は近衛騎士団であるが、それ以外の区域と城壁外から王宮へ出入りするための東側青龍門、南側朱雀大門おおもん、西側白虎門の三門の警備は第二師団が管轄している。

 国の要となる王都の警備に当たるのが第三師団から第六師団であり、管轄区域内にそれぞれの騎士駐留所が点在し、治安維持に従事している。

 また、外城壁の東、南、西側にそれぞれ二か所ずつある関所と区域を第三師団から第五師団が管轄しているのだ。残りの第六師団は、王宮を取り囲むように区画整理された王都に本邸を構える高位貴族たちの邸と自領に本邸を構える貴族たちの私邸が建ち並ぶ貴族街、北区域及び北関所を管轄している。

 そして、各領内の警備は第一師団が総括していて、配属された騎士は領警団に属し、治安の維持活動に従事している。

 最後の第七師団は、この国の玄関口となる主要四港を持つ各辺境伯と連携し、海洋警備を担っている。有事の際、第七師団長は海軍総司令官となる。


 これらの騎士団と連携をとり、刑事事件の捜査立件に携わる事務を総括しているのが捜査庁である。捜査事務官が属する部署だ。その組織の一部である捜査本局は王都内の刑事事件を管轄しており、各領の刑事事件については各領に一か所ずつ、主要都市に設置されている領分局に配属された捜査事務官が従事しているのだ。

 そして、科刑とその執行は別の部署が所管する。それが、刑務執行庁である。こちらも捜査庁と同様に領分局に配属されている。


 この二つの庁を総括するのが法務省で、秋周が法務省長官に任命されている。

 ちなみにヘイズはこの法務省に属し、秋周の補佐官も務めている。彼は腕も立つのでしばしば捜査に協力することもある。


 そして、軍事力ともなる各騎士団はあくまでも国王の所管であり、有事の際の指揮権は近衛騎士団長に一部委任され元帥に任命されるのだ。


 ――だが、この師団間にも水面下ではちょっとした問題が起こっていた。

 昨年の人身売買事件の管轄は第四師団だったのだが、それを取り締まるには弊害があったため、秋周とヘイズはもっともらしい理由をつけて策を講じていたのだ。


 ヘイズはその問題のため、あまり人目につかない通路を選んで第二師団詰所を訪れていた。


「お、ヘイズ殿。何かあったんで?」

「師団長はおられますか?」

「ああ。師団長室だが」

「今、何人動けますか」


 騎士は室内を見回し、可能な者が挙手している数を数えていく。


「九人だ」

「了解。指示を仰いできます」

「出動のようだぞ。集合」


 ヘイズが師団長室へ入っていくと同時に、副師団長の号令で九名の騎士たちが会議室に集まっていった。


 師団長室では、眼鏡をかけ、整髪料でぴっちりと髪を固めた神経質そうな顔立ちをした男がてきぱきと文書を捌いていた。

 その眼光の鋭さに、部下たちは陰で”バジリスク師団長”と呼んでいる。

 神話に出てくる想像上の生き物バジリスクは、その眼光で石化させると描かれていて、師団長の眼光の前では石化したように緊張して動けなくなるので、その生き物の異名がついた裏話がある。

 ヘイズもまた、師団長の前でピシッと背を正した。


(怖ぇ~。長官より緊張するよなぁ)


「それで、用件は」

「はい。実は、長官のある筋より情報を掴みました。迅速にガサ入れを行いたい案件があります」

「その対象が今、王宮内にいないと」


(さっすが、勘の良い方だよ)


「はい。その案件というのは横領事件です」

「承知した。何人動ける」

「副師団長を合わせて十名です」

「分かった。今から作戦会議だ」

「はい。会議室に集合しています」


 時間の無駄を徹底している師団長につく部下たちは、彼の性格を熟知しているので慣れたもので、先を読む行動を心掛けている。

 この第二師団には、もう一つ裏話がある。

 それは、騎士の配属先を決めるとき、ぜっったい、時間ルールを守れる者が起用されるらしいのだ。嘘か真か定かではない。

 師団長は、ヘイズを伴って会議室へと向かって行った。


「当人はまだ、領内にいると思われます。明日金曜まで休暇中なので、明日以降に王都へ戻る可能性が高いかと」

「じゃあ、速やかにガサ入れで証拠を押さえ、身柄の確保は今日中が理想ですね」

「よし。私も共に向かうが、証拠を消されないよう警戒を怠るな。三方から被疑者の事務室へ集合。抜刀を許可する。抵抗する者は制圧。証拠に指一本触れさせてはならん。厄介な奴らに知られぬよう事を運ぶ。その後、迅速に邸へ踏み込むぞ」

