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文字にあふれた世界

「私は神なんて存在を認めない」


 それは私がいつも口にしていた言葉だった。私は転生者である。ふざけた神が私を殺し、私の同意を得ることもなく普通の世界に異常な力を渡して転生させたのだ。その力は、どの世界に行ったとしても必要がないだろう完全にお遊びような力を渡された。

 その力は『眼』だった。どんな世界で、どのように活用するかもわからない。その力は無意味で、私

は無関心を貫きたかった。しかし、それを世界は許さなかったのだ。私の視界は文字で埋め尽くされたのだ。人間もも動物も植物も鉱物も…何もかも。その存在を構成する要素が、感情が、文字として彼の視界には映ってしまったのだった。

 他人とは違うその『眼』のせいで、私はいつも目を閉じて生活をしている。薄くでも目を開けてしまえば、その人を構成する要素が見えてしまうのだから。



「あぁ、いい天気だ」


 目を閉じながらも感じることができる春の陽射しに少しだけ頬が緩む。いつも無表情である私が頬を緩ませるのは貴重なシーンだった。その証拠に周りにいたクラスメイト達が驚きの表情に変化していたのだった。それだけで、普段私がどれだけ表情を変えないかわかることだろう。


「……書主さん、おはようございます」

「ん?あぁ、おはようございます、結城さん」


 教室の私の席に近づいてきたのは、このクラスでは比較的美少女に分類される結城 陽菜乃だった。私に近づいてくるものは前世同様に少ないのだが、彼女は私に何故か近づいてくる数少ない友人だ。他称美少女の彼女が近づいてくるということもあり、周りの男たちから嫉妬の視線を向けられるようになった。

 少し目を開けて見ると【嫉妬の視線】という文字が私に周りから向かってくるのだから、実際に嫉妬の視線が向けられているのだろう。


「……今日も目をとじているんですね」

「何度も言っているでしょう?私は糸目なんですよ」

「……そういうことにしますね」


 結城さんと話すたびに嫉妬の視線は強くなる。中には殺意も混ぜる男たちもいる。きっと彼らは結城さんのことが好きなものたちなのだろう。彼らの体には【結城 陽菜乃に恋している】という文字が書かれていた。その中の一人が私と話している結城さんの腕をつかみ、無理やり私から引きはがす。


「駄目じゃないか結城さん、そんな人と話しては」

「……なんで?」

「なんでって…。そんなの決まってるじゃないか。そんなわけのわからないやつと一緒にいるよりも僕たちといる方が楽しい学校生活を送れるからだ‼」

「大輝の言うとおりだと思うよ。そんな奴と一緒にいるより、私たちと一緒に遊ぼうよ」


 天月 大輝が結城さんを引きはがし、草薙 雫が私と結城さんの間を遮るかのように立つ。あんな存在に無理やり転生された時は正直殺してやろうかと思っていたが、こうして何もない生活を遅れていることは奇跡に近いだろう。

 この『眼』はあらゆるものを文字として認識する右目と、その文字を書き換える改竄の左目と生活するうえで必要のない要素が詰め込まれている。

 少しでも目を開けば、その力は自動的に発動前まで移行してしまう。ON/OFFの切り替えも行うことのできないこの不便な力は、一体どんな場面で使えと言うのだろうか。

 少なくとも、こんな平和な世界での使い道はきっとないだろう。あるとすれば、誰かの運命を強制的に書き換えることだろうか。


「……私の友達を悪く言わないで」

 

 珍しい。素直にそう思った。結城さんは感情を表に出すことはほとんどない。笑顔を浮かべることも、涙を流すことも、悲しそうに顔を歪めることもない。それこそ、私以上に表情を変えることが少ないだろう。私だって暖かな日差しなどで、頬を緩める程度のことはする。

 しかし彼女が表情を変える…それも感情を表に出すのを見るのは去年二回見た程度だろうか。前回も、前々回もこんな状況だった気がする。あの二人と取り巻きが私と話している結城さんを引きはがして、私の悪口のようなものを言って、結城さんが怒る。学習しない二人への好感度が下がりに下がっているようだった。

 私は悪口とは思っていませんが、悪口という文字が彼らの口から飛び出しているのだから悪口を言っているのだろう。


「くッ、僕は絶対に諦めないからな」


 負け犬のようなセリフを残し、天月達は自分の席に戻っていく。去年の席順のまま今年に来ているせいなのか、私の右隣の席は何の因果か結城さんのままだった。そのせいで、退屈な授業は眠ることができなんですよね。ほんとに困ります。


「……なんで言い返さないの?」

「何か私悪口を言われていましたか?それと、近いです」

「………ッ、ごめん」


 目の前までに人が近づいてくるなんて前世も含めて初めての経験だから、柄にもなく緊張してしまった。そのため、思わず少し、ほんの少し目を開いてしまった。

――――――あぁ、見たくないものが見えてしまった。

【氏名:結城 陽菜乃】

【身体情報・身長:158cm。体重:47kg。3サイズ:85/57/78】

【紅眼、黒の長髪、整った顔立ち、誰が見ても美少女と評価することが可能】

【現在の感情及び思考傾向:興奮、興味。警戒:無し。戦闘警戒態勢:移行確率低】

 結城さんの体が絵から文字に変わる。少し目を開けた程度でこれなのだから、目を完全に開けてしまえば、それこそ、この世界は文字で埋め尽くされることだろう。だからこそ、私は決して目を開けない。開けてはいけない。

