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第11灯

Y県 月光館 2016年10月23日 正午~


「何か見つかりましたかね、名探偵」

談話室には一服を終えて要も戻ってきていた。明は相変わらず部屋にいるそうだ。灯が先ほど容体を確認してきたそうだ。

「その呼び方、やめてもらえます? なんか馬鹿にされてるみたい」

要の問いかけに満希が明らかに不愉快な表情をする。

「ああ、すまん、すまん。そんなつもりはなかったんだけどねぇ」

みんな、知らず知らずの内に気が立っているんだ。人が一人死んでいるんだもの無理はない、か。

「まず、結論から言うと、なんも見つからなくて、そのうえ誰も見つけられなかった。それが示すのはつまり――――」

一同が息をのむ。

「あっ、やば・・・」

お約束、ですよね。

「本当に確信を話そうとすると痛くなるんだな。一度病院で診てもらった方がいいじゃないか」

権田が本当に心配そうな様子でいう。満希はお腹を両手で押さえると、腰を折るようにしてトイレに消えていった。

「いや、あれはもう癖というか…あれがないと推理が捗らないというか…意外とあれのおかげで満希はうまくいってるんで大丈夫なんです」

俺はフォローにならないフォローを入れて満希が戻ってくるまでの間をつなぐ。これも、慣れたもんだ、と言いたいところなのだが、こればっかりはどうにも慣れない。気まずさはこの上ない。

扉の開く音。満希が戻ってきたと思い、振り返るとそこには明が立っていた。

「すみません、みなさん。お客さんをほったらかしにしてしまって」

先ほどより顔色は比較的、元に戻っていた。

「お母さん、大丈夫なの?」

灯が心配そうな声を上げる。

「ええ、大丈夫。問題ないわ。あれ、満希くんがいらっしゃらないようですけど」

俺はここまでの経緯をざっと明に説明する。

「すんません…」

申し訳なさそうな声がしたと思ったら、満希が帰ってきた。

「続きをたのむよ」

権田が促す。

「えっと、俺が調べた限り、犯人につながるなにかは見つからないどころか、外部から侵入されたような跡も見つけらんなかった。ってことはだ、結論はすげー簡単で、犯人この中にいるってことだけがはっきりした。今朝の時点でこの館にいた全員が容疑者ってのが、俺の見解っすね」

半分予想していたことだけに俺はそこまで驚くことはなかったけど、残りの面々はそうではなかったようだ。

「そんな、だって予告状はお母さん宛だったのにーーーあっ」

灯が両手で口を抑える。

「え、何のこと、灯。お母さん聞いてないよ」

「いや、その…」

思わず口を滑らせてしまった灯がばつが悪そうに説明をする。

「そんな大切なことを黙ったままお客さんを招待するなんて…みなさん、すみません」

明が本当に申し訳なさそうに、一回り小さくなって謝罪をする。なんだか年相応のただのお母さんになっていた。

「予告状にも集いは実施しろって言ってるんだよな。ってことは、この集いをしなかったら余計に死人が出るかもしれねぇってことだろ。冗談じゃねぇ」

要が苛立った声を上げる。

「ただ、この中に犯人がいるかもしれないってことなら、こうやって顔を突き合わせているなんてごめんだ。俺は部屋に戻らせてもらうぞ。自分だけしか信じられないなら一人でいた方がマシだからな」

