第2灯
Y県 月光館 2016年10月22日 午後1時45分~
「さて、目的地は一緒なわけだし、私もご一緒していいかしら」
てまりがすんなりと満希の隣を陣取ると同じスピードで歩きだす。
「あ、ええ。でも、どうして俺たちが多賀城さんに招かれた客だと分かったんすか?」
満希が藪から棒に質問する。とはいえ、それは俺も思っていたし当然の質問だった。
「ああ、なんとなくよ。強いて言えば、勘、かな? こんな山奥までわざわざバスで来るのには特別な理由があるわけだし、さ。それに集合時間に間に合わせるためにはこのバスしかなかったでしょ?」
確かに。2時間に一本しか走っていないこの路線は、今乗ってきたバスを逃すともう自力で集合時間までにたどり着くことは不可能だったのだ。
「あ、あそっか。そうっすよね」
満希はてまりの答えが手に入った途端に興味を失ったように身を引いた。
「あれ、あたし、警戒されちゃったかな」
小声でてまりが俺に耳打ちしてくる。ちょっとドキッとしたのは俺だけの秘密だ。
「いや、満希はこういうヤツなんです。あんまり気にしないでください」
ならよかった!とほっと胸をなでおろす仕草も全部テレビで見てるまんまだ。かわいい。
「あ、見えてきたよ!あれだよね。噂には聞いてたけど、立派なお屋敷だなぁ」
坂を上り切った先に見えたのは、いかにも「お屋敷」と言わんばかりの大きな建物が鎮座していた。白色の壁が秋の日差しが反射してまぶしい。建てられて長く経っているようではあるが、蔦が絡まることもなくよく手入れされている。
茶色の大きな扉を開けようと俺が手をかけると、扉は内側から自動的に開かれて、思わず前につんのめる。
「おおっと」
転がり込むように玄関ホールに入った俺たちは、吹き抜けの開放的な玄関ホールに圧倒される。
「うわぁ、広いなぁ。ザ・お屋敷って感じだわぁ」
てまりか感嘆の声を上げていると、急に後ろでドアが閉まる。
「うわぁっ」
驚いて振り向くと、そこには上質の生地であることが明白な黒スーツに身を包んだ初老の男性が立っていた。ドアが勝手に開いたと思ったのは彼が開けてくれていたわけだ。
「もう!びっくりさせないでよぉ」
てまりが悲鳴に近い声を上げる。
「失礼いたしました。お屋敷に魅入られていたご様子でしたので、邪魔してはいけないと思いまして。改めて、ようこそ、月光館へ。穂積てまり様に、留木満希様、そして、そちらが榎本灯哉様ですね。お待ちしておりました。わたくし、執事の烏丸文太と申します。皆様がご滞在の間、お世話をさせて頂くことになっております。よろしくお願いします」
そう言うと、深々と烏丸は腰を折る。
「あ、よろしくお願いいたします」
俺もつられて礼をする。
「さて、すでにご到着のお客様が談話室にてお休みです。いったん、そちらにご案内いたします。ああ、あと宿泊用のお荷物はこちらに置いておいてください。後ほどお部屋までお運びしておきます」
「ああ、じゃあこれをお願いします。ちょっと重いですけど、すみません」
俺は肩から掛けていたボストンバッグを床におろす。満希は手ぶらだ。満希の着替えなどもろもろも俺のバッグに入っている。自分の宿泊用の準備すら面倒だからと言ってしないから、結局俺がしている。でないと、平気で同じ服を3日以上着ているんだから、困ったもんだ。
「あたしのはこれをお願いしますっ」
「ええ、かしこまりました。それではこちらへどうぞ」
玄関ホールを右奥に進んでいく。廊下には真っ赤なじゅうたんが敷かれている。満希は物珍しそうにきょろきょろあたりを見回していて、高級美術品が置かれているとか、そんなことはないのだが上品さが漂う。白色が基調になっているせいだろうか。
「そういえば、どうしてここは月光館と呼ばれているんですか」
