箱庭の中で
A.D.1538.12.4
私の記憶は3歳から始まる。それ以前の記憶なんてあるわけが無い、物心ついたのがその時期なのだから。
アンジェラ先生に拾ってもらったのは私が生後間もない頃だと先生に聞いた。時は経ち当時5歳の私は他意の無い好奇心で何故親、家族がいないのか聞いた時のアンジェラ先生の悲しそうな顔が今でも忘れる事が出来ない。冬のとある日、孤児院の近くに捨てられていた私。身元が分かるものなんて殆ど無く年齢を正確には解らない。唯一私が付けていたペンダントに蒼い小さな水晶と一緒にマギア・ドゥミナスと書いたプレートが連なっていたとアンジェラ先生は言っていた。だから私の名前はマギア、マギア・ドゥミナス。この世界を創生したと言われる女神と同じ名前。
あ、アンジェラ先生と言うのは私が暮らしている孤児院の先生。アンジェラ先生が孤児院のそばで捨てられている私を拾って今日まで育ててくれた。だから私は今日まで先生の愛をを沢山受けて生きて来た。
それと私には通常の人間には計り知れないほどの魔力が秘められているらしい。きっかけは私が9歳の時、孤児院の近くの山が大火事のなった事件があった。その時雨乞いの為にここら辺一帯を治めている王専属の魔導師が来たのだが、その日記録的な大雨が降った。しかしその大雨は魔導師が降らせたものではなく私だったみたいだ。その魔導師が私を中心として莫大な魔力を感知したそうだ。
普通の人は魔法なんて使えないしその割合は全人間の5パーセントと言われている。しかも災害レベル、私が今回起こしたような魔法を使える人間なんて世界に数人って話だ。だから国の皆は私の事を女神マギアが人としてこの世界に降臨した。現人神だと呼んだ。
実際そんな能力があるなんて実感は無いしあれ以来使えない。今思うと魔導師が嘘ついたのではとすら思えたぐらいだ。でもその一連の事件で財政難の孤児院に寄付は増えてアンジェラ先生の悩みが解決して喜んでいた。だったら私も嬉しい。
それからは私を注目する人もどんどんと減り今では昔みたいに孤児院でのそれなりに楽しい人生を送っている。姉妹、兄弟に近い友達やアンジェラ先生との生活。質素で素朴な生活だけど賑やかで楽しい時間をすごした。
勿論これからもそんな楽しい生活が続くものだと思っていた。
だけどこの世界はどうも無慈悲みたいで私の小さい幸せは音を立てて崩れてしまった。
それは私が12歳の冬の時の話。
「ここに書いているものをお願いね。マギアちゃんにセシリアちゃん。城下町は何度も行ったことがいるから分かるよね?」
「任せて先生、ほら行こうセシリア」
「あ、うん……行ってきます、アンジェラ先生」
「行ってらっしゃい、危ないから夕方までには帰ってくるのよー!」
冬に入りかけまもなく孤児院に厳冬が来るという12月の始め、年長に近い私達は少し離れた王都までお使い。私達が住んでいるイーランド王国東部は海流や気流の影響上、厳冬になれば建物から出れない事もしばしば、って先生が言っていた。だから本格的な冬が来る前に蓄えておく必要があるみたい。
「分かってるって。全く、いつまでたっても心配性なんだから先生は」
心配所な先生に見えなくなるまで見送られ私達は比較的近い王都へのおつかい。森の中にひっそりとある孤児院で一年の殆どを過ごす私は年に数回だけ王都に行くのを楽しみにしている。4年前アンジェラ先生に手を引かれ足を踏み入れた王都に心が躍った。
「でも早く帰らないと魔物が出るかもしれないよマギアちゃん。危ないから早く用事を済まして帰ろう。ね?」
「こんなきれいに道路整備された道に魔物なんて出ないでしょ。大丈夫だって。それより久しぶりに城下町に行くんだからいろいろ回ろうよ」
私は期待に胸をふくらまして思わず小走りになっていた。そうだ、半年ぶりの町なんだ、少しくらい楽しんだっていいだろう。その為に今日までお小遣いを貯めたんだから。でもまあ城下町に行かないとお金の使い道なんてそもそもないけどね。
