知識の探究者 アークロイヤル
A.D.1221.8.12
イーランド王国の首都アルローズはとても大きい城下町でにぎやかな街でした。出店が大通りいっぱいに並び清潔感もあり、悔しい事にロンドンよりも 活気があります。
その活気に呆気取られつつ店主と会話を楽しみながら情報収集を行いその日のうちにギルドに加入しました。
懐中神苑の2人、麻里さんと結月さんが一緒にいてくれる1年間。この期間にやりたい事はもう決めていました。それはこの国を回る事。昔の私が海に恋焦がれたように……未知を旅したいですから。
そして、楽しい時間は……、
「とても……楽しかったです」
「悪くない……いや、格好つけるのは止めよう。子供の時の様に、初めて海に出た時の様な興奮があったな!」
楽しい時間は早く退屈は遅く……、
その1年はあっと言う間に終わりました。
この1年は国から出れないと制約がありましたから海には出れませんでしたがこの国の観光、人類未到達の秘境への冒険。ギルドとしてのクエストも沢山受けました。薬草集めや畑のお手伝い、魔物の大討伐にギルド対抗戦。この国に『可能性持ち』が居なかった影響もあり2人と最少人数(ギルドクラン作成は2人から)で見事優勝、結月さんは「出来レース」と呟いていましたが麻里さんには祝福を頂きました。
ギルドランクもAまで上がり『リリー』と『ディエゴ・ホーキンス』の名も有名になり王様との謁見等、1年の中でも特に濃い人生を送りました。
そんな順調の中にもわずかに残った焦燥感が徐々に大きくなる、不安は恐怖に変わります。もうすぐ2人とさよならをしなければなりません。
前世、まだこんなに強くなる前もこんなに怖い思いなんてありませんでした。
「そんなに心配しない、リリーちゃんは他の『可能性持ち』と違って仲間がいるんだから。いつまでもチュートリアルに浸ってちゃダメだよ、これから楽しくなるんだから」
「はい、真の人生はこれからと言えるでしょう。沢山楽しんで悔いの無い人生を。それとリリーさん、これを」
それは見たことの無い文字が刻まれた白い布性の袋?の様なものでした。
「アミュレット……御守りです。ディエゴさんには申し訳ありませんがこれは『可能性持ち』の方に渡しています」
「はっはっは、構わんさ。新しい生、それだけで俺は満足だ!」
「そうですか……有難うございます」
受け取ったアミュレットは魔法の力とは違う、何かの力を感じます。
「それは『白の御守り』です、この先の人生で困ったことがありましたらその御守りに魔力を流してください、きっと助けになるでしょう。ただし2つだけ契約により助ける事が出来ない状況があります」
「1つは『可能性持ち』同士のトラブル。2つめは人同士での戦争、戦闘の加担だね。1年前みたいに相手が魔物でピンチ~、とかなら喜んで助けるよ。命大事に、だよ!」
「いつでも使えるように肌身離さず持っていてください」
とても綺麗な桜の刺繍が施された汚れ1つ無いアミュレット、首に通すと仄かに甘い匂いがします。
「本当に至れり尽くせりで……感謝の言葉しかありませんね。ありがとうございます」
チュートリアル、結月さんの言葉の通りです。懐中神苑での2年、そして2人と一緒に旅をしたこの1年……これから初めて私の思い描いた人生を描く事が出来るのです。世界を船で旅してリズさんと再会、豊かな生活。そしてかつてのイングランドの様な富国強兵。これから始まる無限の可能性。
だから泣きません、絶対に。
「結月さん麻里さん。本当に……ありがとうございましたぁっ!」
「大丈夫です、泣かないでリリーさん」
「そうだよリリーちゃん、前も話したでしょ。この世界は『一期一会』なんだから。この別れも意味がきっとあるんだよ」
『一期一会』、結月さんと麻里さんはこんなにも心を支配する思いを何度繰り返したのでしょう。本当に辛いのはきっと、
