青春恋日記ーチョコレートコスモス
電車に乗ると、休日なだけあってすぐに人で埋もれた。その中にはカップルも結構いて、改めて夏が来たことを思い知らされる。
ふと、昼休みに交わした友との会話を思い出した。
ー「カッコイイ?」
「うん、すごく。話してるとドキドキする。話しかけられたらもう…」
「はは、顔真っ赤になるもんね〜」
「冷やかさないでよ〜…」
「どこが好きなの?私は…よく分からないよ」
「…顔とか…そういうんじゃ、なくて。…直感みたいなかんじ」
「…直感…?」
「そう。…私にはこの人しかいない!みたいなね。…ほんとに…好きなの」
好きな人を想うだけで顔を真っ赤にして、彼について語るだけで幸せそうで。
片想いだとしても、恋をして、彼女はうんと可愛くなったとおもう。
改札を抜け、自販機を見つける。
迷いに迷って、結局コーラのボタンを押す。ガタンと音をたて、開けてはならないような状態のコーラが出てきた。
中1の夏、私はあいつに恋をした。
初めて、人を好きになった。
きっかけなんてなくて、いつの間にか彼を目で追うようになってたから、それが恋だと気づくのにも時間がかかったものだった。
駅の階段をコツコツと降りると、どんよりと曇った空が見えた。
「帰りには降るかもなぁ……」
そんなことを言いつつ、私は塾への道を歩き出した。といっても、1分で着くが。
エレベーターが開くと、カウンターに座っていた先生に「定期的に来なよ」と注意される。いつもの事だし、そうしたいのは山々だが、一旦サボりぐせがつくと、なかなか抜けないのが現実である。
飲食室にはいってコーラを開けると、いい具合にプシュといった。まだ冷たくて、美味しい。
時計を見るともうすぐ7時を指そうとしたので、私はそそくさとブースへもどった。
パソコンを開いて授業を始める。
が、その1時間の間も、ずっと集中なんて出来なかった。
あいつはモテた。
同じ部活のあの子もあいつが好きだった。
私がそれが恋だと気づく前、彼女は私にあいつのことが好きなのだと打ち明けた。すごく羨ましかった。恋をしている彼女が、羨ましかった。羨ましかったから、少しだけイジってしまったのは、今となっては本当に後悔している。
中2のある日、私はその子に呼び出された。
そこには彼女のほかにも数人の女子がいて、長机をはさんで向こうに座らされた。
そのときのことは、もうよく覚えてもいない。
ただ、散々に文句と悪口を言われ、あいつへの恋を牽制された。「何してるか、分かってんの」と。「友達の恋、邪魔したいの」と。
そして最後には「そんなあなたは可哀想」とそれだけ。
その時に、私は初恋に気付いた。
でももう遅かった。
もう、どうしようもなく気持ちの消滅を待つほかなかった。
結局、私には覚悟がなかった。
ブツっと画面が暗くなった。
少しの間のあと、授業が終わったことに気づく。
マウスを動かしてショートテストを受けると、「A」とでてきた。
ため息をつきつつ、パソコンのシャットダウンを始める。色々考えてしまったせいで、いつも以上に疲れている。2限目は無理だと判断して、私はリュックを背負った。
「もう帰るの、また日を開けずに来なよ」
また先生に注意を受けたが、サラリと交わしてエレベーターを呼んだ。
彼女は結局フラれたらしい。
それは噂とかじゃなくて、あいつから聞いた。
「告白されたけど、振ったから…改めてごめんって伝えといて」
らしい。その頃には私と彼女の関係は戻っていたから、引き受けた。
彼女はあの日のことなど、忘れているようだった。
「1」のボタンを押す。
たった3階降りる間に、私はため息を2度ついた。
ひとつはあのとき、あいつに告白しなかったことへ。
もうひとつは、未だ新しい恋をできない私へ。
ドアが開き、そのまま玄関をでると、そこには懐かしい顔があった。
…あいつだった。
ドクンと胸がなった。
彼は私に気づくと、イヤホンをとって片手をあげた。
「よ。久しぶりだな」
3つ最難関とよばれる高校のうちに入った彼と私。
それぞれ違う高校に分かれて、会うこともないと思っていた。同じ塾であることすら忘れていた。
「学校どう?」
黙っている私に、言った。
はっとして言葉を返す。
「え…と、うん、学校楽しいよ。イケメン多いし!」
関係ない。だって私はあの日に、彼に恋することをやめたから。彼は私の友達。それ以上は期待もしない。
それから学校のテストのこと、行事のこと、友達のこと、色々話した。
楽しかった。
「…そういえば、青春してる?…彼女できた?」
ためらいつつそう聞くと、彼は苦笑いして言った。
「残念ながら〜。そっちの学校とちがって、イケメンも美女もいないので」
なぜか、ほっとした。
「そっちは?」
こんな話、中学の頃はしたこともなかった。
「いるわけないじゃん」
「まじ?安心するわ」
またドクンと胸がなった。
…安心?…どうして?