「ちょっと待ってよマギアちゃん、足早いよっ!」
「ほら、早くしないと置いてくよー!」
後ろから私を追いかけてくるのはセシリア、セシリア・フェアフィールド。金色のツインテールが特徴的で気は弱いが芯は通っている私より一つ上の13歳。魔物に両親を殺されて6歳の頃に孤児院に来た。それからは今日までずっと一緒に姉妹みたいに暮らしてきた。……セシリアの方が年上だけどなんか私の方が姉みたいになっているんだよね。セシリアってほら、小動物みたいで可愛いから。私より身長少しだけ低いしね。
あ、転んだ。
「大丈夫セシリア? ほら」
「ありがとうマギアちゃん……」
セシリアに手を伸ばして起き上がらせる。楽しみすぎて確かにはしゃぎすぎたかもしれない。季節は冬、雪は降ってこそいないけど白い絨毯となって地面を埋め尽くしている。ちょっぴり反省しないと。
今度はセシリアと手をつないでゆっくりと歩く。
「ごめんね、マギアちゃんが城下町に出るのを楽しみにしているの知っているのに」
「いやいやいやいや、ここはどう考えても謝るのは私のほうだよ? あんまり言えた口じゃないけどその自分が悪い訳じゃないのにすぐ謝るクセ直した方が良いって、絶対。あとごめんね」
「いいよマギアちゃん、許してあげる。私の方がお姉ちゃんだから!」
まったく、本当に可愛いなこの娘は。
私たちが向かっている城下町はイーランド王国の首都にあたるアルローズ。アルローズの城下町はこの大陸で一番活気がある町でとても大きい街。とは言ったものの他の町なんて勿論言った事は無い。だからこの町しか知らないんだけどね。
「ねーねーマギアちゃん、マギアちゃんは城下町で何を買うの? ほら、マギアちゃん凄い楽しみにしてたみたいだったから」
「特に欲しい物があるわけじゃないんだけどね。私って五月蠅い所基本好きじゃないけどそれでも思い出したようにたまには行きたくなるよね。だから目的は欲しい物があってそれを買いに行くんじゃなくて町をぶらぶらして欲しい物があったら買おうかなって思ってる。どうして?」
「いやあ、私はお世話になっている先生にプレゼントを買おうかなって思っているの。だからマギアちゃんが良ければあおの……一緒にプレゼント買わない?って」
セシリア……なんていい子。あと可愛い。
「勿論オーケーだよ。私も半分出すから好きなの選ぶといいよセシリア、センスいいから」
セシリアが何を買おうと思っているかなんて知らないけどセンスは彼女の方がある。それに先生もセシリアが選んで送った方が喜ぶのは目に見えているから。
「ありがとうマギアちゃん。絶対に先生も喜ぶよ」
セシリアの幸せな顔を見ることが出来ただけで一緒にお使いに来たかいがあった。
「それで何を買うの?」
「先生何が喜ぶかな?」
純粋無垢な笑顔につい顔を背けてしまう。
「セシリアが買うものだったら先生なんでも喜ぶって。だからセシリアが選んでいいよ」
「えー、マギアちゃんもちゃんと考えてよ」
考えるも何も買うものの見当も無いのにここじゃ決めかねないよセシリア……。
「やっぱ形に残るものが良いんじゃないかな? アクセサリーとか」
「あ、なるほど。頭いいねマギアちゃん。よしよし」
私の方が身長10センチ以上高いのに頑張ってる。
「あー、お城見えてきた。やっぱり何回見ても大きいよねアルローズ城。あんなお城じゃやっぱ舞踏会とかあるのかな?」
イメージしかないメルヘンな事を考えながら森を抜けてしばらく歩くと見えてくる。大きいお城とそれを囲う高い城壁が特徴だ。この町は私が生まれる前の話だけど魔物との大きな戦争があったと先生に聞いた。幸い敵も知能が高くて戦略価値が無いとみたのか孤児院が襲われることは無かったそうだが。
「どうなんだろう、セシリアは興味あるの? 舞踏会」
「うん、とっても」
そうかそうか。
