セナ
A.D.1545.2.2
学校に入りすぐ正面にあるエントランス。そのエントランスを玄関側から見て右手にある大きな扉を開けるとこれまた大きい社交場がある。その大きな部屋の中には酒場とギルドが存在する。正式名称はギルド、アルローズ本部。ギルドはもともとお城の一階に設置されていたのだが学校の学生も使う事は多いしこっちの方が広いと言う理由で今年の一月からこの場所に移されたらしい、フィリップさん談。
「なんか凄い人の多い場所だねマギちゃん……う、お酒臭い」
ギルド、しかも世界最大規模の酒場は活気が凄くて音もかなり五月蠅く騒音のレベル。毎日この横を通っていたけどこの数ヶ月こんな声や音が1度たりとも聞こえた事無かった。学校にこんな場所があるなんて今でも信じられない、そして血の気が多い私としてはこんな近い場所こんな場所があった事に心がとても躍っている。セシリアは人の多い場所は嫌いだけど私は大好き、お酒も好きだし酔った大人同士の喧嘩みたいのを見るのも大好きだ。だから楽しみでしょうが無い。子供だから出来ない事は沢山あった。お酒やギルドのクエストは私にとって大人の仲間入りなのだから。ここは私の第一歩。
とは言ったものの何度も言うとおり初めて来る場所だから勝手が全く解らない。ギルドの使い方なんて解らないし掲示板には何も書いていない。習うより慣れろって?
考えてもしょうがないか。
「中に入るよセシリア」
「う、うん……」
私とセシリアは別の意味での心臓のドキドキの中、ギルドの中に足を踏み入れる。外からでも感じた酒の臭いと熱気はいっそう強まり騒音は轟音に変わる。今まで経験した事の無い環境の中でセシリアは私の後ろにピッタリとくっ付き手を握る。最高かよ。
学校ができ、最初のクエスト受注可能の時期に入っているので近い歳の学校学生もそれなりにいるが大局は手馴れのハンターやパーティ、酒で顔が緩くなってはいるが実力がありそうな猛者がかなりいる。そんな中を若い女性2人で歩いているのだから見定められるような視線が刺さるのが用意に分かる。そんな空気の中、私達はギルドの奥にあるクエストカウンターの受付嬢の前に座る。私達に気づいた受付嬢は営業スマイルにしては眩しすぎる笑顔で、
「こんにちは、本日はどのようなご用件で?あ、学生さんですかっ!」
美人で比較的若い黒髪の受付嬢。私達の年齢で学生と判断したのだろう、近い歳の私達にテンションが上がっている受付嬢。分からなくもないけど仕事して。
「始めまして。学校の学生ですけどクエストを受けたくて、宜しければシステムを教えて頂けませんか?」
「ああそうでしたか。始めまして、私はセナ・フェブラリー。どうぞセナとお呼びください。あと敬語は止めてください。仕事柄、お客が年上なので敬語はどうもなれません」
「分かったセナ、宜しくお願いね」
「はいよろしくお願いしますっ。ではここはいささか騒がしいですから、どうぞこちらへ」
案内されるがままに向ったのはギルドのさらに奥。学校の中というのもあるだろう、そこは私達が授業で使っている部屋を小さくしたような部屋に机が数個、適当に腰掛けた。
「始めてクエストを受ける方、特に学生さんにはしっかりとクエストについて説明しろと上からのご通達です。まずはこの資料に目を通してください」
何故か一冊しかない資料、セシリアが持つその資料を横から覗き込むように目を通す。受けれるクエストとランクは以下のとおりのようだ。
F 薬草等の採取クエスト
E 鉱石等の採取クエスト、小型モンスターの討伐
D 中型モンスターの討伐、遠出の中距離遠征クエスト
C 人型モンスターの討伐、秘境等の長距離遠征クエスト
B 大型及び特種モンスターの討伐、緊急討伐クエスト
A 人類未開の地の探索、超大型モンスター及び竜の討伐
S 超強力固有種モンスターの討伐、Sランク者への個人的依頼
……Fランククエストはもはや雑用だね。最低Dランクは無いとまともにモンスターと戦えないみたい。学生のうちはどうせ旅は出来ないからギルドを拠点にしての少冒険になる。ならここは在学中にいかに旅資金を稼いでランクを上げるかになってくる。2ヶ月と短い間だけどとりあえずはAまで上げたい、ギルドは世界各地にあるしランクは何処に行っても通用するし自分の証明のビザにもなるのだから。
「目を通し終わりましたらお2人とも学生証の提示をお願いします。それによりギルド登録させて頂きますので」
「はい」
「どうぞ」
「ありがとうございます。では確認しますので少々時間を」
セナは白紙のカードを取り出してそれぞれ学生証を見ながらカードに魔力を込めていた。この人、精密な魔力操作がとても上手い。よくよく考えれば半分荒くれ共のあのギルドで受付嬢をしているのだからそれなりに腕っ節が強いはずだ。時間があれば手合わせしてみたいかも。
「お待たせしました。登録が終わりましたのでこのカードは無くさない様に所有してくださいね。どうぞ」