「了解!」


 第二師団の騎士たちが三班に分かれて動き出した。

 ヘイズは師団長班に同行していく。


  ※※


 事務官が事務室に戻ってくると、同僚がその男に手招きした。


「なあ、クルーノー事務長は月曜日から出勤だったよな?」

「そうだが、どうかしたのか?」

「決裁が必要らしい」

「急ぎの文書か?」

「いいや。ならまた来るって言ってたぞ」


 男が自分の机に戻ろうとした時、目の端に騎士の姿を捉え――。


「全員、手を止めて壁際に集まれ」


 目的の場所へ通じる三か所の通路から集合し、事務所の前後の扉から入室して速やかに包囲が完了した。事が外部に漏れないよう、扉は固く閉じられた。

 抜刀した騎士たちが押し掛けたため、ざっと四十人はいる水産資源庁事務官たちは何事かと目を剥きながら壁際へと集められていく。

 パーテーションで区切られ、扉の傍に陣取って見張っている騎士から死角になる机の傍で一人の男が――静かに抽斗ひきだしへ手を伸ばそうとしていた。


「貴様、そこを動くな」


 パーテーションの隙間から目敏く見つけた師団長が、その男の動きを制した。駆けつけた騎士の剣の切っ先を向けられた事務官は、観念してそっと両手を頭の上に掲げていく。


「皆、今の位置から一歩も動くことは許さん。そこの男、その机の中の物を出してもらおうか」


 バジリスクの異名を持つ師団長の眼光に睨まれた男は、額に脂汗を滲ませながら机の抽斗を開けていく。

 その中から取り出されたのは三冊の帳簿。

 師団長がその帳簿を手に取り、ヘイズもまた確認していく。


「これで証拠が挙がったな」

「はい。裏帳簿に間違いありません。至急、財務省で確認を済ませてきます」

「承知した。さて、これで確たる証拠がある以上、言い逃れはできん。子爵に手を回した者は同罪とみなす。何を言いたいか分かるな?」


 師団長から眼光を向けられた者たちは皆、ごくりと嚥下しながら頷いた。

 犯人の執務机から帳簿を出した男は連行され、事務所内は平常に戻っていった。


  ※※


「長官。失礼します」


 財務長官室を訪れたのは、財務省事務官とヘイズ。

 クロイツヴァルト公爵こと財務長官は、秋周の補佐官であるヘイズの顔を見て眉根が少し寄っていた。

 執務机越しに二人を見上げる男は、早々に引退を表明した前当主により、こちらも公爵位を若くして継いでいた。稀なる怜悧な美貌の持ち主で、その美貌をもって数多の女性を虜にし、数々の浮名を流したという裏話がある。嘘か真か定かではない。


「侯爵は休暇中だったのではないか?」

「はい。その最中、情報を掴まれたようです。長官の指示で動いています」

「くくっ。ご苦労なことだ。それで、何か私の許可が必要だと」

「はい。横領事件の証拠を調査したく存じます。この帳簿の裏付けを取るために、過去の財務諸表の閲覧許可をお願いします」

「分かった。好きなだけ見ていけ」

「ありがとうございます」

「ちなみに、どこの領だ?」

「クルーノー子爵領です、長官」

「なるほど。自領へ行く途中に情報を掴んだ、ねぇ」


(うはぁぁ~……この方も、ある意味怖ぇ~。お嬢様の件は口外厳禁、厳禁)


「その帳簿の数を見る限り、三年前から始まっていたか」

「そのようですね」

「あの領は確か、先代は他界し、嫡男不在であったな――なら、徹底的に潰してやろうか」


(あぁぁ……やっぱり怖ぇ~……)


 公爵の口元が吊り上がるのを見て、ヘイズと事務官は必死で頬の引き攣りを抑えている。芸術品のような美貌の瞳は笑っておらず、口元だけで冷笑を浮かべられると怖いの何物でもないと心中で絶叫していた。


「侯爵は、いつ帰ってくる」

「三日後です。月曜日から登城されます」

「分かった。では、健闘を祈る」


 ヘイズと事務官は財務長官室を辞した後、早速書庫に籠って帳簿を突き合わせていた。


「よし。これで裏が取れたね」

「これでは下手をすると、領民たちの怒りが爆発したでしょう」

「だけど、訴えるにしても難しいだろうね。あの第一師団では――」

「……やはり、あの動きは本当なのですか?」

「年々、その可能性が出てきているとしか言えないけどね」

「そうですか……」


 ヘイズは財務省を後にして、第二師団詰所へと向かった。

 裏取りが成功したという報告を受けた第二師団は出立準備を早々に整えて、子爵領へ向けて馬を駆っていく。


 ――余計な横槍が入る前に事は急がれる――。



 その頃、子爵領から出発した一台の馬車が王都に入っていた。家紋もないそれが向かう先は――とある邸。

 それとは入れ違いに、別ルートから騎士の一団が王都を出立していた。



  ※ ※



 時刻は午後五時を回った頃、クルーノー子爵領主都サン・フラールにある子爵邸の正門前に、騎士の一団が集まっていた。その物々しさに、門番は慌てて隣接する領主館で執務中の家令に事情を伝えていた。


