第4灯
Y県 月光館 2016年10月24日 午前9時~
何度もカーブを重ねる山道は、昨晩まで降り続けていた雨のせいで非常にぬかるんでいた。タイヤがとられて運転しにくいことこの上ない。
「あーあ、昨日洗車したばっかりなのに。なんで電車通ってないんだよ、ここ」
「晴吾の運の悪さはさすがだよな。ま、俺と組まされてるあたりがその運の悪さを象徴してる感じだけど」
「はいはい、うるさいですよ」
「そういうところが可愛いんだよな」
そう言ってハハハと笑う。なんでこんな兄貴が警部を務められているのかと思うと世の中は不思議なことだらけだ。
「はいはい、そろそろ着きますよ。池淵警部」
小高い丘にそびえる月光館は何度か見たことがあった。しかし、今や焼け焦げた骨組みがわずかに残るばかりだ。すでに消防車など警察車両が何台か止めてある。
「お疲れ様です」
黄色いテープを引き上げてもらって中に入る。火災現場は初めてじゃないが、何度来てもこの焦げた匂いには慣れることができない。ダッフルコートの胸ポケットからマスクと手袋を取り出してつける。
「すみません、ここは部外者以外―――」
「あぁ、兄さん、手帳出して」
兄さんはスーツを着ない。基本私服なのだ。署長もなんだかんだで許してしまっているが、いい年してちゃらちゃらしたその姿はどう見ても警部どころか警察にも見えない。
「あ、ごめん。おれ、刑事ね」
そう言って颯馬が警察手帳を見せる。
「はっ、申しわけございません!イケブチ(、、、、)警部でありましたか」
「イケフチ(、、、、)な。ま、いいや。慣れてるからさ」
颯馬がようやく現場には入れたところで所轄から報告をもらう。
「県警の池淵警部補と、こちら池淵警部です。今わかっていることを教えてもらってもいいですか」
朝からこの現場を歩き回らされていたのだろう。彼の靴はすでに汚れで真っ黒になっている。
「はいっ。月光館は全焼で燃え跡を鑑識が現在捜索しております。燃え跡で見つかった遺体は全部で四体で、他殺の可能性が濃厚なのは一体。胸にナイフが刺さっておりました。残りの遺体も併せて現在司法解剖中で結果待ちになります」
「なるほどね。まぁ、ただの火事ってわけではないと。そう、生存者三名の発見状況は」
俺は胸ポケットから取り出したのかメモ帳に聞いたことを書き留めていく、
「はい。少年は現場からほど近い森の中で意識を失って倒れているところを発見されました。もう一名の男性は、館の玄関、ちょうどあのあたりですね。あそこで倒れているのを匿名の通報を受けて到着した救急隊に発見されました。救急隊からの報告ですが、少年の方が搬送される直前に一瞬意識を取り戻してうわ言のように『おんな』とつぶやいたそうです。その直後また意識を失って、どうやら大量の煙を吸っていて目覚められるかは五分五分との話でした。もう一名は、火傷の治療はできそうでも、煙を吸っているためいつ目覚めるかはなんとも言えないとのことです。最後の1名屋敷の裏手で気を失っているところを発見されていて、三人とも現在はF市中央病院に搬送されています」
「わかった。ありがとう。意識が戻ったらすぐに僕に知らせてくれるように手配してもらってもいいかな」
わかりました!と敬礼をしてくれる彼。従順に職務を全うしてくれる所轄がいてくれて助かる。
「あ、あとさー、館に集まっていたメンバーのリストとかはないの」
横から颯馬が注文を入れる。
「ええと、確か―――あ、ありました。登記簿上の館の所有者である多賀城明の自宅から押収された招待者リストのコピーです」
「お、さんきゅー。多賀城ってあれだよな、元女優の」
「うん、引退してからはメディアに出ることは一切なかったと思ったけど」
「ってかさ、リストには探偵少年の名前はないけど…どうしていることが分かったんだ?」
「まぁ、煙を吸った状態で発見されてるし、関わっていたとみて間違いないと思う。たぶん、別口で招待されてたんだろうね。娘の灯とは同じ中学校なのは裏が取れてるみたいだし」
「ふうん」
「それにしても、こんなところに別荘なんて買って何をしていたんだろ」
広大な敷地が無残な焼け野原になっているのを改めて見ると、無力感というか、虚無感のようなものが押し寄せてくる。そんな俺を見越したのか、颯馬に背中を思い切り叩かれる。
「痛って。なにすんのさ」
「シャキッとしろよ。ここで引退した大物女優が何をしていたかを調べるのが俺らの仕事だろ。とりあえずさ、当面はこのリストが一番の手掛かりなんだから、まずは多賀城明から調べるとしようか」
颯馬はいつもマイペースなんだ。きっとだから今までどんな事件にも心を乱されることなく向かい合ってこれているんだ。
見習わないとな…。
「とりあえず、事務所に行こう」
「え」
「多賀城明が所属していた事務所だよ。このリストに載ってる、穂積てまりと要隆次郎もそこに所属しているんだろ。ヒントがないわけないだろうに」
「まぁ、そうだね」
「だから、行くぞ。東京だ」
「じゃあ電車手配するね」
そう言ってスマホを取り出した俺の手を颯馬が止めて一言。
「いや、車でいいじゃん。頼んだぞ、晴吾」
見習うのはやっぱり保留にしておこう。




