女神の祝福
A.D.1538.12.4
「マギアちゃん、何故こんなとこに……大丈夫かい!?」
お兄さんは瞬時に私とセシリア、そして謎の魔物の場所を暗い中把握し私達を守るように謎の男との間に入った。
「すぐに終わるからちょっとだけ待っていてくれ。大丈夫、大丈夫だから」
そう何度も私を励増してくれた後、すぐに謎の男を向いた。
「そう言いたいとこだがなフィリップ、こいつは厄介だぞ。はっきり言って魔王より遥かに強いかもしれない」
そう言ったのは長身の女性。眼鏡で長く黒いコートを着たその女性はボウガンを取り出し矢を放った。いや、あれはボウガンじゃない。ロングボウに似ているがそれでもない。なんだあの武器は。
次々に背中から矢を取り出して高速で撃っていく。その速度と射程はボウガンの非では無かった。高速で放たれた矢は寸分狂わず男に飛ぶ。
しかしその正確に敵目がけて飛ぶ矢は全てその男が薙ぎ払う大剣によって払われた。
「あの武器は魔剣グラム!? なんであんな神話級の武器、あんな奴が持ってるの?」
今度はとんがり帽子にマントといかにも魔法使いであろう女性はその手にする杖から恐ろしい数の雷が飛び交う。しかしその雷も全てその大剣に吸収されていた。
「魔法の吸収……どうすればっ!」
魔法が効かないと分かると今度は杖に魔法をかけ始めた。そして常人ではありえない移動速度で大男に詰め寄る。4人全員の移動能力が目で追えないほどに上がっているのはたぶんフィリップと言うお兄さんがかけた魔法の力だろう。
だがそれもその謎の男の前だと無意味のようだった。全ての攻撃を跳ね返しながらその男は一歩ずつそのとんがり帽子の魔法使いの女性のところに歩いていく。しかしその女性は一歩も動かなかった。いや、もしかして動けないのか?
「何やってんだナターシャ、逃げろ!!」
それはまるで蛇に睨まれた蛙だった。圧倒的な力の前に怯えている、それはまるでさっきのセシリアの様に。
「あのバカっ!」
全く動く気配が無いそのナターシャと呼ばれた女性を守る為にさっきまで矢を放っていた長身の女性が背中にボウガンを背中にしまい腰に付けていた2本の大きなナイフを構えてナターシャと大男の間に入る。そしてそれに同調する様に茶髪の若い男が動き始めた。
「フィリップ、援護を頼む」
「任せろ!」
フィリップは再び地面を殴ると魔方陣を瞬時展開して詠唱を始める。すると魔方陣からいくつもの光の兵士のようなものが生成され一気に大男を襲う。同時に反対側から茶髪の男が双剣を構えて一気に距離を詰めて切りかかった。だがそれでも大男はナターシャへの歩みを速度を変えずに進んでいた。
「本当に下らないな」
吸い終わって根本しか残っていない葉巻を光の兵士が進む方へ投げた。するとその葉巻は紅蓮の炎を上げた。一気に光の兵士は燃え尽き収まっていた炎は再び木や草に燃え移り大規模な火事を再発させる。
「なんだよこのバケモンは……魔王の非じゃねえぞクソがっ!」
反対から走ってきた茶髪の男は一気に飛び上空から剣を抱えて大男に迫る。大男を捉えた2本の剣は深く突き刺さった。まるで避けようともせずそのまま深々と。だが、
「なにっ!?」
2本の剣が突き刺さってもその大男は動きは変わらずその右手に持った大剣はとうとうナターシャを捉えた。そして一緒にその前で彼女を守るために動いていた長身の女性も。
「動いてナターシャ、殺されるよ! ナターシ……」
ブォン……、
風を切る音が一回。その一振りで軽そうな二人の女性はわけも無く吹き飛ばされ数メートル飛んだ後に木に当たって地面に転がった。
「ナターシャ、フリーダ!! くっ……」
大男は2人を薙ぎ払った今、今度は茶髪の若い男の方を向いた。双剣を失った茶髪の男はいったん距離を取ったうえで不規則な動きで大男に飛び掛かった。でももうダメだ、初心者の私が見てもこの戦いは負け戦だと。まだ男性が2人いるけど1人は武器を失いもう一人は私達を守るためにこの場所を動く事が出来ていない。
「負けると分かっていて何故戦う人間。そこに人の正義と言う感情でもあるのか? 人類自ら蒔いた種ではないか?」
「何を言っている?感情?そんなものは関係ない。ここで俺が引いたら仲間が死ぬ。そして次期に人類も」
「そうか、それなら安心すると良い。私は無能な魔王と違い人の根絶やしに動く事に興味は微塵も無い。本来貴様らが来なければそこの残りの兵士を消したら帰るつもりだったのだから」
「しかしそれも興が覚めた。人の愚かさも見る事が出来たのだから。邪魔をするな。言葉通り邪魔だ」
「調子に乗るなよ怪物、俺が負けるとでも思うのか?」
「笑わせるな、魔王を倒したぐらいで」
「貴様は魔王の配下か? わざと北で魔物騒動を起こして俺たちが一気にいなくなったところでこの小さな孤児院を襲った理由はなんだ?」
「理由? さあて、言えないな。少しは考えてみたらどうだ無能よ」
上を向いて大声で笑う大男、その声は森中に響きわたる。
「あと聞き捨てならないから言っておくが私は貴様らの話す魔王の配下などでは無い、誰が好んであんなゴミの下に付く。私が崇拝するのはただ唯一、ただ一人」
「……それは誰だ?」
「慈愛の女神マギア・アモーレ。唯一無二だ」
女神マギア?
