第0灯
プロローグ
何をも寄せ付けない暗闇の中で、二つの眼が光る。
しかし、その目から感情を読み取ることは難しい。
さぁ、一年に一度のチャンスが巡ってくる。
運命のように集まってきた出演者が揃った時、今年は何かが起きるだろうか。
そろそろ暗闇の中で待ち続けてきた成果がほしい。
この子がいてくれたから、今日までやってこれたんだ。
頭をそっと撫でてやると、愛らしく頬ずりをしてくる彼女に今日も癒されるのだ。
Y県 メゾン・クレスト506室 2016年10月24日 午前7時30分~
陽気な木琴が耳元で鳴り散らしている。
「颯馬、電話」
俺は目を閉じたままで隣のベッドで寝ている兄に知らせる。
「お前の携帯だから。早く出ろ」
かすかな衣擦れの音がしたかと思うと、颯馬が返してくる。
(ったく…わかったよ)
「もしもし、ええ、はい。あ、起きてました。はい、わかりました。すぐに向かいます」
「誰から?」
「誰だと思う」
「署長か」
「わかってるなら聞かないでよ。F市の山奥にある館で火事。今すぐ行けって」
「ん、お前だけ出勤か。ご苦労であります」
ベッドに転がったままだらしない敬礼を向けるこの兄が俺の上司で警部の役職についているなんて、非常に心外だ。
「そんなわけないでしょ、警部も一緒です。あそこ、電車とか交通の便は悪いし、5分で車回してくるから着替え済ましておいてよ」
はいはい、と言ってベッドから起き上がる。
ささやかな休日もこうやって無慈悲に出勤なわけで、兄の世話を焼きながらの仕事も数年たてば慣れたものなのだ。
「はい、晴吾朝ごはん」
颯馬がパンを差し出してくれる。これもまたいつものパターン。車を回してくる間に颯馬はいつも朝ごはんをこしらえてくれるのだが、その余裕があるのなら寝癖の一つも直してほしいところだ。が、残念ながら彼はそこには無頓着なのだ。
「んで、火事っていうと…?」
「ええと、今、上がってきてる報告を総合すると、今朝未明F市の月光館で火災が発生。焼け跡から数名の男女の遺体が発見されたと。今のところはそれだけしか入ってきてないや」
「そっか。でも、ただの火事だったら俺たち一課が出る幕じゃない気もするけど。放火なの」
「現段階ではそこは分かってないみたいで鑑識の結果待ちみたい。でも、少し気になる情報が―――」
「ん、なに」
「見つかった遺体の中に明らかに焼ける前に殺された死体があったみたい」
「ただの火事ってわけじゃないわけだ」
「うん」
「生存者の情報は入ってきてる?」
「今のところ三人だけ。三名とも煙に巻かれて意識不明で病院に運ばれたらしい」
「身元は分かってるの」
「一名はやけどがひどくて身元が特定できてないみたい。でね、残りの二人がさ―――」
俺は意味深に区切りを入れる。
「なにさ、もったいぶって。らしくない」
「実はさ、あの探偵少年なんだよ」
その時の颯馬の驚きと呆れがない交ぜになったような複雑な表情といったら。
「おいおい、またあいつが絡んでるのかよ。ってことは、一筋縄では解決できない事件の可能性が大きいわけだ。三人とも意識は戻りそうなの」
「いや、いつ戻るか分からないみたい。直接話が聞けたら早かったんだけど、そっちは今のところ期待できそうにないや」
「そうか。じゃあとりあえず、現場を見てみないと始まらないわけか」
俺の運転する年代物の軽自動車がうなりを上げて加速する。