「麻里さんはこう仰いました、『悠久を生きた中でその総合力が一定の強さを超えた時……再び大きな選択が出来ます』。そして結月さんはこう言いました、『その時はまた私達が伺うから楽しみにしてて』と」
「はい、間違いなく」
「私って存外我が儘なんです、だからお2人に有無を言わせないぐらい強くなって迎えに来させますから。覚悟して待っていて下さいね!」
悲しい気持ちは変わりません、ですが涙は何処かに飛んで行っちゃいました。一期一会、そんなの知った事ではありません。私は私の気持ちで動き動きます。第一、不死の私達に一般人の常識や格言は対象外ですから。
「では首を長くその時を楽しみにしています。そして『可能性持ち』は強者ですが無敵ではありません、危険と思った時は逃げる事も、頭の片隅で覚えてて頂ければ」
「そだね、でもそれより前にその御守りで会えるかもだから途中経過も楽しみにしてる。じゃあもう時間が無いんだ、またあの戦闘狂が契約違反って騒ぎかねないから行くね。またね」
「失礼します、リリーさんにディエゴさん。再会に約束を、お2人の未来に祝福を」
ここは海岸の砂浜。この世界に来た場所で2人に別れを告げ……2人は消えて行きました。その途端、私は全身の力が抜け落ちその場所に座り込んでしまいました。
「リリー、大丈夫か!?」
「ええ、大丈夫です……」
特別な思い入れ、特別な時間。別れを静かに見守っていてくれたディエゴ。
「ありがとうございます、ディエゴ」
「なに構わん。それだけ大事な時間を共に過ごしたのであろう? 別れが辛く悲しいのは健全な心を持っている訳だ、素晴らしいでは無いか……分かっているのだろう、再会は約束したが叶わん事も」
「……そうでしょうね」
この1年間、イーランド王国を旅しましたが私やリズさんの様な『可能性持ち』程の実力者は居ませんでした。その中で自分をどれ程高められるでしょうか? 『可能性持ち』よりはるかに高みに居る懐中神苑の皆さんの言うところの『実力』の高さ。そんなの見上げて見える高みにはありません。ですが、
「ディエゴ、私って我が儘なんです」
「ガッハッハ! ああ知っている。この世界でも高みを目指そうではないか、それも一興だ。リリーと懐中神苑の連中に貰った命だからな。さあリリー、時間は無限だが惜しい。立つが良い」
ディエゴの手に捕まり立ち上がり立ち上がり、これからの事を頭で整理します。しなければいけない事は沢山あり、その中で出来る事と出来ない事の整理、そして順序の組み立てを。
「俺はこの世界ではリリーのおまけ、みたいなもんだ。これからはお前さんに従うよリリー。いや、姉さんと呼ばせて貰う!」
「あ、姉さんですか……」
ちょっとだけ恥ずかしい、照れくさいですね。
「俺はこういう人間だ。かつての日も祖国、そして王女殿下の為を思えばこそ提督として海に出たんだ。だが今は祖国も無ければ従う者もいないんだ。それに俺をここに呼んだのは姉さんだ。何か問題があるか?」
「いえ、正論ではありますが……」
今まで同等の航海仲間がこうなるとやはり痒いものがあります。
「時間無いんだろ? 早く指示を下さいよ姉さん」
うん、開き直ろう。それが良いです。
「ではこれからの私の大まかな計画を説明します、時間が無いので付いて来てください」
お尻に付いた砂を払い私達が拠点としているイーランド王国の首都アルローズに戻りましょう。
「それでとりあえずの近況はどうする気で?」
「まずは首都の造船所に行きこの世界、今の時代の船を見ましょう。まずは貿易や依頼でお金を稼ぐのが良いですね」
幸いな事にこのバンガルス大陸の国家は仲が良いので税をしっかりと払えば自由に貿易できるでしょう。そして国境は巨大な山脈で隔たれています。大規模な貿易なら船の方が効率が良いでしょうし。
「船が出来ればもうそこが私達の家です、貿易をこなしながら異国を回り属する国を決めましょう。そこまで出来たら……そうですね、希望を述べるのであれば爵位が欲しいです。領土があれば出来る事は広がります」
「領土が欲しいとなれば国力の小さい国が良いのか?」