 未来視まで到達しえる目を持つからこその苦悩。やろうと思えば、人の生死すらも自由に操ることも出来るだろう。でも、私はそんなことをしない。…そんな退屈なことよりも、未来なんかも見えず、目を閉じたまま今を楽しんだ方がいいと思う。


「――――――あぁ、やっぱりいつか必ず殺す。生きてることを後悔させないといけないからな。…ん?あの、本当に離れてほしいんですけど。周りの目が痛いので」

「……うん、わかった」


 私の席から離れ、自分の席へと戻っていく。ようやく『嫉妬の視線』という文字が消え、同時に教師が入ってくる。消えた嫉妬の視線から邪な視線に変わる。そう、教師は女性だった。一度だけ目を開いてみたことがあるのだが、町を歩けば十人中八人が振り返るほどの女性だった。

 近くにいても何も感じない程度の魅力しか感じないが、それはきっと目をとじているからこそなのかもしれない。昔ならもっとこう興味はあったのかもしれない。…例えば、寝方とか?


「……むぅ」

「痛いですよ、結城さん。抓らないでください、次の授業は体育なんですから」

「……むぅ」


 クラス中から教師の話そっちのけでクラス中から可愛いという声が聞こえてくる。結城さんが何故か拗ねた顔をしているという話だった。その表情が可愛いということで、息を荒げるものが続出した。中には女の人でも男たちと同じようにハァハァと息を荒らげる者も出現していた。


「ん、んん。ほら、一時限目は体育だ。さっさと着替える着替える」


 この空気に巻き込まれそうになる教師は、どうにか自我を保つと、着替えるように促す。興奮した状態の教室は落ち着きを取り戻し、それぞれジャージを持つと教室から出ていく。残ったのは私と結城さんの二人だった。私はもともとジャージを持ってき忘れていたということで、そもそも体育は受けない。

 一方、結城さんはジャージも持ってきているうえに健康体である彼女はなぜこのまま教室にいるのだろうか。私もグラウンドに向かおうとしているのだが…彼女は一体いつ動くのだろうか。


「……あ。歩くときは少し目を開けるんだね」

「いつも言ってるじゃないですか。私は糸目なんですよ。ですが、いつもよりも目を開けるいるのは事実ですけどね」

「……書主さんの目、とても綺麗」


 そうですかと呟くと教室から出ていく。

 静かな廊下には私の足音だけが響く。誰かの呼吸音も聞こえない。授業をしているはずの教室に人はなく、文字すらも見えない。残った文字は【異世界転移】と書かれた教室と、空中に描かれた【神】という文字だけだった。


「あぁ、そうだったのか。そんな場所にいたのか」

 

 そんなにも私の近くにいてくれたんですね。私が目を開けなかったばかりに気付かなかったんですね。なるほど、私に未来視をしろと間接的に言ってるんですね。


「いいですよ。あなたがそういうのであれば、あなたの世界で私、無双をしてあげます」

「……どうしたの、書主さん?」

「いえ、この学校にはもう誰もいないようなのでいなくなった原因を塗りつぶしに行こうかと思いましてね」


 開いた眼で世界を観測する。世界の綻びを観測し、どこと繋がっているか確認し、綻びを通れるまでに

広げる。改竄の力を一切使わないで行ったけど、まさか目から血が出てくるほど疲れるものだとは思わなかった。


「……ッ‼大丈夫!」

「いやいや、何も気にするほどじゃないですよ。…さて、そろそろ行きますか。結城さん、それではさようなら」

「……え?」

「結城さんはすぐに家に帰った方がいいですよ。何よりもここから先は、現段階では私にもわかりませんからね。

 この感覚は久しぶりだ。前回と違って不愉快さを感じないところがいい。私をこんな風にしたあいつを必ず殺す」


 目で見ると変化のない空間に手を伸ばす。その空間の中に入った私の腕は見えなくなり、まるで肩から先が切り落とされたかのようだった。結城さんはその光景を見ただけで顔を青ざめさせていた。大丈夫大丈夫と宥めると、どうにかこうにか落ち着いてくれたようだった。

 その代り、結城さんも行くと言い出すようになってしまった。強い意志を持った人を折らすのは大変なことを知っている。だからこそ、彼女が付いてくるのを許すことにした。上から目線だったかな。


「準備はできた?未知への覚悟はできた?」

「……うん。書主さんが一緒だから」

「そうですか。それでは行きましょうか」

「……うん!」


 結城さんの手を掴み、私たちは未知の世界へと旅立つ。

 

 目の前に広がるのはチェスの駒の形をした巨大な建造物のようなもの。黒と白のその天まで届くほど巨大なそれの上には何か人の姿をしたものが立っていた。


「……?」


 今、塔の上に立っていた存在と目があったような気がした。その瞬間、その存在は俺の目の前に立っていた。


「キミ、どうやってここに来たの?」


 それは金色の瞳の中に十字架のようなものがある小さな女の子の姿をした神だった。

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