第19灯
F市 月光館 2016年10月23日 午後11時半~
ガチャ。俺は、そっと扉を閉める。
「やっぱりここだったんだね」
驚きの表情を隠せない灯。そして、開きっぱなしになっている鏡台の後ろの隠し通路への扉。
「え。どうして…」
「いやね、本当はこんなことしたくなかったんだ。でもさ、灯さん、なかなか本当のこと話してくれそうになかったからさ。いるんでしょ、その奥に」
「はぁ、ダメね私。お母さんの秘密は最後まで私が守るって決めたのに」
扉の隙間から白色の煙が室内に流れ込んでくる。
「ゲホ、ゲホッ。あれ、これって」
「もう時間がないみたい。何も知らなかったことにしておいてなんて、わがままは聞いてもらえないよね。灯哉くんに依頼をした最初の時点でもう結末は決まっていたのかもね。もう、お母さんもいないし、あの子も自由に生きられるはず」
灯がそう言って部屋の窓を開け放つと向こう側には漆黒の夜闇が広がっていた。雨はいつの間にか止んでいた。
「じゃあね」
クラスで別れる時のようにさっと彼女は窓のふちを超えて向こう側に消えた。
「灯さん‼」
声を出した時に煙を大きく吸い込んでしまって気管が焼けるように熱い。
くそっ、こんなはずじゃなかったのに。
視界に靄がかかったようになって、前後左右がわからない。
膝から床に突くと、そのまま頭がぼーっとしてくる。
にゃーん。
(え、猫)
にゃおん。
(こっち)
(え)
(がんばって)
(だれ)
(だいじょうぶだから)
榎本灯哉の意識はそこで白色の煙に飲み込まれて溶けて消えた。
Y県 F市内 2016年10月25日 午前11時~
翌日、捜査会議の後で俺は颯馬の希望にこたえてF市で最も大きな図書館に車を走らせていた。なんでも、ちょっと調べ物があるんだとか。彼は俺には見当もつかない次元でこの事件を見ているのだろう。
そんな中、車で待つ俺のスマホが鳴る。
「はい、池淵です」
電話の主は、合同捜査をしているF市警の刑事からだった。
「え、火傷を負った男が病院から姿を消した?そんな、動けるはずないのに。ええ、分かりました。すぐ病院に向かいます」
電話を切ったところで颯馬が戻ってきた。
「調べ物は見つかった?」
「ああ、ばっちりだ。電話、なんかあったか?」
俺の右手にあるスマホを見て颯馬が聞く。
「あ、病院で意識不明だった男性がいなくなったって」
「ああ、やっぱり」
「やっぱりってどういうこと?」
「まぁ、そろそろだと思ったんだよ」
颯馬はここまで予測していたっていうのか。この飄々とした様子から俺が読み取れているのはほんの上澄みでしかないってことなんだと、改めて思い知らされる。
「病院に向かうよ」
「いや、向かうのはそっちじゃない。月光館だ」
Y県 F市内 2016年10月25日 午後1時~
昨日ぬかるんでいた道はだいぶ乾いていて走りやすかった。
今や月光館に人影はなく、危険を示す黄色いテープが張られているだけだった。
「烏丸さんいるでしょ」
颯馬が燃え跡に向かって大声をだす。
「え、烏丸って執事の烏丸さん?」
「うん。俺の予想が正しければ、彼はここに来る。そう、探し物のためにね」
月光ヶ丘は静まりかえっていた。やっぱり、ここには誰も―――
パキッ
小枝を踏むような小さな音がする。颯馬が笑った。
僕らが振り向くとそこには病院着をそのままに着流した男が立っていた。
「やっぱり、ここでしたね。烏丸さん、いや、要さん」