「悩みどころです」
国力が小さい国は功績を上げやすいですが、国力の大きい国ほど自由に動けないでしょう。
「そこは後で大丈夫です。そして最後は他国の干渉を受けては私のやりたい研究は邪魔されてしまいます。まずは早急に生活向上の道具や武器を増産したいですね」
私が手にしたのは背中に背負っていたマスケット銃、魔法が使えるようになってからは使う事はありませんでしたがこの世界……少なくともこの国には銃は概念自体ありませんでした、そしてクロスボウも。飛び道具と言えば弓と投石器、思った以上に魔法に頼り科学分野の文化の発展がしていません。
「銃を早急に量産できれば自国を守るのに大きなメリットになるからな。それにそこから船に砲台を付けられれば昔そのものだな。ダッハッハ、胸が熱いな」
かつて作成した戦列艦の製作図もディエゴが持っていましたし私には死神の魔導書があります。少なくとも前世で造船した実績のある戦列艦は大きく時間は取られないでしょう。
~造船所~
「な、帆船がないだと……」
「これは思った以上に……」
貿易までは早急に始められると思ったのですが帆船が存在しなくガレー船しかありません。それも定員15人程度の小型船、引きつった顔が戻りません。
「姉さん、どうするよ?」
「ガレオン級やシップ級等の大型船までは言いませんが最低限、旗艦はナオ級やフリュート級が欲しいですね」
そして全体的に船のサイズに比べて金額が以上に高いですね、これは造船所を当てにするのは辞めて1から作った方が良さそうですが、それには莫大な時間と費用が必要になります。
「どうしたのもでしょう……」
今、私達の持つ金貨は20万枚、ここの物価で言えば小型船1隻で金貨15万枚。ナンセンスですが、かつての祖国計算で言ってしまえば金貨20万枚あれば大型船が1隻作れますね、前途多難です。
「この金貨自体、俺たちの能力をして命がけで2年間働いて貯めた金ですぜ。これで小型船では割に合いません」
この世界とは価値観が違う私達にとっては落胆を隠せない話、その落胆が大きすぎてすっかりと忘れていましたが、ここで話す事ではありませんでした。
「おいおい、黙って聞いていれば随分じゃねえか。うちの船にケチ付けるなんてよ」
造船所の主でしょうお爺さん。
「すいませんお爺さん」
悪いのは私達です、頭を下げて謝りましたら何とか許していただきました。落ち着いたようでタルに腰かけ。
「若いお嬢ちゃんがわざわざ冷かしに来るとは思わんが。そっちの兄ちゃんは筋肉隆々で海に出た事がありそうだな」
「お爺さん、この国で1番大きな船を探しています。どの様なものがありますか?」
その言葉にお爺さんは少しだけ顔を歪ませ、
「でけえ船だあ? そんなもん、なんに使うんだ?」
「はい、貿易を始めようかと思いまして」
「船で貿易? やめとけ、ここらは海賊も出るし陸路で事足りるだろ。船なんて漁をするか金に困った奴らが賊に走るぐらいだ」
「ですが陸路ではあの山脈を超える必要がありますし運送コストがかかります、海路の方が安価で大量に運べるではありませんか」
「その為に海賊に負けなくて大量に貿易品が運べるでけえ船が必要なんだ爺さん。機嫌を悪くしたなら謝るから教えてくれないか?」
「……別に気ぃ悪くはしてねえよ。着いて来な、とは言ってもお前さん達の満足する船ではないだろうがな」
造船所の建物の中、そこに飾られた額縁に入った船の絵は、
「これは……ガレアス船?」
「ですが帆布がありやせん、動かすのはいささか効率が悪いですな」
「ガレアス? 帆布? なんだそれは。これはわしが若い頃描いた理想の船だ。もっとも作る方法も無いし金もない、机上論の空論じゃよ」
絵に一緒に描かれた人や建物と比べるに200人は乗れそうな船。ですが技術が無いと仰っていましたし、何かしらの理由で作る理由が無かった? いえ、安全な陸路がるのなら多少割高でもそちらも使うでしょう。私達がかつていた世界でも大航海時代以前は陸路のシルクロードが使われていましたし。ヨーロッパ諸国がオスマン帝国と険悪になり仕方なく迂回して海へ出たのですから。それだけ陸路は脆いのです、国同士の中が悪くなれば簡単に封鎖されます。海も同じですがそれは強い船を作ればいいだけの事ですから。