てまりが烏丸に質問をする。
「ぶうぇっくしゅん‼」
あ、タイミングの悪さ、この上なし。
「榎本様、お風邪でもひかれましたか?」
「あ、いえ、ちょっとムズムズしただけです。すんません」
「すみません。空気が読めない助手で」
満希はこんなときばっかり調子に乗る。
「であればいいのですが。さて、月光館についてでしたね。穂積様はご来館が初めていらっしゃいましたね。由来は諸説あるのですが、こちらは、既にご覧頂きましたように、山奥の丘の上に建ちます真っ白な館です。その姿が暗闇の中に浮かぶ月の様だとか、陸の灯台だとか言われたことが発祥と言われております」
「じゃあ月見ヶ丘っていう地名も――」
「ええ、そうです。館が建てられた後でバス停の名前が変わったんです。まぁ、この館に用がある方ぐらいしか利用されないバスですから、その辺りは寛容だったと聞いております」
そうして、烏丸の足取りが扉の前でぴたりと止まる。
「こちらが、談話室でございます。遊戯室も兼ねておりますので、滞在の間はいつでもご自由にご利用下さいと奥様より言伝でございます」
おそらくシルクで作られた白い手袋をはめた烏丸の手で扉が開かれる。
案内されるままに室内へ足を踏み入れる。
広い。いくつか高級そうな家具が並び、既にいた数名が振り返る。奥にはビリヤード台が見える。ああ、これは本当のお屋敷だ。
「あ、榎本くん!」
どこからか聞き覚えのある声がする。
部屋の右奥の方から駆け寄ってきたのは多賀城灯、今回の依頼人だった。
「よかった、来てくれて。もしかしたら、来てくれないかと思ってたの」
「お前、信用されてないな」
うるさいぞ、満希。無視して灯のほうを向く。
「や、やぁ。だって、約束したもの。そりゃ来るよ。でも、やっぱり来てよかったのかな。こんなに立派なお屋敷で開かれる催し物に俺らみたいな中学生が」
「もちろんじゃない!二人は私のお客さん。お母さんもオッケーしてくれてるし」
そういうと、灯はにっこりと笑う。それをされたらもう、勝てないじゃないか。
「なぁに、灯哉くんモテモテじゃない。あたし、嫉妬しちゃいそう」
俺と灯の会話を聞いていたてまりが悪戯っぽくいう。
「い、いや、そういうんじゃないっすから!今回、俺と満希は多賀城さんの依頼で。な、満希?」
「ん、そうだったっけ。うらやましいな、俺もモテたい」
(こいつ・・・)
「ふふっ、榎本くんと留木くんって本当に仲良しなのね。それに、生の穂積さんに会えて本とうれしいです!アニメ大ファンで!」
「あら、そうだったの。明さん、あ、お母さんには私も本当にお世話になっていたから、『オレも会えて嬉いぜ!』なんちゃって」
てまりは、またさっきとは違うアニメの主人公の声をだして舌を見せる。
「わぁ!本物!うれしいなぁ。よろしくお願いしますね」
そして灯は不意に時計を確認する。
「あれ、烏丸さん、お母さんってそろそろ帰ってくるんだっけ?」
さっきまで横にいたはずの烏丸は、いつの間にか部屋の中央にあるテーブルの花瓶に水をやっている。瞬間移動ができるのか、彼は。
「ええ、3時にはお帰りと聞いております。なので、もう間もなくかと」
「ありがとう。それじゃあ、お母さんが帰ってきたら改めて紹介しますね。それまで、少し寛いでいて。えっとーーー」
「ん?」
「あの、榎本くんだけ、ちょっと私の部屋に来てもらってもいい?」
どうして、そこだけちょっと目をそらして伏し目がちになって言うのだ。
「いいけど」
背中からてまりと満希の声が聞こえてくる。
「あら、やっぱり」
「さすがだな」
いつからそこの二人はそんなに仲良くなっていたんだよ。
2人を談話室に残して、俺は灯の後を追う。女子の部屋にお招き与るとはなんとも罪な男だよ、俺は。