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第9灯

都内 C区 2016年10月24日 午後2時~


都内までの約2時間半。颯馬は助手席で眠りこけていた。これが目的か。

「ほら、もう着くよ。起きて」

「んあぁ。早いなぁ」

俺は颯馬のボケを無視してC区の路地裏にある雑居ビルの前に車を寄せる。

「あんだけ有名な女優たちが所属してるっていうのに、意外と地味なんだな」

「まぁ、明らかに儲かってます感も良くないんじゃない?」

特に根拠もない返事をしながら車を降りてビルの中に入っていく。

エレベーターもないビルだ。玄関ホールで階を確認して上っていく。多賀城明がかつて所属していた「プリズムプロモーション」は四階だ。

「すみません」

申し訳程度に設置されていた受付には不機嫌そうな受付嬢が一人座っているだけだった。

「はい、本日はどういった御用で」

「少し前に連絡を入れた、Y県警の池淵です」

受付嬢の顔がハッとして、少しひきつる。警察の名を出すと一般市民の反応は大体こんなもんだ。

「お、お待ちしておりました。社長へお取次ぎいたしますので、そちらに掛けて少々お待ち下さい」

促されるままにソファに腰かける。受付嬢は社長に内線電話をかけている。

「なぁ、俺、結構タイプかも」

小声で何を言うかと思えば、颯馬は無駄な報告をいちいち俺にくれる。

「もうちょっと行儀よく待てたりしないの?」

はぁ、と無意識に出てくるため息。

「ため息はよくないなぁ、晴吾。幸せが逃げちまう」

「兄さんと組まされてるおかげでもう俺から逃げる幸せは残ってないよ」

「くー、言ってくれるね」

俺が言い返そうとしたところで、受付嬢が社長室に案内すると言ってドアを開けた。

事務所内は外からは想像もつかないほど華やかだった。まぁ、賑やかといった方が正確なのだろうか。連続ドラマに出演中の女優の等身大パネルに、CM出演中の俳優とのコラボ商品やポップの数々。そして、鳴りやまない電話の着信音。あちらこちらの、所属しているであろう俳優や女優が打ち合わせをしている。

そんな中をかき分けるように社長室まで案内されるのはひどく場違いな感じがして気まずい。

「こちらが社長室でございます。どうぞ」

受付嬢がドアを開けてくれる。

中に入ると、おおよそ社長室とはこんなものだろと想像したままの部屋に初老の男性が座っていた。表情は、少しやつれているようだった。

「ごくろうさまです。私が社長の粟屋あわやです。なんでも、多賀城や穂積、そして要のことで話が聞きたいとか」

「ご協力ありがとうございます。私がお電話しましたY県警の池淵です」

隣で、颯馬も「池淵です」と会釈をする。

「まま、立ち話もなんですからお掛けください」

粟屋に促されるままに高級そうな革張りのソファに腰を掛ける。

「それで、私は何をお話したらよいでしょうか。一応、お電話でY県警の方に知っていることはお話したと思うのですが」

「ええ、その節はありがとうございました。今回はまた少し違った角度からお話を伺えたらと思いまして」

「ほう。というと、火事で亡くなった人が分かったということなんでしょうか」

「いや、まだ鑑識や司法解剖の結果が出ていないので確証のある事は言えませんが、あの館に集められていたメンバーのリストからおそらくは―――」

「ああ!なんてことだ、穂積に要、そして明さんまで!なんで、いつもこうなるんだ…」

「心中、お察しいたします」

しばらくの沈黙の後、粟屋が口を開く。颯馬は部屋の中で勝手に物を手に取って見て回っている。

「あの、刑事さん…今回の事故、本当にただの火事だったんですか?」

「と言いますと?」

「山奥の館で火事が起きた。そして、その火事でうちの事務所の所属女優やマネージャー、そして以前所属していた女優が亡くなった。不幸な事故にしてはできすぎているような気がしませんか?」

「ええ、私たちもそう思っています。でも、社長は何かそんな『できすぎた事件』が起こってしまうような理由に心当たりがおありなんですか?」

「いえ、残念ながら。潔く引退した後の明さんとはもう、年賀状のやり取りぐらいの関係でしたし、穂積はご存知のように業界では引く手あまたの売れっ子です。まぁ、その点では要も同じですかね。彼の手にかかれば箸にも棒にも引っかからなかった娘でも一躍、時の人にまでなれてしまう。そんな敏腕の持ち主でした。ひがまれることはあったと思いますが、殺してしまうほどに恨まれるようなことはないと思うのですが」

「それは、事実ですか、社長の憶測ですか」

急に颯馬が話に割り込んでくる。

「え」

「いや、だから、三人が誰にも殺されるほどは恨まれていないっているのは、事実ですか、それとも社長の想像ですかって聞いてるんです」

「ちょっと、池淵警部、社長に失礼ですよ。すみません」

「あ、いや。いいんです。そうですね、あくまでも私の主観、憶測でしかないです。もしかすると私の知らないところであの三人の誰か一人でも殺されてしまうほど恨みを買っていたかもしれません。なんたって広い業界ですからね」

「わかりました。ありがとうございます。あともう少しだけ伺いたいのですが、明さんとは今、年賀状のやり取りぐらいしか交流がないと仰られていましたが、最後に明さんと会ったのはいつですか?」

「そうですねぇ…ああ、そうだ。灯ちゃん、彼女が中学に入学した時だから、二年前かな。その記念に会いました。実は、ここだけの話なんですが、灯という名前を付けたのは私なんですよ。そういや、灯ちゃんは大丈夫なんですか。自宅に連絡しても、誰も出ないから心配で」

俺は残酷な告知を彼にしなければいけないのは心苦しいが仕方がない。

「残念ですが―――」

「そんな…」と言ったまま粟屋が顔を覆って伏せてしまった。無理もないだろう。しばらく会っていなかったとはいえ、その昔可愛がっていた女優の娘で、しかも自分は名付け親と来た。結婚をしていない粟屋からしたら、灯は娘同然だったんだろう。

「犯人を早く捕まえてください」

「いや、まだ事件と決まったわけじゃ―――」

「でも、火事を起こした人間がいるんでしょう‼あぁ、中学生ならまだこれからっていう時なのに。刑事さん、頼みますよ」

粟屋の懇願するような瞳は直視できないほどだった。そして、その瞳から力が抜けて虚ろを湛えていくのを見た。

「すみません。今日はもうこれでいいですか。少し、一人にしてほしい」

「あ、いや、もう数点だけお話を―――」

「いや、いいっすよ。ご協力ありがとうございました」

颯馬が勝手に話を打ち切って俺を社長室の外へ連れていく。名刺だけは何とかテーブルに置いてこれた。

「ちょっと、まだ社長に聞きたいことあったのに」

「いいんだって。もう、知りたいことは知れたから」

意味深な発言はいつも通りで、額面通り颯馬は何か手がかりを手に入れたようだ。

その後、俺と颯馬は事務所に所属する女優、俳優、そして事務方の人間数名に話を聞いて事務所を後にした。


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