第1灯
Y県 月光館 2016年10月22日 午後1時~
「ちょっと、頭重いから」
ウトウトしていたと思ったら、ついに寝入ってしまい、何度ももたれ掛かってくる満希の頭を元の位置に戻す。まったく、これだけで肩が凝ってしまいそうだ。一方、満希といえば相変わらず夢心地のようで、バスの揺れに合わせてまた俺の方に戻ってくる。九十九折の山道をバスが走りだしてもう30分が過ぎていた。
俺と満希はY県の山奥にある館に向かっていた。満希は中学2年生でありながら、ひそかに探偵業を営んでいる。まぁ、営むといっても依頼を引き受けてくるのも報酬の管理も基本的には俺がしているわけで、満希はさしずめ「ひらめき屋さん」といったところだろう。小さなことだと給食費の盗難から、迷い猫の捜索、大きいものだと警察と協力するような難事件まで手広くこなしている。
今回はある元有名女優が持っている館での催し物に招待されたのだ。まず、なぜ「元」有名女優かというと、以前はドラマに映画にCMにと引っ張りだこだったのだが、ある時期を境にきっぱり仕事を受けなくなり、その後、電撃引退を表明したからだ。それも十数年前の話になる。
そして、俺たちのような一介の中学生がどうしてそんな大物女優のご招待に与ったのかというと、実に単純明快。彼女は俺たちの同級生である多賀城灯の母親なのだ。
Y県 K中学校 2016年9月13日 午後3時~
「ねぇ、榎本くんって留木くんと一緒に事件を解決してるんだよね」
夏休み明けの課題テストが返却されて、顔面蒼白の俺に対して藪から棒に声をかけてたのは今年から同じクラスになっていた多賀城だった。
「え、あ、あぁ。ま、そんなところかな」
俺と満希の活動は公にはしていないものの、何となく校内で噂にはなっているのだ。週刊誌などで何回か取り上げられてしまってこともあって、俺たちは別に否定をしないことにしていた。
「ちょっと、相談があるんだけど、いいかな?」
多賀城とはクラスメイトであるものの、ほとんど話したことはなかった。女子の中でもハイカーストに位置する彼女は、別に揶揄する意味でもなく高嶺の花なのだ。俺みたいな学校生活の中では特に目立つことのない底辺男子は遠くから眺めるのも気が引ける。そんな彼女が真剣な表情で俺を見ている。俺と彼女だけの空間みたいだ。もちろん、妄想だけど。
「ねぇ、榎本くんってば。聞いてる?」
不意にクラスの喧噪が戻ってくる。
「あ、ごめん。聞いてる。それで、相談って…?」
多賀城は辺りを見回す。
「ありがと。ちょっと、ここじゃ周りに人がいるから、放課後、理科準備室で待ってる」
そう言うと、彼女は俺の答えを聞かないまますっと身を翻すと上位の女子グループの輪に戻っていった。一瞬、期待したけど、理科準備室では彼女に告白されるなんていう青春イベントは当然、なかった。
Y県 月光館 2016年10月22日 午後1時30分~
(あん時の多賀城、キレイだったなぁ)
「なぁ、顔キモイぞ。どうした?」
左を見るといつの間にか起きていた満希が俺をまるですごく下品なものを見るような目で見ている。さっきまで俺の肩を気持ちよさそうに使っていたというのに、この仕打ちはないだろう。
「あ、なんでもない。それより、満希、ちゃんと起きたの?」
「うん、まだ眠い。別荘まであと、どんくらいあるの?」
大きな目をこすりながら満希が答える。
俺はスマホをとりだしてマップを開く。しかし、白い画面が表示されたきり、地図はいつになっても表示されない。画面左上の電波の強度を確認すると、一本も経っておらずほぼ圏外ではないか。現代でスマホの電波が届かない場所がまだ残っていようとは。
「ちょっと待って、電波ないからこっちで確認するわ」
リュックから地図をとりだす。もしものことを想定するのは助手の役目。何でも持っていなければいけない。
「えっと、今がこの辺りだから・・・あと、15分ぐらいじゃないかな」
「ふーん、それじゃもうひと眠りするわ」
自分で聞いておいて答えが手に入るともう興味を失う。これが満希の常である。俺はすっかり慣れてしまっているが、初対面でこれをされる人は彼を疑うこと間違いなしだ。
だから調査の時はできるだけ俺が聞き込みをしていく。でないと、大事なことを聞き逃してしまう可能性があるから。
ずん、と右肩に重量を感じる。満希はもう夢の中だ。
こうやってスヤスヤと寝息を立てているだけなら小動物みたいで可愛いやつなのになぁ。満希がひそかに女子人気を獲得しているということも俺は知っている。ま、満希からすると女子なんてみんな、ただの有象無象、どれも同じって感じなんだろうけど。
バスの中の乗客はまばらで、運転手の後ろにはお地蔵さんのように動かないおばあさんが。乗車口の正面にはニット帽をかぶってマスクをした若い女性、そしてその2席後ろに俺たち。窓の外はどこまでも続く秋色の森だ。リスやキツネや野生の動物たちがいそうな感じだ。
「ねぇ、もしかして君たちも多賀城さんに呼ばれたの?」
思い出したように前に座る若い女性が振り向いて俺に聞く。
俺が怪訝な表情をしてしまったのか、女性は帽子とマスクを取る。どこかで見たことある整った顔立ち。短く切りそろえられた髪はボーイッシュで、その、すっごくタイプだ。
「あ、あたし、女優やってる穂積てまり、知ってるかな?」
(なんと!)
「え、あぁ、はい、知ってます」
穂積てまりといえば、大型芸能事務所に所属している最近、絶賛売り出し中の若手女優だ。ドラマはもちろんだが、CMや最近ではアニメの声優までこなすオールラウンダー。おまけに性格もすこぶる良いということで、各現場のスタッフから絶賛の嵐で仕事が絶えないそうだ。
「わぁ!うれしいな。むむ、見たところ君たちは中学生ぐらいかな。もしや、アニメ見てくれてる?」
天真爛漫の無邪気さ。同級生と話しているようだ。俺みたいな地味メンと呼ばれる部類の男子には縁遠い存在。
「あ、はい。見せてもらってます。ちなみに、俺は榎本灯哉って言います。んで、こいつが留木満希です」
依然俺の肩を使い続ける小動物を指指して紹介する。
「ふむふむ、灯哉くんに、満希くんね。覚えやすい! 改めて、『よろしくなのですっ』」
「おぉ」
サービスなのか、彼女はアニメキャラのセリフを言ってくれた。本物だとやっぱり感動するものだ。
「さてと、そろそろ到着かな。小銭用意しておかないと。普段使い慣れてるから、ICパス使えないと不便よね」
そうだ、このバスは現金のみだったんだ。俺は満希を叩き起こすと二人でありったけの小銭をかき集めて運賃ピッタリの料金を握り締める。
次は月見ヶ丘、月見ヶ丘。お降りの方はバスが完全に―――
目的地だ。先に、穂積さんが、それに続いて俺が二人分を払って満希と共に降車する。
バス停から見える小高い丘の上には巨大な館が建っていた。あそこが今回の目的地にして、クラスメイトの多賀城灯の母親の別荘なのである。