「ふざけんな……」
意図せず私は呟いていた、恐怖は消え私を支配したのは怒り、
「マギアちゃん?」
場違いなのは分かっている、きっと空気を読めていないことも。それでもこの怒りを治めることは出来そうに無い。この孤児院、そしてアンジェラ先生は女神マギアを崇拝していた。アンジェラ先生もいつも言っていた、神を信じれば絶対に幸せになれるって。先生はいつだってそう言って毎日祈っていた。私もずっとそう信じていた。
それがこの結果?結末?
「じゃあなんでこの孤児院を襲った!? 私の幸せをなんで奪ったんだ!?」
幸せだったんだ、親がいなくたって貧乏だって。仲間がいて先生がいてセシリアがいて……孤児院のホールに飾ってあった女神マギア像は無残に壊されその残骸はもう解らないくらい粉々になっている。
「どう解釈してもらっても構わないが神が人間に幸せを与えると思ったら大間違いだ。面白い事を言う、人は人を殺める。国を守る、家族を守ると。大義名分と言うナンセンスなエゴを掲げ。人が人を殺すならそこに神の存在理由は無いし仲介なんてしない。愚考を自らの手で起こし何が幸せだ、実に下らない。しかしそれには全知全能の神には理解の出来ない現象。だから神はある実験を思いつき始めた」
「……実験だと?」
「そうだ、暇つぶしとも言うのだろうな。女神マギアの恩恵を与えし人形を作り出し観察を始めた。貴様らのペットを飼うであろう?同じ事だ。そうであろう?女神の生まれ変わりと謳われた人形、マギア・ドゥミナス殿?」
「え…………」
目の前の悪魔の笑い顔が脳裏に焼き付いて離れない。私の頭は目の前の悪魔の言葉を理解するのにかなりの時間を使った。でも世界は壊れたように止まっている。それとも壊れたのは私?次第に世界は再び動き出したように感じた。
「……なんで、なんでそんな事を」
「話したであろう?神の暇つぶしだ。それにしても本当に人間は儚い……これがあの方は見たかったのだろうか?下らん趣味だ」
最後の方は小声でこちらには聞こえない。
「何を言っているんだ貴様、それが何の関係があるんだ!?」
「何度言わせる、言葉通りの意味だ。そうだ、貴方にこれをやろう」
謎の大男が私に向かって何かを投げた。
「……これは」
それは先生がいつも片身離さず着けていた十字架のネックレスだった、女神マギアのMの文字が刻みこまれた。
「私の名は幻魔マガイア。君に女神マギア・アモーレの加護があらんことを、女神の祝福を受けた少女よ。ククク……」
「だからさ……」
「ん?」
私に背を向けて立ち去ろうとするマガイアと名乗る魔物。そんな一方的に言って帰る気か? そんなの許さない……。
「ふざけんなって言ってんだろうがぁ!」
堪忍袋の緒はとっくの昔に切れていた。
「先生は女神マギアを信じていた。それなのにお前はその命を奪った。私の掛かけがえのないものを。じゃあ神を信じてこんな目に合うならなんでこんな世界マギアは作ったんだ?」
「さあ? あの女神の考えは私には到底解らない。多分何も考えていない。だからこその暇つぶしなのでは?」
「そんな暇つぶしの為に私はこんな目に合わないといけないの?」
先生はそんな暇つぶしの為に……
「なにそれ、笑えないよ」
いや、一周して笑えてきた。私がゆらっと立ち上がった。
「ならそんな理不尽で無慈悲な世界、私は許さない……」
こんな世界作った女神マギアも、私の幸せを奪った幻魔法マガイア、2人とも、
「絶対に許さないっ!!」
許せるわけが無い。許されていいはずが無い!
