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第7灯

Y県 月光館 2016年10月22日 午後6時~


ホールにはすでに俺と満希以外のメンバーが勢ぞろいしていた。

「遅くなっちゃってごめんなさい」

俺が明に謝ると、先ほどとは違い華やかな深紅のパーティードレスに身を包んだ明が首を振って笑う。

「いいのよ、時間ぴったり。さて、晩餐を始めましょうか。烏丸の料理は本当においしいのよ」

「恐縮でござます。それでは、早速、前菜から―――」

烏丸はそう言って、順々に料理をフルコースで給仕していく。

明の言った通り、その味は俺の貧相な舌でもわかるくらいうまかった。先ほどよりもさらに酒が回ったと見える要は、ジョークもそこそこに豪快にも芸能界の裏話をしていた。中学生には少し刺激の強い話も。

デザートとの白ブドウのシャーベットが運ばれてくることには俺の腹もこれ以上は入らないと悲鳴を上げていた。

「それでは皆様。しばしの食休みののち、二十時の定刻通りに第一回目の推理会を行います。同じ席に着席になられてお待ちくださいませ」

灯がすっと俺の隣にくる。

「灯哉くん、その後、何かわかった?」

「ごめん、まだなにも。実際、予告状の差出人がこの中にいるかもわからない状況なんだ。もう少し、他の人の動きを見てみないとなんも言えない」

「そ、そうだよね。ごめん、急かしちゃって」

「ほほう。お二人さんは仲がよろしいのですな」

権田が俺と灯のことを見て微笑ましそうに言う。

「いや、違いますって」

って、言って灯のことを一瞬見る。むむぅ、なんとも言えない表情。

「あ、いや、そうではなくて、普通に仲良いです。クラスも同じですし(この間まで話したことなかったけど)」

「まぁまぁ、何事も自由ですぞ。気になさらず。年寄りの独り言です」

灯は少しばつの悪そうな顔をして「じゃぁ、よろしくね」と言って席へ戻っていった。

しばらくして玄関ホールにあった、大きな置時計が鳴る。さぁ、二〇時だ。


Y県 月光館 2016年10月22日 午後8時~


「さて、皆さま、第一回目の推理会を始めてまいります。今回の集いでは初回になりますので、手順も少し説明しながら進めていきます」

烏丸が司会として進めていくようだ。そして、推理会には明も参加者の一人として参加するらしい。

「通常は数枚投函されたカードの中から、取り上げる一枚をランダムで選ばせていただくのですが、今回、この時間までに投函されたカードは一枚のみでした。ですので、こちらを使用いたします」

そう言って、烏丸は胸ポケットから一枚のカードを取り出す。

「それでは読み上げます」

一同が、息をのむ。雨の音だけがホールを包み込む。

「被害者、穂積てまり様」

ひぃっ、とてまりが悲鳴を飲み込む声がする。

「死因、刺殺による失血死。解明する謎の番号は三番です」

淡々と読み上げていく烏丸。虚構の話とはいえ、気持ちが良いものではなかった。

「番号が明らかになりましたら、こちらの番号が書かれた封筒を被害者に選ばれたお客様が開封します。この中に、解明すべき謎が入っております」

「ってことは、あたしが開封しなければいけないのよね」

てまりが恐る恐る、テーブルの上に並べられた封筒の中から「3」と書かれた封筒を手に取り、天井のシャンデリアの光で透かしてから開封をする。

「それでは穂積様、今回の謎をお読み上げください」


「はっ、はい。では――」

てまりが滑舌の良い発音で最初の謎を読み上げていく。



ある朝のこと。2階建てのアパートの一室で若い女性の死体が見つかった。

首には紐のような跡がくっきり残っており、絞殺であることは明らかだった。

第一発見者は隣の部屋に住む若い男性。激しい雨目の中、アルバイト明けにアパートに帰ってきた時には、窓から男女が激しく争う声が聞こえていたそうだ。しばらく経つと争う声は止み、自室の玄関から隣の部屋のドアを見ると扉は開け放されていたという。下手に巻き込まれるのも嫌だからそのままにしていたが、朝になっても扉は閉まっておらず、不審に思って中に入るとすでに彼女はこと切れていたということだ。