…私に彼氏がいようといまいと、あなたには…
期待、する自分がいることに気付く。
もしかして…と、思ってしまう自分がいることに。
いつだって彼は。
ああ、だからこの人はずるいの。
「好き」
まるで口からこぼれ落ちるように、押し隠すと決めた想い。
自分でも驚いて、急いで口元を抑えたけれど、もう手遅れなのだと知っていた。
彼もまた、驚いた顔でこっちを見ていた。
ーもう、隠せない。
「…中1のころから、ずっと…好きです」
ーああ、言いたかった。ずっとあなたに言いたかったの。
そうだ、私はずっと、諦めてなんかいなかった。まだ何も伝えてない今、可能性はあるのだと、心の底ではそう思って…願っていた。
「…付き合って下さい」
そういった途端、肩に乗っかっていたおもしが落ちた気がした。
間があった。彼を困らせていることは分かった。
「…いや、困らせるつもりじゃなかったから…返事、したくなかったらそれで…」
「勇気だして、言ってくれたんだろ」
彼は知っていたのかもしれない。あの中2の出来事を。
彼は苦しそうな顔をして、静かに頭を下げた。
「…ごめん」
心のなかが、カラになるのを感じた。
「お前のことは好きだけど…その、彼女とかじゃなくて…」
分かってる。分かってる。
「友達としてだから…このままでいてほしい」
終わった。
私の3年間が、やっと終わったんだと思った。
なぜだか溢れそうになる涙をおさえこんで、声を絞り出した。
「…ありがとう。ごめん、ごめんね…」
それしか言えなくて、それ以上彼を見るのが苦しくなった。
「ごめん…」
またそう言うと、私は逃げた。
うしろから声がした気がしたけど、もう振り向こうとも思わなかった。
どれほど走ったことだろう。大きな橋にかかって、私は立ち止まって泣いた。
さっきまで気にもしなかった大粒の雨が私にふりつける。
これが失恋。
これが恋。
懐かしい思い出。
ー「やった、95点…!」
「うそだろ?…うわ、まじかよ」
「何点?」
「93」
「やったね!勝った」
「2点しか変わらねーし!おっしゃ、次勝負
な。お前には負けたくねぇわ」
「なんて言った!?ひどい」
「そういう意味じゃねえって。お前はホラ、
ちゃんと勉強して、努力して…だからさ、
他の女子と違うじゃん。めっちゃいいラ
イバル」
やっと気付いた。
私もまた、こんなに恋してた。
中学のときのあの子のように、昼休みに語り合った友のように。
私は誰よりも、彼が好きだったの。
こんなに、こんなに、大好きだったの。
ちゃんと、恋、できてたんだ。
私は手にしたコーラを一気に飲みきった。
傘をさすのも忘れ、濁流の川の上で。
すでに炭酸はほとんど抜けていて、ぬるかった。
涙は止まらないけれど、胸は苦しいけれど。
明日の私はきっと、今日までの私じゃない。
きっともう、前に進めるって思えるから。
何作か小説は書いていましたが、こうして読んで頂ける場にだすのは初めてです。
そこで、短編のものを出させて頂きました。
至らぬ点も多いと思いますが、共感しつつ読んでいただけたならば幸いです。