「若い頃は海にも出た事もある。だが賊に襲われ船は盗まれわしらは海に捨てられた、それ以来トラウマよ。だが海への憧れは尽きなく今では歳もあり造船の仕事に就いたわけじゃ」
「海への憧れはある、その情熱があれば十分ではないでしょうか? お爺さん、これを見て頂けませんか?」
「なんじゃ、船の設計図か。そんなの買わん……言い値で買おう」
私が机に広げたのはディエゴが持ってきた戦列艦の設計図……では無く私がこちらの世界に来てから描いたガレオンの設計図です。かつて実際に使っていた戦列艦は大砲に簡易的な鉄装甲と技術的に難しいものが多いですから。
「私達が作りたい船です。ガレオン船と言います」
「じゃが……こんな大きい船が作れるわけが無い。それにこの布みたいな物はなんだ?」
「それは帆布だ爺さん。爺さんが描いたあの船みたいにオールで漕がなくても帆布があれば風の力で動くんだよ。それにオールは外海に弱いしな」
「いやしかし……いや、愚痴なら墓場ですれば良いか。どうせこの先短いのじゃ。お前さん達、名前は?」
「これは遅れて申し訳ありません。私はリリーと申します」
「俺はディエゴ・ホーキンスだ」
「そうか、わしはノアじゃ。なあリリーにディエゴよ、この歳になって久々に胸に滾るものを思い出した。金は完成した後で良い、一緒に作らんか?」
「喜んで」
「ダッハッハ、その為に来たんだがな!」
「ああ、この感覚は久しいな。それでリリーにディエゴよ、まずは何をすればいい?」
「そうですね。理想を述べればおオークの木材が2500本分、船大工や鍛冶師を中心に人が5千人ほど。他にもありますがとりあえずはこれでどうにかなるかと」
大砲が無い今、海賊から火矢が大敵になるでしょうがそれは私の魔法でとりあえずはどうにかなるでしょう。
「ぬう、船の大きさに比例して木材と人も莫大じゃな。分かった、そっちは1週間以内に目途をつけよう。それまでにわしに作り方を教えい!」
それからは忙しく、そして楽しい時間でした。私とディエゴでノアさんにガレオン船の作り方を伝授しました。中型船をとばして大型船を作るのです。人が集まってからは私は造船所に、ディエゴは木材に切り出しに向かい……そんな噂を聞きつけた見物人は増えそして、
A.D.1223.10.20
その時は来ました。
「1年以上かかりましたね……」
「だが満足な出来じゃ。いかん、歳を取ると涙脆くていかんな」
「素人集団と作ったにしては悪く無い出来です姉さん」
そこには立派なガレオン級、帆船がありました。その白い帆布は陽を反射して光りその船首には女神を象った像がこれからの航海を祝福してくれるでしょう。
「さてリリー、早速だが名前を付けるが良い」
「ここは姉さんの父上に倣いゴールデン・ハインド号にしやすか?」
それも考えました。ですが、
「もうこの船の名前は決めています。この船の名前は『アークロイヤル』です」
アークロイヤル号。私がかつて戦死したアルマダの戦いにおいてイングランド全軍の旗艦になった船、
「成程。良いじゃないですか、我らが祖国が我々の新しい初航海を祝ってくれそうな名をしていますなあ!」
「ふむ、アークロイヤルか。聞いた事のない名じゃが悪く無い響きじゃてえ、設計図では見ていたが実際に完成すると迫力が違えもんだ」
時刻は夕暮れ、なんとか今日中に完成した船を目の前に作成に携わった数千人の男性達が酒を持ち寄り騒いでいました。その大騒ぎは朝まで続きこの世界に来て2年と少し、ここまで走り抜けて初めて時間を無駄にしましたが、
「たまには息抜きも悪くありませんね」