「危ないから止めるんだ、マギアちゃん!」
「お兄さん、邪魔です」
止めようとしたフィリップさんの横を通りぬけてマガイアに向かって一歩づつ歩く。
「言ったはずだ、私はもう戦う理由は無い。悪いが帰らせてもらおう」
こいつ、こいつこいつこいつっ!!
「逃げるのかよっ!!」
「マギア様もさぞ苦労されてらっしゃるようだ。ではさらば女神の名を持つ人形よ、貴殿に女神マギア・アモーレ様のご加護を……!」
それだけ言ったマガイアはそのままうっすらと消えて行った。
「どこに行った!出てこいっ!」
「落ち着いてマギアちゃん、マギアちゃんっ!」
お兄さんが私をなだめる様に前から抱きしめる。その瞬間複雑な私の感情は爆発した。
「出てこい……マガイア、畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!!!!!」
マギア歴1539年、冬の日。
その日私は大切なものを失った。
セシリアが生きていてくれたことは私の唯一の救い。彼女がいなかったら私は命を絶っていたかもしれない。でも彼女の存在と私の日常を壊したマガイアへの恨み、そしてこんな世界を作った女神マギアも。
絶対に。
~7年後~
「マギアちゃん、マギアちゃーん!」
廊下の遥か先から笑顔で走ってくるセシリア、実技の授業後で疲れていたがそんなものは吹き飛び、
「ねえセシリア、そのちゃん付けるの止めない?」
(マギア・ドゥミナス、19歳)
「えーだって昔からずっとそう呼んでいるんだからさー。気にしちゃダメだよ。ね、マギアちゃん?」
(セシリア・フェアフィールド、20歳)
「はいはい。それでどうしたの?」
「え、廊下を歩いていたらマギアちゃんが見えたから嬉しくなって」
「そ、そう……」
最高かよ。
「あ、そうだ。次の授業はなぁに?」
次の授業?
「魔法理論Ⅰだけど」
「じゃあ一緒だね、行こうマギアちゃん!」
そう言って私の腕を掴んでどんどん次の授業部屋へと進むセシリア、可愛い。
「ちょっとセシリアー、私前の授業で疲れていて……セシリアー?」
あれから……あの忌々しい事件から7年が経った。
今から9年前、あの事件から2年前に魔王は勇者率いる4人に倒された。しかしその2年後に突如現れた幻魔マガイア。かつての勇者一行をマガイアが訳も無く破った話はイーランド王国どころか世界中に広がり恐怖に陥れていた。それからまだ一度もマガイアが人の前に現れた事は無いがそれでも人々の恐怖心を拭う事は出来ずにいた。その為この国イーランド王国も対策の一つとして優れた人材を育てるための学校を立ち上げた。
孤児院を失い生き残った私とセシリアの二人はその後フィリップさんに引き取られ、フィリップさんの推薦で学校に通わせてもらっている。私は通う気は無かったがセシリアは通いたいと言い出したから私も一緒に通うことに。それはまあフィリップさんも私を学校に縛り付けたいのだろう。あの時の私は復讐しか考えていなかったから。だから私もそれに甘んじた……と言うと言い方悪いか。私もフィリップさんに感謝しているから。
勿論、恨みは忘れていない、もっと強くなっていつか絶対に……
「絶対に……」
「どうしたのマギアちゃん?」
「なんでもないよセシリア」
「早くしないと次の授業始まるよ?」
「あ、本当だ。急がないと」
復讐してやる。
余談、考察
魔王の比じゃない化け物
御一行が弱いのではなくこの化け物が規格外なだけ。どこかマギアと名前の響きが似ている。
慈愛の女神マギア・アモーレ
ドイツ語とフランス語、もう無茶苦茶。
実験
一話参照。
マギア(女神)歴1539~1546年
時代考察はある程度現実に合わせてますが魔法がある世界なので科学の発展は遅め設定。現実世界なら日本は鉄砲伝来、戦国時代。世界に目を向ければ大航海時代です、夢が広がりロマン溢れる時代ですね。
マギア(七年後)
出るとこ出ました。
セシリア(七年後)
マギアより出ました。