宝物庫のゴミクズ
布と布とを縫製しただけの小汚い小物入れを捨てられたと聞いたとき、私はルームメイトの女の子に躍りかかっていた。「なんでそんなことをしたのよ」と瞳を腫らして、辺り構わず泣き叫んだ。泣くとなんでか知らないけど鼻水もいっしょに出るからそれらを垂れ流しにしながら胸倉をつかんで揺さぶった。
「なんでそんなことをしたのよ、なんでそんなことをしたのよ」
「うるさいわね!」
もともと身体を鍛えるのが好きだという彼女の握力は強くて、私は簡単に投げられてしまった。
フローリングの上でローリングすると、身体の節々が軽く痛んだ。なんでか涙があふれてくる。それが止まらなくなって、私はプールの中で水中眼鏡をはずしてじゃんけんしたときの記憶を手繰り寄せていた。あのときに見えていた景色もこんな感じだった。目の前にいるはずの人がゆらゆらおぼろげで、手を出して触れてしまえばかき消えてしまいそうだ。
「あんたの思い出に私まで付き合わせないでよ。ただの、ルームメイトのくせに」
ただの、という言葉がぐさりと私の胸に突き刺さって、それには釣り針のようなかえしがついていて、容易には引き抜けなかった。無理に引き抜けば、他の関係のない箇所までずたずたにされてしまうから。
「わかってて、やったの?」
彼女の呼吸は酒気を帯びていた。だから私は酔っぱらっていてやったのかなと思った。
「わかっていたわよ。でもあんたの話をしたら、ソウタが気持ち悪いっていうから、捨ててやったのよ。あんたもそんなものさっさと忘れて新しい男を作りなさい」
「病に苦しむ息子が、それでも母の日だからって一生懸命に編み上げてくれた財布を、捨てられるわけないじゃない。同じ女なんだからわかるでしょ?」
「わからないわよ。そんなだから旦那さんにも捨てられたんじゃないの?」
「あなたって本当に最低ね。そんなんじゃ今に男に見捨てられるわよ」
「なんですって?」
顔いっぱいに血管を浮かべて彼女は威嚇してきた。
だけど、私も負けない。
「あなたは顔もいいし、運動神経もいいからよくモテるみたいだけど、まるで宝物庫のゴミクズね。どれだけたくさんの宝物を並べたって中身がそれじゃあ、たかが知れてるわ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ聞かせてよ。息子が死んで、夫に逃げられた気分は」
悪魔のような問いをする彼女が、私には人間に見えなかった。性根が腐っているなんてものじゃない。
息子は病気が原因で亡くなった。夫もそれきり愛想を尽かしてしまった。子はかすがいのように二人を繋ぎ止めてくれていたのだけど、それを失った夫婦はもろい。
「さようなら」
私はそれだけ言って家を出た。この賃貸マンションは今日で解約することに決めた。
彼女は私の庇護下で生活していた。居住スペースや食料、衣料品がなかったら、彼女はきっと野垂れ死ぬだろう。彼女の彼氏だって、要はヒモ男といった風情だから金銭に余裕があるはずもない。
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さようなら。来世ではお幸せに。