第14灯
都内 C区 プリズムプロモーション前 2016年10月24日 午後4時~
事務所で聞くことができた話を総合するとおおよそこんなものだ。
・穂積てまりは誰もが憧れる注目若手女優で恨まれるような性格の悪さも無かった
・てまりには姉がいた(数年前に他界)
・一方、マネージャーの要は敏腕なのは誰もが認めるが、後ろ暗いうわさも後を絶たなかったとのこと。特に金と女性回り。
・多賀城親子に関してはほとんど情報なし。事務所で唯一話が聞けたのは長年勤める庶務のおばさんだけだった。と言っても、聞けたことと言えば事務所を辞めてから数回、彼女が事務所を訪れていたとのことだけ。来訪理由は見当もつかないとのこと。
「ところで、兄さんは社長室で何を見つけたのさ」
「ん、いや、別に大したもんじゃないよ」
まぁ、教えてくれないだろうと思って聞いているから、この反応も予想済みだ。
「はいはい。事件の謎は警部がお一人で解かれるんですね。では、すぐにこの車から降りて自力でY県までお戻りください」
「おいおい、一応おれ、上司なんだから発言には気を付けておくれよ。人事考課に影響しちゃうよ」
「全署員が失望するぐらいの公私混同で働いているあなたからの査定はきっと何の効果もないんでお好きなように。さ、車降りますか?」
「はぁ、わかった、わかった。社長室で見つけたのは写真だよ」
「誰が写ってたの?」
「社長と多賀城親子。幸せそうだった」
「じゃあ、社長の話は本当ってことなのかなあ。どう思う、この件、なんかキナ臭いような気もするんだけど」
「火事だけにキナ臭いか。うまいね」
あのさぁ…とにらむと颯馬はわざとらしく口を押える。
「つい、癖で。ん、まぁ、やっぱりただの火事ってわけではなさそうだよな」
ポケットに入れたスマホの振動が太ももに伝わる。
「兄さん、電話でて」
運転中の俺は当然電話に出ることはできない。少し尻を浮かせてつまみ出したスマホを颯馬に渡す。
「池淵です。あ、兄の方ね。そうそう、警部の方」
心の中で電話先に同情する。面倒な奴が電話に出てしまった。
「ああ――――はいはい。――――うん、そうか。わかった。ごくろうさま」
そうこうしている内にあっという間に電話を切る颯馬。ちゃんと用件は聞けたのだろうか。
「誰から」
「鑑識の宮越さん。お前のこれ」
そう言って、小指を立てる颯馬。
「だから違うって言ってるじゃん。ってか兄さんには関係ないし。詮索しないでよ」
一つ屋根の下で暮らす仲なのに、とか颯馬は戯言を言っているが宮越さんのことは彼とは関係のないことなんだ。
宮越さんはY県警に所属する鑑識さんだ。女性で鑑識なんて珍しいうえに、その腕も確かときたから、すごく目立つのだ。何回か事件で一緒に働いている内に同い年であることが分かって一気に距離が縮まった。何度か二人で食事に行ったりしているのは事実だが、やはりこれもまた報告義務もなければ颯馬が知る権利もない。
「で、なんだって」
不機嫌になる俺に動じることもなく電話の内容を話す颯馬。
「まず、遺体のうち三体の身元が分かった。リストに載ってた、穂積てまりと権田恭之介、そして多賀城明だ。DNA鑑定と歯の治療痕でほとんど間違いだろうって」
なるほど、リストに名前があったのはあと要と執事の烏丸、そして多賀城灯か。
「宮越さんからの情報はそれだけ?」
「あ、いや、あとは、三人とも火災前に死んでいたことが分かったみたい。気管の火傷がほとんどなかったって」
そうか。いよいよ、ただの火事ではなくなってきたわけだ。
「ごめん、ちょっと寄り道する」
社長の話が引っかかったの半分と、思い付き半分だった。あれだね、刑事の勘ってやつ。
Y県 月光館 2016年10月23日 午後5時半~
部屋に戻ると、満希はおらず代わりにベッドの上に「調査してくる」と殴り書かれたメモ用紙が一枚置かれていた。ようやくあの、気まぐれ腹痛名探偵が動く気になったのだ。自由にやらせてあげようじゃないか。
メモをくしゃって丸めてゴミ箱に投げ入れると、ベッドに倒れこむ。夕食の時間まではあと一時間ほどある。そんなことを考えていたらいつの間にかまどろみに落ちていた。
タタタタタ
(ん、足音?)
コンコン
(誰かが部屋をノックしている)
タタタタタタ
(あ、どこかへ行ってしまう)
はっ、夢か。起きた時は、部屋の中は暗闇だった。
「榎本様、お夕食の時間でございます。ご様子がすぐれませんか?」
扉の向こうで烏丸の声がする。夢のノックの音は彼だったか。
「いやっ大丈夫です。すぐに向かいます」
「かしこまりました。お待ちしております」
部屋の電気をつけて、簡単に身支度を整えると小走りでグレート・ホールへ向かった。
扉を開けると、既に客の全員が揃っていた。満希、起こしてくれたってよかったじゃないか。
「遅れてすみません」
「いやぁ、よかった。君だけが来ないから、もしかしてと嫌な想像をしてしまったよ」
要が冗談を飛ばす。この人は相変わらず余裕だ。
「それでは、全員そろったので夕食を始めましょう!」
明の一声で晩餐が始まる。昨晩と同じく、一品一品こだわっており、高級品が使われていることが分かった。次々と料理が運ばれてきて、各々が舌鼓を打つなか、満希が不意に口を開く。
「そういえば、明さんはどうして芸能界を引退したんですか?まだ、めちゃくちゃ綺麗なのに」
何もかも直球なこやつは、遠慮という言葉を知らない。
「まずは、ありがとう。私が引退を決めた理由ね・・・まぁ、いろいろあるわね。この子がいたこともあったし。やっぱり、子育てしながら女優業を続けていくってなかなか現実的ではなかったのよ。そういうと、この子のせいで辞めたみたいに聞こえちゃうわね。理由はほかにもあるんだけど、私も普通に生活してみたくなったのよね。有名人の名探偵さんならわかってもらえるかしら」
「まぁ、なんとなくは」
本当かよ、満希。灯は複雑な表情をしている。
「あの頃の芸能界は今よりもっと過激なこともたくさんやってたからなぁ。だからこそ面白みがあったようなもんだけど」
要がアルコールのせいか少し感傷に浸るような口調だ。彼もまた生き残りをかけて芸能界の荒波を乗り越えてきた者の一人であることは変わらないのだろう。
「そういう意味では文壇は昔っから変わりませんなぁ。だから私も昔のまま、時代錯誤に生きていますよ」
「権田先生ったらご謙遜を。今の時代にも通用する小説をずっと書き続けられるなんてやっぱり才能ですわ」
その後も、それぞれの近況報告も兼ねるような仕事柄の話をしながら晩餐は進んでいくのだった。
「さて、この後は皆様に3階の月光劇場にご移動いただき奥様の芝居をお楽しみいただきます準備がございますので30分後に劇場までお越しください。階段を下ろしておきます」
そういうと烏丸と明がホールから出ていく。
「明ちゃんの芝居を観るのは3年前に参加させてもらっていらいだなぁ。楽しみだ」
要はどうやら酒が回って機嫌がいい。
「演目はどんなものなんですかな。お嬢さんは何か聞いておりますかな?」
「いいえ、毎年お芝居の中身は母だけが知っているんです。私が聞いても何も教えてもらえなくて」
「はは、やはりプロ根性ですな」
申し訳なさそうな灯に対して、権田は非常に楽しそうである。