隣に座るノアさんに頂いたラム酒に少しづつ口を付け、ほんのり酔い気分が乗りながら祭りの様に騒ぐ方々を楽しく眺めていました。因みにディエゴは祭りの中止で騒いでいますね、さっきから屈強な男に挑まれ投げ飛ばしています。
「リリーはまだ若い、老い先短いわしと違い何をそんなに急いでいるんじゃ?」
魚の開きに噛り付くノアさんもほんのり頬を赤く、しかし酔いは醒めているようで低い、真面目なトーンで聞いてきました。
「生き急ぐ必要は全くないのですが……やりたい事が多すぎて結果的にそうなりました。そして私とディエゴは海に大きく恋焦がれています。祖国ではこの船より大きな帆船が何百隻と集まり戦争をしたものです」
「この船より大きな船が何百隻とな。この国の者と思っていたが……よほど文明が進んだ国に居たのじゃな。どこの出身なのじゃ?」
「そうですね……」
目を閉じ思いをはせるとあの時の記憶が走馬灯のように駆け巡ります。
「とても、とても遠い場所です。あまりに遠すぎでもう帰る事も叶いませんが……今の生活も気に入っています。一期一会、人生と言う長い航海をしようと思います」
「一期一会? なんじゃそれは」
「今この瞬間は1度きりですからその時々を大事に、です。ノアさんに出会い共にこの船を作り上げた事も私は精一杯頑張ったつもりですよ?」
「ふぉっふぉ、それは見ていれば分かった事。故にこんな無謀に見えた計画も心穏やかに取り組めた訳だ。リリーよ」
「はい、どうされました?」
「今回は金はいらん、船は明日にでも好きに使うと言い」
「! それはっ」
大金の言葉でさえ済まされない金額の代物です! いくらなんでもそれは……、
「構わん。わしには子供も血縁もおらん、このままくたばっても国に全額持ってかれるだけじゃ。生憎、出身はビール共和国の出身じゃて、この国に愛国心はなくての。人生の終盤に貴重な経験が出来た、そう思えば悪くない人生。お主達も旅や貿易を始めるのなら先立つものも必要なはずじゃしな。その代わりじゃが……1つ頼みがある」
「なんなりと、可能な限り答えます」
「この大型船のガレオン、作るのは1隻だけではないのだろう? この船はお主達には小さな一歩でも人類には大きな一歩、わしの命が尽きるまで作り続けたいものじゃ」
「勿論です、是非お願いします!」
目指すは最強の艦隊ですし、船は多い方が一度の航海での利益も上がります。相場を崩さないように調整しても5隻は問題ないはずですから。
「一度作ってしまえばノウハウは分かる、次からは金貨25万枚で引き受けるぞ」
「ではすぐに稼いで戻って来ますから、ですから長生きしてくださいね」
「勿論じゃ、こんな面白い事目の前にして死ねるか。あと50年は生きてやるわ!」
初めて出会った去年よりもずっと若々しく見えます。そんなノアさんを見ていると私も嬉しくなり、
「フフフ、では約束ですねノアさん」
小指を差し出しました。
「ん、なんじゃ?」
「詳しくは知りませんが私の友人の約束を誓う誓い、みたいなものです。小指を引っかけ合い……何か呪文を唱えていましたが忘れちゃいました。ですので取り敢えず指だけでもと思いまして」
すぐに約束を放り出す結月さんが麻里さんに説教された後、小指同士を絡めて何か呪文を唱えながら手を上下に軽く振る。美姫さんに聞いた話、懐中神苑での名物になっているらしいです。
「聞いた事無いが。まあ構わん、ほれ」
ノアさんと私の小指を絡め約束の儀。
そしてこの日は騒ぐ方々(ディエゴ含む)と別れ先に休む事にしました。翌日は二日酔いでうなされているディエゴにお粥を作ってから日が昇る頃には造船所に。嬉しい事に船の製作に携わった方々が水夫としてアークロイヤル号に同乗頂ける事になりましたが……何故か異様に士気が高いですね。そして帆布を始め船の操作を半日ほどで覚えてしまいました。
「え、皆さん優秀ですか?」
その言葉にまた謎に士気は上がり航海準備に取り掛かるに皆さん。水夫と航海士では確かに仕事が違います。ですが私は航海士としての仕事をマスターするのにどれだけかかった事でしょうか?
