旧世代の英雄
A.D.1538.12.4
なんなんのあれ……なんで、どうして……!
あそこには先生と10人以上の弟や妹、それに私の思い出の全てが詰まっているんだ、急げ、じゃないと……
「あうっ!」
私が強くセシリアの手を握ったまま走っていたから後ろで彼女が転んでしまった。
「大丈夫セシリア!?」
「うん、大丈夫だよ……」
……急ぎすぎていてセシリアの事をないがしろに扱ってしまった。少し落ち着かないと。落ち着いて、深呼吸をして……
「ごめん、セシリア……」
すぐにセシリアを起こして埃を掃う。最低だ私は。もっと落ち着かないとまともな判断なんて出来ない。
「ね、ねえ、少し落ち着こうマギアちゃん。こんなのマギアちゃんらしくないよ!」
その言葉、セシリアの発言は尤もらしい正論。でもとても正気でいられない。私らしい? 何、私らしいって。
「……そうだね。行こうかセシリア」
……セシリアは何を間違っていない。悠長な気もするけど。
今度はゆっくりと確実に歩きだす。これまで心臓が壊れるくらい走ってきた、孤児院までもう少し。森に入ってからそれまでみたいに孤児院や火事の様子を見ることは出来なくなっている。12月の夜、すっかりと暗くなり寒さは痛さを増し雪が降り出していた。暗さの中に怖いくらいに輝く炎。だからこそ余計に怖い、心が壊れそうだ。早く孤児院の無事を知りたい、知って心から安心したい。
そして、
「……なんで、なんで、なんでっ!!」
私達が目にしたものは想像をはるかに超えていた。まだ孤児院までは数十メートルある。それなのに炎どころか煙で数メートル先はまともに見えない。走って渇いた喉と肺に煙はとても痛く辛い。
それでも不思議と声はでた。それもそれまで出した事のない大きな声。
「先生……せんせえぇぇぇーーー!!!!」
「えぇ……」
叫ぶ私の後ろで雪の上に崩れ落ちるセシリア、その顔は心ここに在らず。その綺麗な顔と髪は無残にすすと涙でぐちゃぐちゃになっていた。これ以上先に進んだら今のセシリアじゃ現実を受け入れらない。
私が責任を持って見に行こう、孤児院の人間として。
震える足を叩いて一歩先に突き出す。よかった、まだ足は辛うじて言う事を聞くみたい。
「……セシリアはここで待っていて」
「マギアちゃん、まさか孤児院まで行くつもり!? そんなの駄目だよ、マギアちゃんまで……」
「だって、まだ生きている誰かがいるかもしれないじゃん!」
「絶対だめっ! マギアちゃんまでいなくなったら私どうすればいいのっ!?」
その言葉は私に突き刺さる。私の腰に巻きついたセシリアの腕はそんな力がどこに残っていたのか決して離す事は無かった。
「お願いだからマギアちゃんまでいなくならないでっ! お願いだからいかないでよっ!」
「セシリア……」
後ろからしがみ付く彼女の顔は暗くて見えない。でもどんな顔しているかなんて見なくても分かる。
「はぁ…………」
緊張の糸が切れたのだろう、一気に脱力した私はお尻から地面に付いた。なんでこんな事に、一体どうしてこんな事に……、
どれくらいの時間がたったのだろうか分からない。セシリアは三角座りをしたまま膝に顔を埋めている。私は仰向けになって転がったままもう体が動かない。幸い火や煙がこっちに来る事は無かった。日はすっかりと落ちて見えるのは孤児院の方から上がる炎と城下町から届くわずかな光。もしかしたら魔物が出るかもしれない、でも本当にそんなのはどうでもよくなった。本当にどうでもいい。
横を見ると暗い中、辛うじて見えるのは蹲ったセシリアの肘、顔は勿論見えない。そんな彼女を見ているとふと彼女が孤児院に来た頃の事を思い出した。
セシリアが6歳、私が5歳の頃にアンジェラ先生にセシリアは連れて来られた。彼女は魔物に両親を目の前で殺されたらしい、後に本人から聞いた話だ。だからセシリアは知人の死に酷い拒否反応を起こす。今でもそうだが両親が殺された時の夢をたまに見るらしい。同じ部屋だからその時はよく一緒に寝てそれでも泣き止まない時はよく先生と3人で一緒に寝た。
セシリアとの付き合いは先生と同じで付き合いが一番長いんだ。だから私が一番彼女の事解っていないといけないのに……、
(お願いだからマギアちゃんまでいなくならないでっ! お願いだからいかないでよっ!)