セナから受け取ったカードは私の名前と職種、私の場合は魔法剣士だ。それに背景のようにうっすらとCと書いてあった。これが恐らく今の私のランクだろう。それから一通りの説明を受けた。クエストの最大パーティ人数はSランククエストや緊急討伐クエストを除いて5人まで、逆にD以上はランクは2人、Bランク以上は3人以上が最低人数らしい。ただし例外があってSランク者はAランクまではソロで受注可能らしい。この制度は面倒だな、Sランクになるまで高ランククエストはセシリアと2人だけで出来ないのだから。だれかあと一人仲間……だれも思い浮かばない。
「以上で一通りの説明となります。マギアさんにセシリアさん、何か質問はあるでしょうか?」
「あの、因みにSランク所有者は何人いらっしゃいますか?」
「Sランク所有者はこの国には5人、世界には11人います。イーランド王国内に限ればかつての4英雄と……もう一人は機密事項です」
「じゃあフィリップさんと……ナターシャさんもSランクなんだ」
あのとんがり帽子の魔法使いがSランク、なんだか頼りないなぁ……。
「マギアちゃん、ナターシャさんはとっても強い魔法使いだよ。絶対失礼な事考えたでしょ?」
「そんな事ないですよセシリアさん、私ナターシャさんの事とても尊敬していますから、たぶん……ね」
ナターシャさんは性格が子供っぽいところもあり……あの日の事もありからかう事が多いけど普通に強い。絶対魔力量は私より遥かに下だが魔力操作に関しては世界トップクラス、私はおろか学校でダントツトップ成績のセシリアでも及ばない。なんだかんだ言っても英雄の一人だと言う事だ。恥ずかしいから絶対に言わないけど。
「他に質問ありますか?」
「あ、どうやったらランクは上がりますか?」
「ああ、それは現在のシステムでは曖昧でしてランクに見合った実力があれば昇格しますが1つ2つのクエストで上がる事はまず無いでしょう。パーティが現在2人ならクエストをこなす上でもう一人の仲間を探してみてはどうでしょうか? 3人いるとパーティとしてとても安定しますから」
セシリア以外でもう一人……フィリップさんやフリーダさんぐらい実力があって……いや、それ以前に私が器小さいから気が会う相手がいる可能性が極端に低い。本当に面倒だよ私。
「では説明は以上になります。後はギルドのほうに戻って掲示板にクエスト依頼が張ってありますからそちらから選んで私に話しかけていただければ正式に依頼成立しますので。では私は戻りますので、これからよろしくお願いしますね。マギアとセシリアさん2人の文武学年主席コンビには期待していますから。ではではー」
手をひらひらと振って騒音の中に戻っていくセナ。……、
「ねえマギアちゃん、セナさんって……」
「うん、魔法も相当高い適正持っているし身のこなしも自然としているけど素人の動きじゃなかったよ、一瞬だって隙を見せなかったしね」
セシリアと意見があって一安心、やっぱり只者じゃあない。実際、戦ったわけじゃない。でも分かるこの強さは、
「味方になってくれないかな?」
「それは短絡的すぎるよマギアちゃん」
「でも聞いてみないと分からないよっ」
全は急げ、セシリアの手を引っ張りすぐにギルドに戻る。彼女の力があれば出来る事は大きく増える、何が何でも仲間にしたい!!
「すいません、私は国所属の職員ですので他の仕事は禁止されています」
短絡的な考えはどうも単純明快で予想通りの回答になって帰ってくる、なんとも悲しいね。
「じゃあその仕事止めて一緒に冒険しましょう?」
「グイグイ来ますねマギアさん……」
「だってそれで私達は強い仲間が出来るしセナさんもお金稼げる。これってWIN-WINの関係ですよね?」
いくら貰ってるか知らないけどどう見積もっても受付嬢するよりクエスト受けた方がお金になる。セナさんがこの仕事にこだわる理由が分からない。
「買いかぶりすぎですよマギアさん。私はしがないギルドの受付嬢です。確かに昔は冒険家の端くれでしたが昔の話ですし今はこの仕事に満足しています」
いやいやいやいや、セナさん昔語りするほど歳は取っていない。どうみても20代、多く見積もって後半ぐらいだろう。勝手な想像だけどその歳でSランク冒険者なら英雄かそれ以上の腕を持っているということ。本当に勿体無い。
「マギアさんとセシリアさんのクエストは受付嬢として全力でサポートしますので、それでは駄目ですか?」
歳も近いしこのコミュ力……非常に惜しい。
「分かりました、でも諦めませんよ?」
「学校初の主席陣に言われるとは光栄ですよ」
セナさんの勧誘は失敗してしまった。本人にその気が無いならこれ以上どうしようもない。気を取り直してクエストを探す事にした。こうなったらクエストをこなしながらその中でもう一人の仲間を探すしかない。見つかるなんて思えないけど。