「イブニングドレスとか来てね、王子様と踊るんだ。それでね、えっと、えーっと……」
イブニングドレスは良く分からないけどセシリアは少女趣味だから。私にはあまり理解できない世界だけど彼女ならとても似合うだろう。もっと身長が伸びたら、ね。あと胸も。
「がんばろうね、セシリア」
私はセシリアの前で笑顔で両手でガッツポーズを作る。
「え……何が?」
「もう城下町に着くからほら、パス出して」
さっき言った通りアルローズ城下町は過去に戦火に見舞われてりる。だからこの高い城壁に囲まれた城下町に入るにはお城が発行したパス(通行許可証)が必要になる。
「ちゃんと持って来てる? セシリア」
「ちょっと待ってねマギアちゃん、確かに鞄に入れて持ってきたはず……あれ?」
横で物凄い勢いで鞄をあさっている。全く、いつもこうなんだから。
私はセシリアの胸元からパスを取り出した。先生が落とさないように紐でぶら下げてくれているのに。
「ほらセシリア、鞄に入っていたことなんて一度も無いでしょ!」
「ありがとうマギアちゃん、頼りになるねっ」
先生も心配でしょう、いつも女神マギアに祈っていたから。私も女神に祈りましょう、セシリアの輝かしい未来を。……せめて安心できる未来を。悪い男に捕まらずずっと私といますように。
城下町に入るためのとてもとても大きな門。そこを守る衛兵に私達はパスを見せる。なぜだろう、人のサガなのかもしれないけど自分のパスをじろじろと見られると緊張する。悪い事はしていないのに。
「通ってよし。気をつけるんだよ」
「ありがとうがざいます」
「どういたしまして」
門を守るにはいささか細い衛兵さんからパスを返してもらい大きな門の中にある人が問題無く通れる程度の小さな門を通る。そこを通ると、
「うわあ、やっぱ凄いね城下町」
私たちの住んでいる小さな孤児院と違い人が溢れ賑やかな城下町。とくに市場は気を付けないと小さな私たちはぶつかれば簡単に倒れるだろう、とくにセシリアは。私は彼女を握っている手を改めて握りしめた。ここに来た事に対する意味と心の高鳴りを抑え気を引き締めた。
私の自慢の銀色の髪、それはとても珍しく他人から好奇心の目に晒される。
「……さ、行こっか」
私はマリンハットをぐりぐりと深くかぶり直した。私みたいに銀色の髪は割合が少ないからとてを目立つ。セシリアの長い金色ツインテールも大概なんだけど。他意は無いのだろうけど好奇心の目で見られるのははっきり言うなら不愉快。私はセシリアに言われるがまま伸ばした長い銀髪を無理やり帽子の中に入れた。
子供の歩幅で石畳の道をゆっくり進む。
「今日という日が漸く訪れました。ディエゴ、気を引締めてください」
「了解です姐さん。俺は自分の仕事に集中するだけです」
私とセシリアの横を通り過ぎた2人の男女。貴族服の銀髪女性と軍人の様な服を着た丸坊主の巨躯。王都なら決して珍しくもない2人。けれども何故か目を引かれた。
「マギアちゃん、どうかしたの?」
「ううん、何でも無いよ。いこっか」
余談、考察
マギア・ドゥミナス (Magia Dominus )
ドイツ語、マギアは英語でマジック、つまり魔法。安易ですね。銀髪って良いですよね?
セシリア・フェアフィールド (Cecilia Fairfield )
英語(イギリス圏)、マギアほど名前に意味は無いですけど可愛い名前になればいいかと思い……思い。まあ適度に適当です。金髪も好きです。
城下町へのお使い
この時点でマギア12歳、セシリア13歳。孤児院から王都まで子供の足で数時間の距離、世界観がファンタジー的中世って考えたらめっちゃ治安いいです。魔物は出ますが基本息を潜めています。
魔法の才脳
全人口の5%。マギアもセシリアも勿論魔法が使えます、大人の事情です。
アンジェラ先生
孤児院の先生。協力、援助こそありますが基本一人で孤児院を切り盛りしている優しく強い女性。アラサー未婚。孤児院の子供にめちゃくちゃ弄られる。