その後の事情聴取で男性は、フードを被った不審な男とアパートの階段で何度もすれ違っていた証言した。


話を聞いた刑事はこの男性を逮捕した。


さて、これは真実の罪か、冤罪か。



ん、子供だましのような謎解きなのだろうか。向かい側に座る満希を見ると、既に「ひらめき屋さん」モードに入っており、目を伏せて腕を組んでいる。

「穂積様、ありがとうございます。それでは、この謎に関してここから30分間の推理となります。根拠も含めて正しい答えが導き出せたら穂積様は無事生還です。では、皆さま自由な推理を」


「なんだか、2時間サスペンスで冒頭にある殺人シーンみたいだなぁ。ま、この男は犯人ではないだろうな。あとから真犯人が出てくる、大体そう相場が決まってる」

要は推理を楽しむどころか、しょっぱなから酒が回って興ざめな発言をしている。

「要さん、少しは真面目に考えてくださいよ。せっかくの集いですので。さ、名探偵さんの見立てはいかがですの?」

明が満希に話を振る。

「うーん。証拠というか、情報が少ないからまだ何とも―――。シ・ツ・ジさん、これ、質問ってできますか?」

なぜ、ジツジと片言で言ったんだ、満希。

「すみません、謎解きに使っていただく情報は封筒の中に記されているものだけと決まっておりますので―――」

烏丸は申し訳なさそうに答える。

「頼むよぉ、満希くん。このままだと私、刺されちゃうわ」

本当に刺されるわけではないのだがてまりは殺害予告をされた被害者予備軍になっているわけだ。この先ゲームに参加できなくなってしまっては、彼女もつまらないだろう。なんとしても、これは解決したいところだ。

「密室殺人ではないということを考えると、登場人物の誰かが犯人であることは間違いないと思うのだが・・・」

権田が独り言ともつかない発言をする。「確かに、そうだよなぁ」という空気が流れまた沈黙が訪れる。

「あの・・・」

どこからともなく、か細い声が聞こえてくる。声の主は灯だった。

「あの、見方を変えるのはどうですか? この文章は男性が女の人を殺したがどうかの謎解きをするのではなくて、真実の罪かどうかというところを争点にしていますよね。じゃあ、その罪というのが「殺人」ではなかったとしたらどうなるでしょうか」

さすが眉目秀麗、才色兼備。頭もよく回るな、彼女は。

「おお、さすがは明さんの娘さんだ。するどいねぇ」

要が感心したように手を鳴らす。

「いや、それはないだろう」

あーあ、まったくこいつは。

「どういうこと、留木くん?」

「ほう、君は何か意見があるのかね」

権田も満希の次の句に興味を持っているようだ。

「まぁ、先に断っておくけど、俺だってこの推理に確証はない。いかんせん情報が少ないからさ。まず、文中では確かに何に関する罪なのかは明言されていないけど、それ以上におかしい点がある」

「どこどこ」

思わず、てまりが身を乗り出す。聴衆も聞き入っている。

「それは――――うっ、痛てぇ」

あ、やっぱりここでもダメか。満希の悪い癖というか、もう、反射というか。

「腹痛てぇ・・・ちょっと、すんません、トイレに」

そういうや否や、席を立って部屋を出ていく満希を俺以外の全員が目を丸くして見送る。

「だ、大丈夫なの、彼」

てまりが一転不安そうに声を上げる。

「すみません」

俺は申し訳ない気持ちで右手を少し上げる。

「榎本さま、いかがなさいましたか」

烏丸が素早く当ててくれる。

「少し、あいつ、満希について説明させてもらってもいいですか…」


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