第8灯
Y県 月光館 2016年10月22日 午後8時45分~
「どうぞ、あぁ、皆様もよろしいでしょうか」
各々の返事が小さく返ってくる。
「すみません。あいつ、推理を披露するとき、いっつもなんですけど一番いいところで腹痛くなっちゃうんです。少しお手洗いに行かせてもらえたら問題はないんですけど、なんか癖みたいで」
「大一番で緊張しちゃうなんてかわいいじゃないの。私は、一向にかまいませんよ」
それを聞いて灯がクスクス笑っている。明が一瞬、母親の顔になったような気がした。そう、母性を感じた。
「面白い探偵君じゃないか。わしの小説にも登場させたいくらいだよ」
権田も比較的ウェルカムな様子だし、要に関しては「これでドラマを撮ったら面白いんじゃないか」なんて言い出している。
「でも、満希くんって探偵としては有名だけど、この話は全然表に出てないよね」
てまりが、痛いところを突いてくる。
「そうなんです。キャラとしては非常に立っていて面白いかもしれないですけど、やっぱりこれは満希の弱点で、もし犯人に下剤でも盛られてしまいようもんなら、調査どころではなくなっちゃいますからね。だから――――」
「だから、内密に、ってことね」
てまりに先回りをされてしまい、俺は「そんなところです」と俯き加減に言うほかなかった。
ぎぃっと扉が開く音がして、満希が腹をさすりながら戻ってきた。
「すんません。よくなりました。って、俺、どこまでしゃべりましたっけ?」
もう、助手としてはこの瞬間がいつも恥ずかしいんだ。
「文中におかしな点があるってところまでだよ」
「ああ、そうだった。ありがと。それで、そのおかしなところってのが、男女の争う声が聞こえたっていうくだりだよ」
「ん?喧嘩の末の殺人ってことであれば結構よくある話だと思うけど」
「だから、そこじゃなくてどこからか聞こえたかが問題なの」
こらこら、もう敬語すら忘れてるから。
「どこって、開いていた窓から聞こえたって」
「そこそこ。んで、この日の天気は?」
「えっと・・・雨、あっ」
てまりは何かに気が付いたようだった。
「そう、雨降ってる日に窓なんか開けなくね?」
「さすがは名探偵!お見事ね」
明はとても愉快そうだ。本当にこの集いを楽しみにしていたのだろう。
「あ、あと、仮に少しルーフみたいなものがついていて雨の日でも窓が開けられたとしてもこの話はおかしい。なぁ、灯哉、被害者の女性は何階に住んでいたと思う」
キラーパスをもらって俺はうまく答えられずまごまごしてしまう。
「2階に住んでいるだろうな」
権田が代わりに答えてくれた。
「そうです、第一発見者の男性は階段で何度も不審な男とすれ違っていたと証言している以上、住まいは2階の可能性が高い。そして、被害者の部屋は男性の部屋の隣。つまり、被害者の部屋も2階になる。それで、話は戻るけど豪雨の夜だ。当然、傘はさしているだろうし、ましてや豪雨。わざわざ視界を遮る傘をずらして雨に濡れてまで、二階の様子を気にしたりするかな。ま、そんなところからこれは真実の罪。逮捕されて正解だったと」
一瞬沈黙が降りる。決まったな。
「たったこれだけの文章から、そこまで・・・キミすごいなぁ!ねぇ、私はこれで生還ってことになるんですか?」
てまりが晴れ晴れとした表情で烏丸に問う。
「いいえ、まだ手順が残っております。一つの筋が通った推理が出てきましたら採決を行います。こちらの推理を真実として今回の推理会の答えにするかを全員投票で結審を行うのです。全会一致で推理は終了となります。それでは、結審に移りますがよろしいでしょうか」
特に反対もなく、結審が始まり、満希の推理に賛成かどうかの決がとられる。
「それでは、賛成の方、挙手をお願いいたします」
参加者の手がパラパラっと上がっていく。
その時だった。
ものすごい轟音と共に、室内が真っ暗になる。
「え、停電!?」
てまりの怯えた声。
「少ししたら、予備電源に切り替わるはずです。落ち着いてください」
明の声が響く。
「誰だ」
権田の声だ。
次の瞬間、明かりが戻る。
「よかった・・・」
てまりが心底安心した声を上げる。
「権田先生、どうされたんですか」
「い、いや、さっき電気が落ちたとき私の後ろを誰かが走り去っていったんだ」
「先生もご冗談がお好きで。この館には私たち以外、誰もおりませんよ」
明が笑い飛ばすも権田の表情は硬いままだった。烏丸の対応も機敏で非常に慣れている様子だった。むしろ、慣れすぎているぐらいだった。
その後、改めて満希案の採決がとられ満場一致となったその推理は答え合わせでも見事、正解とあいなり、てまりは無事生還となった。
その後、解散となり大人連中は談話室で酒を飲んでいるようだったが、俺と満希は部屋に引き揚げさせてもらうことにした。
「それにしても、権田先生も冗談きついわぁ。あれは、結構、フツーにホラー発言だから」
満希はビビりなんだ。隠している風にいつも振る舞ってはいるが、小学生並みにビビりだ。
「あぁ、誰かいたってやつでしょ。実はさ、俺も見たような気がするんだよな。雷鳴ったあの一瞬だけど」
「おい、やめろよ。おれ、今晩はこの部屋にいるからな」
いや、やめてくれ。
「嘘だって。まぁ、お前がここにいるなら俺はお前の部屋に行くから。どうせ俺のベッドで寝る気なんだろ」
一瞬の沈黙。そして至極、真面目な顔で満希が言う。
「うん。まぁ、あれだ、一緒に寝てもいーじゃん」
「嫌だ、狭いもん」
即答です。
「ったく、わかったよ」
あれ、今日はやけに物分かりがいいじゃないか。いそいそとベッドから降りる満希を少し感心した表情で眺める。
「じゃあ、こっちで寝るわ。タオルケットだけ借りるな」
ソファに丸まると、もう寝に入る。この胆の太さを持ちながらビビりで腹痛持ちとは、神はなんてアンバランスな秀才を世に放ってしまったのだろうか。
俺も、思った以上に疲れてしまっていたようでいつの間にか夢の中に落ちていた。
そして、何事もなく迎えられるはずだった翌朝。
穂積てまりの刺殺体が発見された。