「当主様、騎士の方が相談があるとのことでお越しになっていますが、いかがいたしますか?」


 家令は騎士たちの用件を伝えるために、邸の書斎にいる子爵の指示を仰ぎに来ていた。


「騎士だと?」

「はい。賊がこのお邸の敷地内に逃げ込んだ可能性があるとかで」

「――分かった。ここへ通せ」

「畏まりました」


 家令の誘導により、一人の騎士が子爵の執務室へ通されていく。

 机から視線を上げた子爵の表情が驚愕に変わった。


「なっ、何故其方がここにいる!」

「観念しろ、クルーノー子爵。貴様の身柄を勾留する。罪状を言わずとも心当たりがあるだろう」

「ば、馬鹿を申せ! 私に何の罪がある!」


 師団長の眼光が更に鋭くなる。


「ほぅ。あくまでもシラを切るつもりか。なら、あれが何か分かるだろう」


 扉から現れたヘイズが手に持つもの。子爵に示されたのは三冊の帳簿。

 それを見た子爵の顔色が殊更悪くなっていく。


「これがどこにあったかなど言わずと知れた事。さて、縄を掛けろ」

「は!」


 項垂れた子爵は抵抗など見せず、扉から現れた騎士たちの手によって静かにお縄となった。


「……一体、どこから漏れたのだ」

「ある筋としか知らないな」

「馬鹿な。そう簡単に帳簿の場所が――まさか……」

「心当たりでも? なんなら洗いざらい白状するか? 面白い事が出てきそうだと踏んでいるがな」

「――いや、そんなはずはない。あの場には誰もいなかった」

「貴様の迂闊さが足を引っ張ったのでは? 生憎だったな」


 師団長の目配せで、騎士たちが子爵を書斎から連行していく。

 騎士たちにより一か所に集められていた家令と使用人たちは、その様子を蒼褪めた顔で見送っていた――。





 領主が捕縛されたと聞きつけた領民たちを発端に、翌日には既にその噂は領内で急速に広まっていた。


「お母さん、ここってどうなるの?」

「さあねぇ。領主様が交代なさるんだろうさ。どうなるかねぇ」

「よくなるといいね」

「そうだねぇ」


 女の子は、再び手作りした竹製の水鉄砲を手にして遊びに出掛けて行った。




  ※ ※ ※




 ヘイズは一枚の文書を手に法務長官室を訪れ、秋周にそれを差し出した。


「クルーノーは爵位剥奪の上、労役に処することで決裁をお願いします」

「公爵殿が何か口添えしたらしいな」

「あぁ、はい。子爵領の一部が長官の領地に改編された件ですよね」

「何を考えているのやら」

「何か問題が?」

「――あの公爵、私を矢面に立たせるつもりでいるとしか思えん」

「あははは……あぁ、まぁ、そう考えることもできます、よねぇ……」


 ヘイズは、やっぱり公爵閣下は怖いと心中で絶叫する。

 秋周の予想もあながちではと、ヘイズも納得せざるを得ない事態が水面下から頭を覗かせてきたのも確かだからだ――。




 ――クルーノー子爵家は廃絶され、財産は一部没収、所領の一部はアーレント侯爵領となり、残りは王家直轄領に収まった。

 この国では女性の爵位継承を認められていないため、一人娘に婚約者がいたのだが、それは白紙に戻され立ち消えとなった。

 実際、一年ほど前から突然羽振りがよくなった夫人と令嬢の行動に、よからぬ噂が囁かれていたのは否めない。そのため、婚約者である相手方の子爵家は警戒していた。下手に関わっていたら子息の将来を潰されていたと、子息が成人前に発覚してよかったと胸を撫で下ろしていたのだった。

 そして、クルーノー子爵夫人は夫の帰りを待たず、娘を連れて実家へ戻るために離縁の手続き中であるが、社交界から姿を消すことに変わりはない。

 余談だが、夫人と令嬢の我が儘に付き合わされていた使用人たちは、推薦状を手に入れると嬉々として王都の私邸を辞していった。

 また、元子爵領で悪政を敷かれた領民たちは、経過措置での減税を許されていた。そのことで領民たちに活気が戻ったのは想像に難くない。




  ※※※※※




「一体どうなっている!」

「大丈夫だと申されていたはずでしたが、私も慎重になるべきでした……」

「――忌々しい――あの侯爵が裏で糸を引いていたようだな」

「はい。補佐官が動いていたとのことなので間違いないかと。そして、その口添えをしたのがあちらだと聞いております」


 男の顔が、憎々しげに歪んでいる。


「――このままでは終わらせん――」










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