「………………」
孤児院が燃えて混乱して取り乱して……なにやってんだろうね私。セシリアの事子ども扱いして。どっちがって話だ。
「……マギアちゃん起きてる?」
セシリアから声がした。痛いけど頑張って上半身を起こして彼女の方を見ると埋めていた顔を起こしてこちらを見ていた。
「……こんな時に寝れないよ。セシリアもう大丈夫? 落ち着いた?」
「うん……」
直接見えないくらいには遠くの孤児院と周辺の森は今も燃え盛り近づく事が出来ない。時間はそれなりに経っているとは思うけど……燃え盛る森は周りを廃墟にして間もなく落ち着くと思う。結局、急いだって時間しか解決できないこともある。それは気持ちもだしそれに、
「ねえ、そろそろ気持ちも落ち着いたと思うし火も随分とおさまった。もう少ししたら行こうか?」
ちゃんと現実を知らないと何も進めない、ちゃんと受け止めないと。
「マギアちゃんこそ少し落ち着かないと。手が震えているよ……」
そんなのずっと前から……、
「大丈夫、ちょっと疲れから来てる痙攣みたいなものだから。足は痛くない?ほら立てる?」
「……ちょっと足が震えて立てそうに無いかな、ごめんね」
だからなんですぐに謝るの、セシリアは何も悪く無いのに。
「じゃあ私に任せなさいっ」
寝転がっていたから体力が少なくとも回復している、軽いセシリアなら問題なく持ち上げるだろう。これ以上暗くなると魔物の時間へと移行する。孤児院がまだ燃えているから近づいてこないけ。
「ちょっとごめんねセシリア」
「え……ちょっとマギアちゃんっ!」
有無を言わさず私は羽のように軽い彼女をおんぶした。
「危ないよマギアちゃん……」
半ば無理やり背中に乗せたけど対抗する体力も無いんだろう、素直に従っている。
「もう火の勢いもだいぶ収まってきたし大丈夫だよ」
早く自分の目で確認したい、早く……
「そうじゃ無いんだよマギアちゃん。そうじゃ無くて……」
そこで何故口ごもるのか分からない。何か言いづらい事があるの?
「この炎ね、嫌なものを感じるの。禍々しくて怖くて……この炎、たぶん火事とかじゃ無くて魔法なんだ、きっと。いえなくてごめんね。でもさっきのマギアちゃんは落ち着いて無くて何するか分からなかったから……」
それって……、
「じゃあ何?この火事は意図的に誰かが起こしたものだって言うのっ?」
「たぶん……」
意味解んない。この孤児院に魔物に攻められる理由なんてないじゃん。それに魔王が倒された2年前から魔物が人や人住むの施設を襲ったなんて話、聞いた事が無い。
「それにこの魔力今まで感じたことが無いくらい大きい……マギアちゃんと同じくらい」
私と同じ……それってどれくらいなのか解らないけど、
「どっちみち魔物がやったんだね、セシリア」
「……たぶん。でも魔物が……」
セシリアが何か言いかけた時だった、そんな小さい声なんて掻き消すように、大きな声が後ろからして、
「そこにいるのは誰だ!?」
予想以上に大きな声にセシリアがビクッとしたのがよく伝わった。でも本人にその意思が無かっただろうがその声は神経をすり減らしている私からしたら神経を逆なでされたようなものだった。だからその方向を睨んでしまったのは悪いとは思わなかった。
「こ、子供……? 君達大丈夫か!?」
そう、彼らは何も悪く無い。でも子供の私はその魔物への遅すぎる対処に怒りをぶつけようとしていた。だけどそれはすぐに私の勘違いだと知る。
「マ、マギアちゃん……あれ……」
その言葉に目線を兵士から孤児院の方を向けた。そしてすぐに言葉を失う。
「なにこれ……」
そこにあったのは屍。それもそれはどう見ても孤児院の子供や先生では無くて甲冑や盾にある王国の紋章のあるイーランド王国の兵士。それもその屍の数は10や20では足りなかった。そして、
「危ないから下がってなさい、ここにはとても危険な魔物が……」
私の前に立って先を塞ぐその兵士がもう喋ることは二度と無かった。 兵士の体の首から上が消え去り私の視界は一気に真っ赤に染まる。放心状態のままゆっくりとその場にセシリアをおろして顔に付いた液体を払拭してその手を目に映した。
「血……」
顔にはべっとりと血が付いていて不快な臭いが鼻を付く。気分が悪くなり意識が飛びそうになり両膝と両腕を地面に付いた。だがすぐに意識をしっかり持ち血の付いた両手で顔を思いっきり叩いてすぐに立ち上がる。そして次に前を見た時には肉塊になりはてそこのただらだ存在する兵士の亡骸だけが転がっていた。
「……しっかりしないと」
ゆっくりと見逃さないように周りを見渡す。魔物が近くにいるはず、早くセシリアと逃げないと……!
「逃げるよセシリア!」
後ろで目の前の現実に怯えているセシリアの元に走る。舌もろくに回らず死の恐怖で立てなくなっている。私は両脇を持ち上げた、彼女を引きずってでも逃げないと……ここに来たのは全部、全部全部全部!私の責任だ、彼女だけでもどうにかして逃がさないと。
「セシリア、しっかりして!」
引きずりながら周りを見渡す。敵の姿が見えない、私もセシリアみたいに魔力が詠む事が出来れば敵の場所くらいは分かるのに……!