「姉さん、この水夫共は何処から雇っんで?」
二日酔いから覚めたディエゴもすぐにその異常性に気付いたようです。どう考えても3日ぐらいはかかるものですから。帆船の概念が無いこの国です、あまりに都合がいいですね。いえ、それは構いませんが。
「これに関して考えるだけで時間の無駄ですね」
それから暫く。食料と水、それに交易品を積み終え帆を張り、あとは錨を上げ出港するだけです。
「姉さん、そろそろ出港しようかと思いますが」
ノアさんと話していた私に全ての準備を終えたディエゴの声。
「では達者でのう、2人とも。交易所とやらはわし等が責任を以て作っておくわい。幸いにも国の補助も出るみたいだしな。最も、新しい税の徴収でも考えておるのだろう」
「私もそう思います。では……今回は各国に説明と協力をお願いして回りたいかと。ですので1年程で帰ると思います」
この大陸、単純に回るだけでしたら1か月程ですがゆっくりと旅をしたいのもありますし。
「それにかつて使っていた航海用の道具も使えませんしね」
羅針盤はかつてと同じように使えましたが六分儀は今の所仕えそうにありません。望遠鏡とディバイダー、天秤にそろばんはこれまで通りに仕えるでしょう。それにこの世界にアラビア数字の概念もあったのは大きいですね。
「では行きましょう、ディエゴ」
「がってんでい。野郎ども、錨を上げろ。出航、目指すはミナカンタ王国だ!」
潮風を掴み、波に乗り次第に速度を上げる船。港から見送ってくれるノアさん達が見えなくなる頃、様々な気疲れから1息。これからの予定を練ろうと思い船長室に向かいドアを開けたら、
「やっほーリリーちゃん。久しぶりー」
1年半ぶりに見る、アイスを食べながら笑う結月さんの姿が。
「どったの? 幽霊見た時みたいな反応して」
「……心臓が止まるかと思いました」
余談、考察。
白の御守り
リリーが麻里から貰ったアミュレット(御守り)。制約付きだが1度だけ懐中神苑の2人が助けてくれるもの。因みに同じ物を別のキャラが貰っていたりする。(詳しくは第36部参照)
凹むリリー
懐中神苑の2人と別れて落ち込む。幼い面も目立つがまだ19歳(懐中神苑での2年間除く)。
ガレー船
風の力で動く帆船とは違いオールを人力で漕ぎ推進力を生むタイプの船。ガレー船にも帆布とオールどちらもついている船もあるがリリーがこの世界で見たのはオールのみのガレー船。
ガレアス船
ガレー船の一種でその大きさは最大級、武装も多い。因みにガレー船は船に穴を開けているので大波(外海)に弱い。
シルクロード
東洋と西洋を繋ぐ貿易道。その道は日本から韓国、中国、インド亜、イラン、アラビア、ヨーロッパ、アフリカ北部まで繋ぎ異なる文明、技術を繋いだ。その貿易品の一種となったのが香辛料で国の対立等でシルクロードが使えなくなった西ヨーロッパの国々はアフリカを回りインドへの航路を見つけた。これが大航海時代の始まり。
ノア
2人が造船所で会ったお爺さん、腕は一流だが過去の体験から腐っていた。リリーに見せられたガレオン船の設計図に感心し船づくりを行う。
完成するガレオン船
史実ではガレオン船の製作時間は半年程度だが初の制作に加え木を伐り出すところから始めたため1年半以上の時間が掛かった。
アークロイヤル(Ark Royal)
リリーがかつて参加し戦死した『アルマダの海戦』においてイングランド側の総司令官
ハワード男爵の船の名前(彼は海戦が得意では無かった為、実質的な指揮はリベンジ号を操るフランシス・ドレイク)。この名前は後のイギリスの船(水上機母艦・空母)にも継承された。
仕事を覚えるのが異常に早い水夫さん
詳細は次回。
アラビア数字
いわゆる日本で一般的に使われている数字(1とか5とか)。大航海時代のヨーロッパはローマ数字(ⅠとかⅤとか)。ローマ数字は記載するとかさばるから非常に不便(999をローマ数字で表すとCMXCIX)。
羅針盤
別名方位磁石。方角が分かる道具。
六分儀
大航海時代の画期的発明品。経度と緯度が分かるが、この星では現在使えない。説明が非常に難しいため簡単に説明するとこの道具で現在位置を知るには北極星や月、太陽から角度の計算、グリニッジ標準時による正確な時間の計算をする必要がある。詳しくはwiki参照。
ディバイダー
円を描く道具のコンパスに似ているが両方とも先端は針になっている。工具で測量に使う。
天秤
重さを図る道具。この時代は金貨も正確に同じ大きさをしていない為、金としての価値を重さで計ったりする。