そういうと要は早々に談話室を出ていった。気まずい沈黙を破ったのは烏丸だった。

「時間的には昼食ですので、ご入用の方には軽食をご準備いたしますが、いかがでしょうか」

「私はいらない。食欲がないの」

そういった灯以外、烏丸が準備したサンドイッチを無言で平らげていく。みんなは頭の中でいったい何を考えているのだろうか。

早々にサンドイッチを平らげた満希が俺のもとに寄ってくる。

「なぁ、灯哉」

「ん」

俺は探偵助手。満希が推理をしやすいようにことを運ぶのが仕事なんだ。


二時間なんて言う時間はあっという間に過ぎ、この日、一回目の推理会を行う時間となった。

部屋にこもっていた要もこの時間はしっかり守ってグレート・ホールに集まる。ルール違反を犯せば殺されるかもしれないという不安はやはりあるようだった。

一席の空白。穂積てまりが数時間前に死んだという事実が俺たちに改めて突き付けられる。しかも、この中の誰かの手によって。

烏丸は粛々と会を進行していく。

「それでは、投函箱に投函いただいたカードは二枚ございました。こちらの箱にその二枚が入っておりますので、私がこの場で抽選致します」

そういって、小ぶりの立方体に手を突っ込むと、一枚のカードを引き抜く。

「まず、被害者になるのは榎本灯哉様」

「え、俺? どうして・・・」

一同が息をのむ。

「死因は、服毒による中毒死。解明すべき謎の番号は1番の封筒になります」

朗々と読み上げられる物騒な言葉の羅列。ついに俺が被害者候補になったのだった。自身の頭には期待はできない。満希が助けてくれることを願うだけだ。

「封筒の中身を早く読み上げてくれ」

満希が烏丸を急かす。

「そう急かすんじゃねぇよ、探偵坊ちゃん。雰囲気も大事にしねぇと犯人に殺されちまうぞ」

なんだろう。要は余裕の様子だった。自分が被害者候補として名前が挙がらなかったからだろうか。

「ああ、すんません。助手が被害者になっちゃったからちょっと焦っちゃって」

「さぁ、みなさん、ちょっと落ち着いて謎を考えましょう」

明が促してくれたことで、烏丸が封筒を渡してくれる。被害者役が読むことで、本当にゲームは盛り上がるのだろうか。これ何事も起きていなければまだわからないが、もしかすると本当に命を狙われているわけだ。自然と手も震えてしまう。

1番の封筒の謎はおおむねこんなところだった。



明治も間近に控えた江戸時代。世の中を怪盗が騒がせていた。

ある者は美しい女性だったと言い、ある者は筋肉隆々の大男だと言い、ある者は杖を突いた老人であったと言い、実態は定かではなかった。

それもそのはず、その怪盗は鮮やかな手口で痕跡一つ残すことなく、予告していた品を盗んでいくのだ。そして、現れるのは必ず雨の晩だった。

しかし、おかしなことに怪盗が狙うのは高価な金品財宝ではなく、被害者にとってはどれも不要なものばかり。ぼろぼろの学生カバンなど憎まれるどころか、むしろ廃品回収ぐらいの感覚で喜ばれていた。

ある日、江戸の町に住まう流通業を生業とし、一代で巨万の富を築き上げた大金持ちの家に予告状が届く。

『明くる日の子の刻、貴殿の不要品を頂戴いたす』

大富豪は自分に不要なものなどないと言って、家の守りを自分の息子たちに固めさせた。

そうして、迎えた予告の晩。怪盗に何一つ盗まれることはなく、夜が明けるとその大富豪は町の奉行所に連行され流刑に処された。

大富豪にとって不要なものはなんだったのか。



俺が読み終えて周りを見回すと、皆が一様に腕組みをして内容の反駁に努めていた。

「なんだか説法や古今和歌集にありそうな話ですな」

権田が率直な感想を述べる。たしかに俺も似た印象を受けた。これは、単なる変わった怪盗の話ではなさそうだ。

「それでは皆様、自由な推理を」

烏丸の決まり台詞なのだろう。昨日行われた一回目の推理会を実施するときにも言ったセリフで俺たちの推理ゲームをスタートさせる。

「まずは、大富豪が連行されたという事実に注目しなければいけないですね。少なくとも彼は何かしらの罪を犯していたということですよね」

明が持論を述べる。

「たしかに。なんもなければ、町奉行が動くわけもないからなぁ。でも、怪盗との関連がわからねぇな。どうだい、探偵さん、何か浮かんだかい」

みんなが満希に注目する。

「んーなんもわかんないっすね。解けなかったらごめんな」

あっけらかんとした回答。そ、そんな。なんてことを言うんだ。

「満希くん、それでは困るよ。私が予告状のことは黙ってようって言ったからこんなことに。だから―――」

俺のために灯が必死になってくれている。うむ。こんなのも悪くないな。とはいえ、さすがに自分のせいで仮にも同級生が死ぬなんてことがあったらさすがに寝覚めが悪いのだろう。

「あ、大丈夫だよ。まぁ、一応、俺も頑張るから」

「よかった…」

「とりあえず、もう一回、文章を洗い直しましょう」

権田が建設的な進行をしてくれる。

「いらないものを持っていくのにどうして怪盗を名乗ったんでしょう? 直接、もらいに行けばいいような気もするんだけど」

灯が恐る恐る発言する。

「まぁ、いらないもんをくれってはなかなか言えないよな。そうなると、わざわざ予告状を出す意味も分からんが」

要も答えにたどり着くにはまだ時間がかかりそうだ。

「じゃあ視点を変えて、大富豪の不要な物って何だったんですかね?」

俺が、話題を提供する。

「自分ではないって言ってる以上、推測がつかないなぁ」

「あ」

満希が小さい声を上げる。

「どうしたの?!何かわかった?」

灯が色めき立って満希を見る。

「ふむふむ、なるほどね。そういうことか。わかったぞ」


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