気を取り直してクエスト依頼が無尽蔵に張ってある巨大なボードに目を移す。私達と同じCランクは需要も供給も多いようでランクごとに分けてあるボードのCのボードを眺める。他のランクのボードと比べて圧倒的にクエスト依頼が多い、魔物駆除や人の住まない秘境での素材集め、中には人物調査とかの変り種もある。
「Cランクはギルド登録している冒険家が生涯を通して上がるランクの平均です。それに依頼の需要と供給が多いのでこのランクのクエストが一番多いんです。それに学校に入っていない冒険家達はFランクから始まりますからね、普通はある程度のベテランがこのランク帯には多いんです。故にこのランクには様々な以来が来ます。しかしお二人には初クエストですから始めは簡単なクエスト、あるいはクエストのランクを下げてみるのも手かもしれません」
セナの至極まともな判断、でも、
「助言ありがとうございますセナさん。でもマギアちゃんは……」
「はいセナさん、Cランクのクエストで一番報酬が良いのをお願いします」
「うん、そうだよね……知ってた」
頭を抱えてため息をつくセシリア。でもその顔はいつのも笑顔。
「あまりお勧めしませんよ?油断は大敵ですから」
セナの忠告は彼女がベテランの元冒険者、そして受付嬢として冒険家といろいろあったんだと思う。だから私はクエストを甘く見ているのかもしれない、でもそれ以上に自分に自信がある。ぬるま湯に長時間浸かる気はないから。
「大丈夫です、井の中の蛙は大海を知りませんが空の深さは知っていますから。それにもし私が倒れるようならその程度だったって事ですよ」
私の最終目標はSランク冒険者4人で歯が立たなかった。ならCランクで止まっている場合じゃない。
「ですが……」
「大丈夫ですよセナさん、マギアちゃんが暴走したら責任もをって止めますから。マギアちゃんほどじゃないですけど私も強いんですよ?」
「うーん……」
その言葉に目をつぶってしばたく黙り込むセナさん。その長考の末に答えは出たようで、
「セシリアさんが責任を持って止めてくださるのなら今回は黙認します……無茶では無いですが危険な冒険を止めるのも私の仕事なんですから」
ちょっと待って、なんでセシリアの事をそんなに信用しているの。尚、私の信用の無さ。
「任して下さいセナさんっ」
「お願いしますセシリアさんっ」
「…………」
ここに女の友情生まれし。私は、蚊帳の外。
「では改めてになりますがこのクエストはどうでしょう? 報酬も金貨3枚とこのランクでは破格ですよ」
金貨2枚。直径1cmと小さいお金だが王宮の兵士の月給が金貨4枚だと聞く。それに金貨1枚あれば2週間は遊んで暮らせる程度の金額。これは大きい。
「大金ですね。クエストの内容は?」
「イーランド王国北の集落がイエティの群れに襲われて壊滅的な被害を受けたようです。集落は幸い復興の兆しを見せていますが再び襲われたら壊滅するとの事です。一刻も早い駆逐が必要かと。一度血の味を覚えた魔物が再び人を襲う事は珍しくありません。Cランクのクエストでありながら限りなくBランクに近い依頼ですのでやはりお勧め出来ませんが……やっぱり受けるんですよね?」
「勿論、すぐに終わらせて帰りますから」
それでも不安そうなセナさんの顔。
「セシリアさん、お願いしますね」
「はい、任されました」
「なぜっ!?」
こうして私の初クエストは決まった。
余談、草津
通貨概念について
この世界(マギア歴)では通貨は
・金塊(金の延棒)
・金貨
・銀貨
・銅貨
の4種類の硬貨で分けています。それぞれの交換ルートは以下の通りです。
・金塊を1とした場合
金塊1
金貨1000
銀貨25000
銅貨400000
・金貨を1とした場合
金塊1/1000
金貨1
銀貨25
銅貨400
となっています。
つまり金貨1枚と銀貨25枚が同等の価値となっていてまた、銀貨25(1)枚と銅貨400枚(16)枚が同じ価値になる計算です。
また金の価値は時代、場所によって大きく異なりこのマギア歴では中世ヨーロッパを元に考えています。金貨(純金)のサイズは1円玉と同じ直径1cm、幅1mmですが、1円玉と違い金を持ったことがあると解りますが金はアルミとは違うので1円玉とサイズは同じでも重さはかなり変わってきます。(同じ体積の水と純金では重さが約1/20)
更にこの金貨を現在の円に当てはめるとするなら金貨1枚が約6万円と考えていただいてくれると価値観が解りやすいと思います。作中ではマギア・ドゥミナスの祖国イーランドの兵士の月給が金貨4枚となっていますので円に換算すると月給24万円となります、なかなかいい給料ですね。因みに備考ですがこの世界においても金は貴重なものですので正確には金貨4枚では無くて銀貨100枚での支給だと思われます。
ギルド
ギルドだけだと括りは大きいですがここでは所謂冒険ギルド。酒場兼なのでお酒臭い。
受付嬢
美人で元気な理想の受付嬢、秘密がありそう。
クエスト
、に関しては本文参照。