周りが暗くてまともに見えない、どうしよう……、
「君達、大丈夫か!」
後ろから聞こえるのは人間の声と足音。その足音から一人じゃ無い。引きずりながらその方向に動く。助かった……。
「大丈夫か、何があった?」
「魔物が、敵がどこかにいるんです!」
王都から来ただろう兵士の3人は私達を守るように周りに立つ。そしてその一人はセシリアを抱きかかえて、
「君は走れるかいっ!?」
「はいっ」
「じゃあ着いて来て。ここは危険だ、逃げるぞ!」
既に意識を失っているセシリア、そのセシリアを抱えた兵士の一人と逃げる。
押し潰されそうな恐怖と絶望の中、パンパンに張った足を必死に動かして孤児院とは反対の方向に走る。心臓は痛くて吐き気を催す血と火事の臭い。それが充満する暗闇の中を必死に走った。
でもそんなの無駄だったのかもしれない。すぐ後ろから聞こえる兵士の断末魔。全力で走りながらそっと後ろを振り向くとさっきの兵士と同じように2人の兵士は上下真っ二つに。しかし依然として敵の姿は見えない。なんなのもう本当に!
でも今度は見えたものもあった。
「あれは……」
不自然な風の流れと背景の森の木がいびつに揺らぐ。空間が歪んでいる?
刹那、押し寄せる強大な恐怖を感じた。
「危ないっ!!」
セシリアを抱きかかえて走っていた兵士に思いっきり体当たりする。その次の瞬間、その兵士のいた場所の先は全てきれいに薙ぎ払われて何も無くなっていた。何事も無かったようにしじまに包まれた。
「何処なんだよ、何処にいるんだよ一体!?」
後ろに今までまでいた仲間の無残な姿が目に入り兵士は取り乱し始めた。
「しっかりしてください!」
セシリアは兵士がかばったから無実だ、良かった……。それより今は逃げないと。
「ふ……人間は愚かな生き物だ、これが成長と言えるのか? 残酷なまでの弱さゆえの愚考。こんなのはただの劣化だ……実にくだらん。女神様もさそ嘆くだろう」
いつからだろう、そいつはそこにいた。今まで感じなかった恐ろしい存在感と2メートルを軽く超える長身、それに体つきは恐ろしく筋肉が付いていた。髪は無くスキンヘッド、それにスーツの上に皮のコート、例えるならそう……マフィア。
「悲しい話だ」
葉巻を咥えるとそいつは左手の人差し指から小さい火を出した。まさかこいつが……。
「なんだ、まだ生きていたのか。あれを避ける人間がいるのか。人間の兵士か?」
そいつはゴミを見るような目つきでに兵士を見ながら煙を吐いた。それは本当につまらなそうに、
「とは言えもう殺す理由は無いが消しとくか。害になるかもしれないし……害虫だな」
こっちに目を向けずそいつが腕を薙ぎ払うと先ほどと同じように空間が歪んだ。これは鎌鼬?
そいつの放った鎌鼬、それは私の方にではなく兵士とセシリアの方に向かい飛んで行く。だめっ!!
「セシリアっ!!」
その声も鎌鼬の影響からだろうか音は掻き消された。走っても間に合わない!
「セシリアァァァァァァァーーーー!!!」
声は届かない、走っても間に合わない。すぐ横にいるようで遠い、時間はゆっくりと進みその中でも鎌鼬は確実にセシリアに向かい迫っていく。伸ばした手では彼女に手は届かなかった。赤く染まった視界に移るのは歪んだ空間がセシリアにぶつかろうとする所だ。
しかし次に私の目に映ったのは予想しないものだった。
「ん?ほぉ……」
それは奴の目にも映ったのだろう、だからそれは私の現実逃避の見間違いでは無かった。再び煙を吐いたそいつは口角をニヤッと上げた。
2人を襲った鎌鼬は突如目の前で消え去った。まるで鎌鼬に対抗するように別の方向から大きな風がこちらに向かって来たのだ。
「陣形を崩さないで、魔法の効力が減るから! フィリップ、お願いします!」
「おう、ここは任せろ!」
暗くてよく見えないが少し大きめでガタイの良い男が大きな厚手の手袋をしたまま思いっきり地面を殴る。するとそこに瞬時に魔方陣が展開され4つの青い人玉のような物が出てきた。そしてそれはその大男を含めここに来た4人にまとわりつき光り始める。
その光の明るさででなんとなくだけど周りの状況が掴めるようになってきた。光っているのは4人、そのうちの一人は見覚えがあった。
「昼間のお兄さん……」
この大男は昼間、城下町の露天でアクセサリーを売っていたお兄さん。しかしその格好は昼間のラフな格好とは違い赤い軍服に黒いロングマント。その姿はイーランド王国の軍服。しかもその胸に輝く勲章はそれなりに偉い者の物だ。
その声が届いたとは思えないけど昼間のお兄さんはこちらに気づくと驚いてすぐこちらにに駆け寄ってきた。
余談、考察(よくよく考えたら考察してない)
燃える孤児院
とてもとても悲しい。
駆けつける英雄
昼間のお兄さんご一行。ヒーローは遅れてry